第十話 追走

前回のあらすじ

ひとりで突っ走ってしまったピオーチョ。

ずつうが、いたい。






 多弁気味なミノの説明を要約してみれば、こうだった。


 ピオーチョに追い払われたものの、なんとか石食いシュトノマンジャントの被害を解決したいし、嫌われたままでいるというのもよろしくないと思い、ほとぼりが覚めただろうころを見計らって戻ってきたところ、肝心のピオーチョの姿がない。

 もしやみんなもう再び潜ってしまったのかと慌てて坑道に向かうと、そこには囀石バビルシュトノと組むくらいなら一人で行くという書置きが残されていたのだという。


「一人で行ってどうするつもりなんだあのばあさん……」

「と、とにかく追いかけないと!」

「つっても、俺達だけじゃ迷っちまうしなあ」

『あ、居場所はわかってるであります』

「え」

「え」


 なんでも、ピオーチョが坑道に潜って少しした頃には、坑道内の他の囀石バビルシュトノに捕捉されており、その後、気づかれないように尾行中だという。


『自分達は何しろ呼吸もしなけりゃ鼓動もないでありますからな、死体と一緒なので尾行は得意なのであります!』

「その自虐ネタ、エッジがきつすぎる」


 ともあれ、これは助かった。

 聞けば例の広間を目指しているようだとのことで、二人もさっそくミノの案内でこれを追いかけることにした。


 坑道を行くミノの走りは実に滑らかで、音も静かだ。成程これに尾行されれば気付く由もなさそうである。


『何しろ地下はお喋りするものが少ないでありますからなあ! 自分達も静かにするように設計しているのであります!』


 すべてを台無しにするお喋りさえなければいいのだが。


 ともあれ三人は速やかに坑道を駆け抜け、すぐにも広間に辿り着いた。広間にはすでに石食いシュトノマンジャントたちの姿はなく、代わりにピオーチョが一人せっせと何かを組み立てているようだった。


「ピオーチョさん!」

「来たなお邪魔虫」

「いやお邪魔する気はないですけど、何してるんですか」

「仕掛けだよ仕掛け。あいつらを一掃するね」


 一人で自棄になったのかとも思ったが、どうやらしっかりとした考えはあるようだった。


 何か筒のようなものをあちらこちらに埋めるピオーチョの姿は職人じみて頼りになるが、しかし何をやっているのかわからないというのは不安である。


「仕掛けって……勝算あるんですか?」

「なきゃやらないよ」


 ピオーチョは手の中で筒をもてあそんで、言った。


「こいつは発破という」

「発破……火薬か!」

「そうさ。こいつは火精の同調励起作用を利用して、遠隔で爆破できるようになってる。こいつを辺り一帯に仕掛けた」


 そう言われてあたりを見れば、確かに掘り返されたような跡がいくつも見える。そのすべてが爆薬なのだとすれば、ぞっとするのもさもありなんである。


「崩落させる気ですか!?」

「一応計算はできてる。前々から考えちゃあいたからね。この広間なら、被害は最小限で済む」


 ピオーチョの計算によれば、仕掛けた発破をきちんと爆破すれば、この広間だけを正確に崩落させ、他の坑道への被害は最小限に済むという。この計算に関しては囀石バビルシュトノのミノも概ね正しいと判断した。この鉱山だけでも三十二体いるという数に頼った計算であるから、頼りにはなる。


 問題はその計算式がどうなっているのか紙月たちにはわからないので、検算のしようがないということだが。


「まああたしを信じな」


 胸を張って言われるが、勿論信じられる要素などない。ないが、なにしろこちらは計算ができないので信じる外にない。ほかにどうしようもない。ピオーチョがミノの計算に文句を言わなかったので、奇しくも賛成票が半数になってしまっているのだ。


「で、崩落させるとして、どうやって石食いシュトノマンジャントたちを集めるんです?」

「なあに、餌はまだあるからね。さっきの調子で集まりゃ、随分やれるだろうさ」

「集まったとして、どうやって確認するんです」

「そりゃ目で見てだよ」

「それじゃ発破が間に合わないですよね!?」

「そうだよ」


 余りにも穏やかな返答に、紙月は重々しく息を飲んだ。未来は何のことかわからないという顔をしているが、これはつまりそういうことなのだ。石食いたちが集まるのを目で見てから、安全圏まで逃げて、それから発破を起爆するのではとても間に合わない。削らなければならない部分が出てきてしまう。


「ばあさん、あんた自爆する気か!?」

「年寄り一人で片がつくなら安いもんだろ」

『だだだ駄目でありますよ! 命は無駄にしてはいけないのであります!』

「いくらでも予備のあるお前たちに何がわかる!?」

『それは、でも、だからこそ、予備がない命は、無駄にしてはいけないのであります!』

「ふん、お為ごかしを」


 ピオーチョは考えを変える気はないようだった。手元の筒は今度は発破ではない。親指を押し込む部分がついたそれが、恐らく起爆スイッチなのだろう。


「もともと、こうしようこうしようと考えてはいたのさ」


 声はいっそ穏やかである。


「山が閉まって、細工の仕事も冒険屋の仕事も減っていって、最後になんにもなくなっちまって死んでいくよりは、この町のために何か成し遂げてから死にたかった。それがどんなことであっても、この町で生まれ、この町で育ったからには、この町のために死にたかった」


 本当は一人でさっさと片を付けるつもりだったらしい。

 しかし発破の準備を整えたころには、石食いシュトノマンジャントの危険は街中に広まり、冒険屋事務所でも、勝手に侵入しないようにと釘を刺されたのだそうだ。


「あれでも長いからね。あたしが何をしようとしているのか、見当がついてたんだろうさ。あたしもあの爺さんに言われりゃあ、それを破ってまでどうこうしようたあ言えない。そこにやってきたのが今回の依頼さ」


 石食いシュトノマンジャントたちを討伐できる、渡りに船の依頼だと、そう思ったのだそうだ。竜殺しなどと言う大層な二つ名のついた冒険屋も、やってきてみればただの若造で、このくらいならば目を盗むのも容易かろうと。


「この依頼を無事に終えたところでさ、あたしにゃもう先がないんだ。詰まんない余生を送るより、パッと一花咲かさせておくれよ」

「そんな……ピオーチョさん」

「止めろ未来、やらせてやろうぜ」

「そんな、紙月」


 未来の鎧をごんごんと叩いてやって、そして紙月はにっかり笑うのだった。


「その代わり、ばあさん、俺達も好きにやらせてもらいますぜ」






用語解説


・ないんです。

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