第十一話 試合を終えて

前回のあらすじ


謎の老人にしこたま投げられ、ぼろくそにされた未来。

いったいどうなっているのか。






 試合を終えて、未来はよろよろと、それでも何とか臨時施療所まで足を運んだ。倒れた自分を運ぶのは大変だろうと思ったのである。

 施療所に辿り着くと、紙月が大慌てで容態を確認してきたので、未来は痛みをこらえて鎧を装備欄から解除した。鎧が燐光とともに消えていけば、そこに残るのは青あざだらけの顔である。


「服も脱がすぞ。痛かったら言え」

「痛い」

「脱がすぞ」


 痛いと言っても手加減はしてくれなかったが、しかし服を脱がせばその下もまた青あざだらけであった。出血や骨折などはないようであるが、全身ここまで打ち付けられるというのは普通ではないし、何より子供の体にそんな青あざが残っているというものは、見ている側に憐憫の情を抱かせるには十分だった。


 冒険屋ベラドノも医の神官アロオも積極的に診断してくれ、幸いにも内臓や骨などには異常もなく、意識も明瞭であることが分かった。

 紙月が傷を検めるようにして丁寧に《回復ヒール》をかけてやると、それでようやく落ち着いたように、未来はほおっと深く息を吐いた。


「まさかお前があんなにぼこぼこにされるとはなあ」

「うん、僕も驚いた」


 驚いたとは言うが、未来には悔しそうな色は全くなかった。

 悔しいなどと思う以前に、とにかく不思議である驚きであるとそればかりで、首を傾げながらどうやったんだろう、なんでだろうとそのようなことばかり言い続けていた。


 はたから見ていた紙月にしても一体何が起こっていたのか、細い老人が鎧の巨漢をお手玉のように遊ぶのは、まるで手品のような不思議さであったという。


 鎧を着なおして、表彰式の準備が整うまで臨時施療所の天幕で待っていると、冒険屋ニゾが温葡萄酒ヴァルマ・ヴィーノのカップを片手にやってきて、健闘をたたえた。


「一体あの人何者なの?」

「なんだ、知らなかったのか。それであんなに食いついたんだなあ」


 尋ねれば、なんだかちぐはぐな答えが返ってくる。


「お前さん、この町の町長は誰か知ってるか」

「挨拶してた、男爵さんでしょう」

「そうだ。スプロの町と、この一帯を治めているスプロ男爵だ」

「それがどうしたの?」

「あの爺さん、先代のスプロ男爵なのさ」


 ニゾがしれっと言ってのけた内容に、さすがに二人は絶句した。


「あの爺さん、武術に凝っていてな。若い頃は控えていたんだが、子に爵位を譲ってからは遊び歩くようになったそうだ。それで毎年祭りになると闘技に参加しているんだと」


 一応はお偉いさんの貴族がそんなことをしていいのかと紙月は首を傾げたが、ニゾは笑った。だから、誰にも止められないのだそうだ。

 現当主である男爵も父親には頭が上がらないようで、いよいよもって誰も止めるものがいないし、別に酔って迷惑をかけるわけでもないのだ。


「いつもは大した奴も出てこないんで途中で飽きて帰るんだが、今年は何しろ盾の騎士が参加しているからな、面白がって、決勝まで残ったんだろう。それにお前さんが大真面目に付き合ったから、爺さん楽しくなってあんなに遊んだんだろうなあ」


 何しろあの強さであるし、そうでなくてもまさか傷をつけるわけにもいかないので、正体を知っているスプロの面子は誰もまともに相手してこなかったのだそうである。

 知らなかったこととはいえ、未来が大真面目に倒そうと躍起になって掴みかかってくるのは、前男爵からすればさぞかし面白かったことだろう。


「はー、まさかそんなお偉いさんだったとはなあ」

「俺としちゃあスプロに住んでいてあの放蕩爺さんを知らない方が大概だと思うがね」

「そんなに有名なのか」

「スプロが拠点じゃない俺でも伝え聞くくらいさ」


 なんでも暇つぶしに道場破りと称して冒険屋事務所に殴り込み、試合形式とはいえ一方的にぼろっくそにしてみたりとか。

 街道に盗賊が出たと聞いて、冒険屋も雇わずに自分を囮にして自分で狩りだし、生かしたたまひっ捕まえて、結局は自分の領地から金が出るのに賞金をかっさらっていったり。

 酒屋の飲み比べ大会に参加して、何しろ舌が肥えているから酒の品評やりながら次々ぱっかぱっかと水のように飲んで、大差で優勝して見せたとか。

 今回のように祭りとあれば積極的に顔を出し、あちらこちらふらふらとしては冷やかしに入り、いつの間にか去っていくのだという。


 そのようにしていろいろと問題のある人物のようだったが、それでも町民の心が離れていかないのは、男爵であったころの治世が極々真っ当で民衆思いであったこと、また今でも人様に迷惑をかけようというつもりで行動することはないし、もし迷惑をかければ補填はするし、いわゆるあくどい貴族のように金に物を言わせた外道な真似もしないし、ちょっと困ったところのある地元の名士というくらいで落ち着いているらしい。


「割と退屈な町だと思ってたけど、またけったいな人物もいたもんだなあ」

「お前さん方も人のことは言えたもんじゃないと思うがね」

「むぐ」

「森の魔女と盾の騎士の拠点ということもあって、スプロはいまや田舎町じゃいられないんだぜ」


 これには二人も、顔を見合わせた。

 自覚がないというのは、誰も同じのようである。






用語解説


・痛かったら言え

 言ったからどうという訳ではないのだが。


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