第十話 闘技4

前回のあらすじ


騎士ジェンティロをなんとかしのいだ未来。

鉄壁とは、本来こうあるべきなのだ。






「いや、いや、まるで山にでも切りかかっているようだった。恐れ入った」

「いえいえ、こちらこそ、焦りました」


 騎士ジェンティロは負けたという悔しさこそあれど、実にさっぱりとした様子でそれを受け入れ、未来に握手を求めてきた。騎士らしい誠実さであるというべきか、この男らしい誠実さと言うべきか。


 試合を負えて一息ついたが、しかし不安なのは決勝で当たるだろうニゾである。

 ジェンティロは負け惜しみというわけでは決してないのだろうが、忠告としてこう言い残しているのである。冒険屋ニゾは、悔しいことに私より強い男なのだ、と。

 なにしろ西部冒険屋組合直属の冒険屋である。ただ強いというだけでなく、からめ手や、こちらの思いもよらぬ奥の手なども持ち合わせていることだろう。


 真正直に真正面から打ち合ってくれたジェンティロ相手には勝ちを得ることができたが、海千山千の冒険屋相手にはいささか不安の残るところである。

 いったいどうしたものかと戦法を考えているところにやってきたのは、その心配の種その人であるニゾであった。


「あれっ。控えの天幕に居なくていいんですか」

「いや、負けた」

「はあ!?」

「折角だから盾の騎士とやりあってみたかったんだが、あれには勝てん」


 お前さんもほどほどにがんばれよと一方的に言い残して、冒険屋ニゾは相方を追って去っていってしまった。


 困惑の抜けきらぬまま決勝戦に挑んでみれば、向き合ったのは上品な衣服に身を包んだ、老人である。上背こそあるが筋骨隆々という訳でもなく、細身の体つきは枯れ木か何かのようである。


 その上、


「ヒック」


 酔っている。

 見れば手元に持っているのは木剣でもなんでもなく、酒瓶である。

 これはありなのだろうかと主審を見てみるが、黙って首を振られる。


 ここまで勝ち上がってきたのだから決して弱くはないのだろうが、しかし、どこからどう見ても枯れ木のような老人である。

 ニゾの言う勝てないというのも、迂闊にけがをさせたら死にかねず、手を出せなかったということなのだろうか。


 そう考えている間にも無情にも開始の号令が響き渡る。


 こうなってしまえば、やるほかにない。


 酒のせいかふらふらとしている老人を怪我させないように、傷つけないように、抑え込んで場外に運ぶのがよさそうである。

 そう思って未来はつかみかかった。

 つかみかかったはずが、気づけば視界が横になっている。


「あれ?」


 いつの間にか、体が倒れているのである。

 何かにつまづいたのだろうかと立ち上がると、老人はぐびぐびと酒をあおっている、


 なんだかわからないが、とにかくまずはちかづかなければ。

 そう考えて無造作に歩み寄ろうとすると、今度は自分でもはっきりとその瞬間がわかるほど盛大に地面に倒れこんでいた。咄嗟に受け身こそとったが、つまずく前兆もなく、あまりにも自然に身体が倒れていて、もう少しで顔面からぶつかっていたところである。


 慌てて立ち上がり、今度は距離をとる。

 さすがに二度目ともなれば、理屈はわからないまでも、警戒は出来た。


 攻撃を受けている。

 それだけが察せられた。


 未来は腰を落とすようにして改めて構えた。

 理屈はわからないが、何かしらの技術で転ばされたのは間違いない。柔道や、あるいは合気道のような技だろうか。

 未来の体は鎧の中に小さな体と言うように、重心があまりよくない。そこを突かれたのだ。

 ならば、重心を落として構え、まず何をされているのかから確かめなければならない。


 そのように考えていると、老人は実に無造作に歩み寄り、そして姿が消えた。


「!?」


 違う。

 まるでコマ送りのように一瞬姿を消した老人は、高すぎる未来の視界から抜けるように、ほとんど地に伏すようにして死角を駆け抜け、懐に入り込んだのである。

 そのことに気付けたのは、老人の拳がいっそ優しくと言っていいほど柔らかく胸元にあてられた瞬間であった。


「えっ!?」


 そして驚く間もなく、胸甲に当てられた拳に、逆の拳がハンマーのように叩きつけられ、衝撃が鎧の中の子供の体にダイレクトに伝わってきた。後から知ったことであるが、技術と魔力とを併用した鎧通しの一種であったという。


 いままで鎧への衝撃こそあれ、中身まではっきりとダメージが通ったことのない未来は、これに膝が落ちかけるのを感じた。それでもこらえたのは、倒れこめば老人をつぶしてしまうかもしれないという不安と、そして意地の一言である。


「ほう、こらえるな」


 老人が酒臭い息を吐く。


 とにかく、このまま捕まえてしまわなければ。

 ふらつきながらも伸ばした手はあっさりと老人に絡めとられ、くるりとその背中が反転してこちらに向けられたかと思うと、一瞬の浮遊感の後、未来の背中は激しく地面に打ち付けられていた。

 一本背負いである。


「が、っは!」


 肺の中の空気が全部抜けてしまったかのような衝撃である。

 それでも痛みにこらえられたのは鎧によって衝撃がかなり緩和されていたからであったが、逆に言えば、鎧がなければ未来はいまの一撃で全身がぐずぐずに破壊されていてもおかしくなかったのである。


 慣れない痛みに、それでも未来は立ち上がり、組み付き、その度に投げられ、転がされ、地に放られた。

 やがて意地という意地も使い果たし、ふらふらの頭で立ち上がった時、勝敗は決まった。


「はー、さすがにしんどい。酒も切れたし、わしゃ、抜けるわ」


 そうしれっと言い放ち、老人は空になった酒瓶を振り振り、暢気に出ていってしまったのである。

 棄権宣言であるし、場外である。


 一瞬の静寂ののち、派手なブーイングが降り注ぐ中、こうして闘技の部門は終了したのであった。







用語解説


・鎧通し

 この場合、鎧を着こんだ相手に、鎧の上からダメージを与える方法、技術のこと。


・意地

 男の子には、意地がある。

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