第十二話 強くなりたい
前回のあらすじ
老人の正体は先代領主であった。
成程誰も文句を言えない訳である。
表彰式が終わり、賞金を受け取り、大会の閉会が宣言された。
組合の冒険屋たちは迅速に片づけを開始し始め、広場はまた忙しない空気が支配しようとしていた。
そろそろ自分達もお暇しようか、それとももう少しゆっくりしていこうか。
鎧も脱いで、臨時施療所でのんびりと温かい
「先ほどは挨拶もせんかったな。アルビトロ・ステパーノじゃ」
それこそ本当に近所のお爺ちゃんといった実にさっぱりとした挨拶に、二人はかえって背筋を正した。
「未来です。さっきはどうも」
「保護者の紙月です」
「お前さんがさっきの鎧の中身か。確かに魔力は同じじゃが、はー、こんなに小さいとはな」
歯に衣着せぬ物言いに未来がムッとすると、老アルビトロは気にした風もなくちょいと屈んで視線を合わせてきた。
「お前さん、盾の騎士とか呼ばれとるが、あんまり実戦経験ないじゃろ」
「むぐ」
「見込みがあるし、わしも暇じゃし、よかったら稽古つけてやろうか?」
「え、いいんですか!?」
「いいとも。暇じゃからな。いつでも来るとええ」
この誘いに未来は大いに喜んだ。
今回のことで、自分の強さというものが過信する程のものではなく、むしろ全然大したものではないということを、文字通り身をもって学んだのである。
「でも未来、魔法使ってたら勝ってたんじゃないか?」
「それじゃダメなんだよ。もっと、強くならないと」
「そうじゃの。基礎ができておった方が、応用もきくしな」
あれだけ簡単に放り投げられてしまったのだから、老アルビトロの強さというものに対する信頼は相当なものである。
いまでも十分に強いと言われようと、負けを経験してしまったからには、ぜひともそれを克服できる強さを得たいのである。
未来は大いに張り切っているようだったが、これで少し困ったのは紙月である。
別に、強くなりたいというのは良いことだと思う。それを無碍に止めるというのはよろしくないことだとも思う。
しかし同時に、相方にばかりあんまり強くなられると、立つ瀬がないのが紙月の立場である。
未来が、紙月という決定力がなければ盾にしかなれない自分のことを卑下するように、紙月は紙月で、盾がなければ安心して戦うこともできない自分の不安定さというものを心の内に弱さとして抱えているのである。
止める訳にもいかない。しかし相方ばかり強くなられるのも困る。
となれば答えは一つである。
「よし、じゃあ俺もお願いします」
「何じゃいお主」
「保護者で、森の魔女の紙月です」
「ほーん」
老アルビトロは紙月の頭の先からつま先までをざっと眺めて、もう一度ほーんと気のない溜息を洩らした。
「わし、おっぱいのない娘には興味ないんじゃけど」
「俺は男です……!」
「男ぉ……?」
再び老アルビトロは紙月の頭の先からつま先まで、特に平らな胸元や、少し大きめのお尻などをざっと眺めて、ほーんと気のない溜息を洩らした。
「趣味は人それぞれじゃけどなあ」
「趣味、では、ない……!」
趣味ではない。
趣味ではないが、最近すっかり慣れてしまっているうえに嫌悪感もないし、ゲーム内装備でない私服も女ものであったりするのでもはや言い訳のしようがない。
仕方ないのだ。
男物で既製品を探そうにも、紙月ではサイズが合わないのだ。
思わず悔しさや恥ずかしさやその他もろもろで赤面する紙月だったが、未来はその肩を叩いた。
「紙月はこれでいいんだよ」
「おお未来……お前だけは俺の味方だぜ……!」
特に中身のあるわけでもない言葉だったが、紙月はそれで満足したらしかった。
満足した紙月は、怪我人が出たからと言われ、臨時施療所の仕事に戻っていった。大会のメインは終わったとはいえ、片付け終わるまでが大会だ。それまでは仕事の内である。
紙月が去った後で、老アルビトロは髭をしごいてフムンと頷いた。
「ミライといったの」
「はい」
「お前さん、あのあんちゃんが好きなのか」
からかうでもなく、真正面からそのように問いかけられ、未来は言葉に詰まった。
いつかその問いかけに向き合う時が来るとは思っていた。しかし、それに対する答えはまだ準備できていなかった。
「そう、なのかは、よくわかんないです」
「まだ難しいか」
「はい。でも。えっと。でも、護りたいんです」
「フムン」
「僕にとっての一番は紙月だし、紙月にとっての一番も、僕であってほしいって、そう思います」
老人はただ頷いて、未来の頭を撫でた。
「思いつめるのは良くないが、しかし、まあ、青春じゃなあ」
用語解説
・アルビトロ・ステパーノ(Arbitro Stepano)
先代スプロ男爵その人。
普通は亡くなる時かよほど体を崩してから爵位を譲るものだが、この爺さん、実に健康体の内にさっさと子に爵位を譲ってしまったようである。
武術の達人で、大酒飲み。
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