第七話 憧れと理解

前回のあらすじ


ピンクのきんにく が あらわれた!


ニア ・逃げる

  ・逃げたい

  ・逃げられない






「森の魔女! 今日は運がいいなあ!」

「まあ、寒いから冬場はあんまり出てきたくないしなあ」


 笑顔で応じながらも、反射的にうるさっと思ってしまったのは、割かし当然の反応かもしれない。

 声変わりしたのかしていないのか微妙な年頃の少年が、甲高い声で感情のままに叫んだものであるから、その声は人目を引いた。引いたが、幸いにも森の魔女にそう言った歓声を上げるものは少なからずいるので、またかと流された。

 良くも悪くもだな、と紙月は自分の有名人っぷりを思った。目立つのは好きだが、悪目立ちはよろしくない。どういう違いがあるのかと言えば難しいところだが、要は褒め称えられるか珍獣扱いされるかの違いだろうか。

 最近は正直なところ、馴染みすぎてご当地ゆるキャラかマスコットくらいの扱いになっているような気がしないでもない。


 少年冒険屋クリストフェロは、森の魔女の大ファンを公言するくらいで、いまも出合い頭に挨拶もそこそこ、称賛をわっと浴びせかけてくる。

 未来のお友達、という雑なくくり方をしているが、良くも悪くも素直そうな子だな、とは思う。未来の態度から察するに、おそらくは悪い方よりに。


 適当になだめているうちに、高すぎるテンションもメートルを下げていき、楽しげに話す子供程度には落ち着いた。だが、紙月を見上げるは、相変わらず憧れにきらきらと輝いていて、それが心地よくもうざったくあった。


 紙月は人に好かれるのが好きだ。人に褒められるのが好きだし、認められるのが好きだ。

 それは裏返しとして、好かれるのも褒められるのも認められるのも困難であり、さらに言えばそれらを受け入れるのが不器用なまでに苦手ということでもあった。

 承認欲求の怪物を腹の中で育てながら、得られる承認エサを腹の中に届けることが死ぬほど下手だった。

 そしてそのクソこじれた面倒なメンタルを自分でも自覚していることが、それを一層強化していた。


 死ねば楽になるかもと思ったこともあるが、どうやら死んでも直らない性分だったというのは、笑い話にもならない。


 クリスの憧れの視線は本物だろう。きらきらと輝いて、熱に潤んで、夢に夢見るようなそのまなざしは本物だ。本物のだ。

 人間関係なんて言うものは、良くも悪くも誤解と妥協とすり合わせの産物だというひねくれた理解が紙月にはあるが、憧れというものはその中でも最大の無理解だ。


 憧れの視線は心地よくはある。称賛は気持ちが良い。けれど、それはうわべだけを見ているんだろうな、と冷めた思考がいつだって邪魔をする。


 クリスの言葉はみな本心からだろう。

 とても美しい。

 そして気高い。

 それから強い。

 

 要約すればそれらを繰り返している。

 繰り返せば繰り返すほどに、紙月にとってそれは無理解の露呈に感じられて仕方がなかった。


 前世から、紙月はどうにも不器用だった。

 大抵のことはうまくできたし、うまくできるように練習してきたから、紙月は自分が才能にも努力にもに恵まれた人間であることを自覚していた。

 もう少し才能に驕るか、自信に乏しければまた違ったかもしれないが、紙月は自分の限界を冷静に自覚してしまっていた。

 恵まれているが、突き抜けてはいない、ということを。


 それでも普通以上にはから、人はへーすごいねと言ってくれる。無責任に褒めておだてて幼い紙月の自尊心を育て上げてくれた。そして一番にはなれないという現実を前に突き落としてくれた。

