第九話 闘技3

前回のあらすじ


順調に闘技の部門を勝ち抜ける未来。

しかしどうにも面倒な連中がいるようで。






 後半ともなると試合は苛烈を極めたが、最初の団子状態で始まったころからすれば大分すっきりとした試合進行のように思われた。

 互いにそれなり以上の腕前の者同士がぶつかるので、互いに互いの腕前を見切るのも早く、大きなけがをする前に試合が終わるので、治療にかかわるどたばたが減ったのも大きい。


 やがて未来は準決勝まで上り詰めたが、やはりここで待ち構えていたのが西部冒険屋組合の刺客、騎士ジェンティロである。同時に行われているもう一つの準決勝には冒険屋ニゾが臨んでいる。

 こうなるだろうとは予想していたものの、あまり嬉しくない二連戦である。


 騎士ジェンティロは、騎士であるというだけあって剣技が巧みである。その剣の間合いで戦っては、まず勝ち目がない。


 試合開始の号令が響くと同時に、未来は全力で駆け込み、剣を向けようとするジェンティロを抑え込みにかかった。先手必勝、このまま場外に放り出してしまえば、それでおしまいだ。


「ふむん、いい思いきりだ。それができるのならばな」


 しかし。


「な、ばっ、」

「伊達に地竜を研究しておらんぞ……!」


 それが果たしてどういう関係があるのかははなはだ不明であったが、しかし、確かな事実として騎士ジェンティロは未来の渾身の体当たりを受け止め切り、そして取り組んでなお力負けしていないのである。

 むしろ、ぎりぎりと押し返してくる力は、ともすると未来以上かもしれない。


「なん、て、馬鹿力……!?」

「貴君に、言われたくは、ないぞ……!」


 ずん、とジェンティロの一歩が力強く踏み出し、じり、と未来の足が後方へ押し出された。

 はっきりと、力負けしている。

 いくら鎧の中身が軽い子供の体であるとはいえ、鉄さえ捻じ曲げることのできる未来のパワーに、小細工抜きに純粋に力で押し返してきているのである。


 このままでは押し返される。そうなれば取り返せない。

 未来は渾身の力でジェンティロを振り払い、そして後方へ飛びずさった。

 手負いの獣のようなこの挙動が、間一髪で未来を救った。

 隙を逃さず騎士ジェンティロの木剣が、先ほどまで未来の立っていた空間を恐ろしい風切音とともに切り裂いていたのである。


「木剣……木剣ですよねそれ!?」

「魔力の通った木剣は鉄と変わらぬ。ゆめゆめ気を付けるが良い」


 ぞっとして腰の引けた未来。今度はジェンティロの攻勢だった。

 沈みこむような深い踏み込みとともに、ミサイルのようにその全身が撃ち出されてくる。騎士甲冑を身に纏っているとはとても思えない速さである。いや、あるいはその重さを乗せているからこその速度なのかもしれなかった。


「うっ、おっ、《シールド・オブ・ゴブニュ》!」


 咄嗟に構えた木盾に、キン属性の呪文をかけると同時に、ジェンティロの遠慮会釈ない木剣が振り降ろされ、金属同士が激しくぶつかり合うような轟音が響き渡り、会場がざわめいた。


「お、おい、ありゃ木剣だよな」

「盾もだ」

「だがまるでブ厚い鉄の扉に鋼鉄の槌で殴りつけたような音だぜ」


 達人同士の試合というものはかくも恐ろしい物音を立てるものなのかと観客たちが息をのむ中、力ばかりはあって実際のところはど素人にすぎない未来は、次々と攻め来る木剣を盾で受け止めることで必死だった。

 もしも一撃でもまともに受けたなら、判定で負けになるだけでなく、この鎧が無事で済むかどうかという自信がなくなるほどに鋭い斬撃なのである。


 斬撃。

 そう、これはもはや斬撃だった。

 木剣での打ち付けとはいえ、下手な鎧ではざっくりと切り裂かれないほどの威力である。


 さすがにその想像にぞっとして、ますます未来は体を縮めるようにして、盾での防御に専念した。


「ほう、さすがは盾の騎士! 我が剣戟をこうまで受けるとは!」


 ジェンティロが感嘆したように言うが、しかし、受けるしかできていないのである。

 まだ一撃たりとも、有効な攻撃をできていない。

 このままでも負けはしない。しかし、勝つことは遠すぎる。

 防戦一方で、果たしていいのか。


 焦る未来の耳に、ふと暢気な声が届いた。


「おーい、頑張れ未来ー! 怪我すんなよー!」


 ちらと視線をやれば、臨時施療所でマグカップ片手に、恐らく酒が入っているのだろう、赤ら顔で手を振る紙月の姿があった。

 その姿が目に入った途端、その声が耳に入った途端、なんだか未来は急に何もかもが馬鹿らしくなってきた。


 昼間から呑んでいったい何を考えているのか。あれでも一応仕事中ではないのか。どうせまた未来の勝ちにいくらか賭けているんだろう。信頼は嬉しいけれどあの悪癖はどうにかしないといけない。


 そう言った考えがぐるりと頭の中を一巡して、その過程でどこかのスイッチが入った。


 そうだ、別に攻める必要なんかないのだ。


 紙月がああして変わることなく紙月であるように、自分も昔から変わることなく未来であり、METOであり、《選りすぐりの浪漫狂ニューロマンサー》の《無敵砲台》の片割れなのだ。


 そうだ。

 未来はそもそも《楯騎士シールダー》なのだ。

 《選りすぐりの浪漫狂ニューロマンサー》に誘われることがなくても、それ自体が攻撃を捨て防御に極振りした浪漫職。攻撃|技能《スキル》を一切持たない代わりに、無類の防御力を誇る鉄壁の産業廃棄物。


 それが《楯騎士シールダー》で、それが未来だった。

 サーバーで最大最高の防御力を誇る、《聳え立つ鉄壁ロードクローズド》、METO。

 それが、それこそが未来だったのだ。


 ならば、未来がやることに変わりはない。

 引けていた腰を据えなおして、真正面から剣戟を受ける、受ける、受ける、受ける、受ける。


「む、う、むむむぅ……!」


 受ける、受ける、受ける、受ける、とにかく、受けに徹する。

 鉄をも切り裂くような斬撃を、真正面から畏れることなく受け続ける。

 盾が壊れることの恐怖などない。そんな心配などする必要はない。

 この世に絶えぬものは無かろうと、決して壊れえぬ盾こそが、未来という一人の騎士なのだから。


 一歩。

 また一歩。

 斬撃を受け止めながら、未来はジェンティロへと迫っていく。

 急ぐ必要などない。急がなければならないのは相手なのだから。

 攻める必要などない。攻めなければいけないのは相手なのだから。


 呼吸を整えるように淡々と、未来は着実に歩を進めていく。


「ぬ、ぬぬぬ、ぅおおおっ」


 そして。


「場外! 勝負あり!」


 鉄さえ切り裂く騎士ジェンティロの剣も、分厚い鉄の壁を突破することはかなわなかった。







用語解説


・《シールド・オブ・ゴブニュ》

 《楯騎士シールダー》の覚える金属性防御|技能《スキル》の中で下位に当たる《技能スキル》。

 自身にのみ使用できる。常に《SPスキルポイント》を消費する。

『鋼を鍛え、鋼に備えよ』


・《聳え立つ鉄壁ロードクローズド

 《選りすぐりの浪漫狂ニューロマンサー》の一人であり、サーバー最高の防御力を誇るものの二つ名。

 文字通り、通行不能の鉄壁を生み出して「詰んだ」「不具合」などと言わしめた。

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