 へーすごいねとは言ってくれる。と。一番にはなれないから、称賛も憧憬もそこで止まる。へーすごいね、だ。


 そして二番目であっても、それは普通からするととても優秀なので、多くの人はその優秀さを最初に目にする。へーすごいねが第一印象だ。

 それでも中身があれば挽回できたかもしれないが、肝心の中身というものが紙月にはなかった。

 誰かと親しくなればなるほど、自分の中身のなさが知れた。

 相手が何を考えているのか察するのはそう難しいことじゃない。相手に合わせるのはほんのちょっとした技術に過ぎない。人真似なんてものは呼吸するくらい簡単にこなしてきた。器用な紙月にとってはそんなのは当たり前にできることだった。

 でも、誰かの真似をするほどに、人真似のレパートリーを数えるほどに、二番目のトロフィーが増えていくほどに、紙月は自分自身を見失った。

 いいや。そもそも紙月には自分なんてものを育ててきたことがなかったのだ。


 こだわるほどに自分というものがないから、誰かの真似をすることにためらいがない。

 でもこだわりを捨てきるほどには自分を捨てられないから、いつも物足りなくて嘆いている。

 我ながら面倒くさいとは思うが、しかし紙月にはもうどうしようもないほどにそれは沁みついた性根だった。


 そんな下らない感傷に浸りながらぼんやりと聞き流していても問題がない程度に、クリスは夢中で何かしら語っているようだった。いま頑張っていること。森の魔女の美しさ。事務所でのこと。未来が走っているのを見かけたこと。森の魔女の噂。あれやこれや。よくまあ口が回るものだ。

 夢中になるって言うのは、あるいはそう言うことだったかもしれない。

 若いって言うのはいいなあ、という程に年は食っていないが、しかしそれは紙月からは失われた熱意あるいは熱量のようにも思えた。


「それで劇場なんかじゃ地竜退治の話を劇に、」

「なあクリス、クリストフェロ」

「ああ! 僕の名前を!」

「君はなんでまた森の魔女に憧れるんだ?」


 紙月は聞いてもいなかったし、前後のつながりもなくまくし立てていたとはいえ、話を断ち切るように尋ねられて、クリスはぽかんと間抜け面をさらした。本人としては決め顔だと思っている強張った顔よりも、ずっと年ごろの子供らしい表情だった。


「俺に憧れるとは言うけど、君は魔法使いじゃあないし、どちらかと言やぁ盾の騎士に憧れるのが筋じゃないか」

「ああ、それは、まあ、確かに盾の騎士もすごいです。噂でもすごく強かったし、実際に会った未来だって、あんなに小さいのに、とても強くて。憧れるは憧れますよ。でも、森の魔女はこう……」

「こう?」

「顔がいい」

「顔て」


 顔て。顔かよ。顔ですか。

 大した理由は期待していなかったと言えば期待していなかったが、ここまですっぱりと中身のないことを言われるとはさすがに予想していなかった。

 もう少しこう、取り繕ったような何かを、ああ、そう、期待、していたのだろうか。を。思いもよらない何かを。

 やはりそんなものはないのかと、脱力もするし、落胆もする。


 しかしそんな落胆も気づかず、クリスは続けた。


「僕は農家の四男なんです。森の魔女にはピンと来ないかもしれませんけど、豪農でもない普通の農家の四男なんてのは、跡継ぎの予備にもなれないんです。家も土地も継げないし、長男次男と違って勉強もさせてもらえない。居候して、将来は家を継いだ長男夫婦の下働きがいいとこです。その下働きだって、人手は十分にあるから、別にいてもいなくても変わらない。結婚だって、目はありません。なにか目を引くような才能があれば話は別ですけど、生憎そう言うのはなかったみたいで」


 夢見がちな少年の口から出てくるとは思えないほど、ドライでシビアな話であった。当の本人が気負うこともなくあんまり簡単にいうものだから、それはいっそ寂しいくらいに乾いて響いた。辛いとか悲しいとか、悔しいとか嫌だったとか、そう言う湿り気が驚くほどそこにはなかった。

 彼にとって、というよりは、この世界を生きる人々にとって、それは当たり前すぎることなのだった。

 異世界に来てからというもの、チート気味な能力や、とんとん拍子にうまくいってきたこともあってあまり意識したことがなかったが、この世界は前世と比べてもう少し人の生き方がシビアな世界だということを思い出させられるようだった。


「そういうどうでもいい子供にとってはよくあることっていうか、まあ御多分に漏れず僕も冒険屋になって一旗揚げようって思いましてね。村にたまに来る冒険屋ってのは、村の空気とは全然違う、不思議で格好いいものに見えましたからね。まあ実際は、泥臭くって、地味で、しんどくて、村にいた方が楽なんじゃないかって思うこともありましたけど」


 こと戦闘という面においては規格外の存在である紙月と未来は、ほとんど無粋ともいえるほどの力押しであっさりと稼いできて、仕事がなくて暇だなんだのとぼやいているが、大抵の冒険屋というものはその日の生活も危うい日雇い労働者だ。

 一発当てればなどというものもいるが、それは賭場に座り込むのとさして変わらない。冒険屋の現実というものは、ひたすらに使い潰される何でも屋に過ぎない。

 一部が輝くから誤解されるが、ほとんどは地に足を縛られているのだ。


「でも」


 でも、クリスの顔には陰りがなかった。

 子供っぽい顔つきは、けれど少し骨が張ってきて、のどぼとけも見えてきていた。


「ずっとこのままかもって思ってた時に、お話の中の伝説がひょっこり顔を出したんです。綺麗で、強くて、のが。」


 ほとんどの冒険屋は、地に足を縛られている。

 でも。それでも。


「夢見てたものが、夢じゃなく現実にいるって言うの、僕らみたいなのにとっちゃ、すごく力づけられる、勇気づけられる話なんです。あんなのには手が届かないって、自分たちには無理だって腐るのもいますけど、でもちゃんと地続きのところにそういうのがいるっていうの、夢がある話じゃないですか」


 一部の輝きがあるから、見上げて走ろうと思えるのだと、クリスは笑った。

 それは少年のようにあどけなく、けれど一人の男として地に足のついた、骨のある笑みだった。


 なんだかそれは見ている方が恥ずかしくなるほどの清々しい笑みで、紙月は無性にくすぐったい後ろめたさを感じた。

 結局それはうわべだけだろ、きらきらしたうわべの話だけ見てるんだろ、と紙月のひねくれた部分が反射的にぼやいた。どうせ人間、相手のことなどわかりもしない。わかりもしないまま誤解と妥協とすり合わせで分かったような気になるだけだ。


 ――


「昼から酒場で飲んだくれて、金はあるからって賭け事して、寒いからって引きこもって、そーゆー駄目な生き方できるのを見てると、僕も頑張れば自堕落生活いけるかなって思うと夢と希望がムンムン湧いてきますよねっ!」


 ……うわべしか見てないのは、俺か、となんだかおかしくなって紙月は笑い出した。

 






用語解説


・地竜退治の話を劇に

 なにか事件があれば吟遊詩人がネタにして地方に広まり、地方に広まれば劇作家がそれを題材にして劇を作る。

 劇場で話題になればそれは他の地方でも公演されていくことになる。

 帝国での知名度とはこのように上がっていくものである。

 残念ながら劇や台本が売れても金が入るのは劇団や劇作家であって、モデルになった人物には一銭たりとも入らないが。


・農家の四男

 冒険屋稼業は農家の余り者が始めることが多い。

 というのも、余剰人員は農家で発生しやすく、そう言った特に後ろ盾のないものが始められる職業というものは野盗か冒険屋くらいしかないからだ。

 そのため冒険屋というものは、世間的にあまり評判のいい物ではない。

 一部には高名な冒険屋などというものも存在するし、信頼される冒険屋事務所もあるが、ほとんどはどぶさらいの何でも屋という認識である。

 有事であれば頼られもするが、では娘が結婚相手として連れてきたらどうするかといえば、多くの家でいい顔はしないだろう。

 それでも冒険屋志願者が後を絶たないのは、他に行き場がないか、それでも一発当てる博打性があるからだろうか。

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