第四話 鉱山地帯

前回のあらすじ

初めてはっきりと露骨な異種族に遭遇した二人。

気の良さそうな土蜘蛛ロンガクルルロとともに鉱山へ向かうことに。






「もとはといやあ、このミノ鉱山は金鉱山だったのさ」


 帝国西部にそびえるミノ山は、もともと何の変哲もないただの山であったらしい。それをたまたま冒険屋の土蜘蛛ロンガクルルロが、全く関係のない採取関連の依頼を受けた時に、洞窟を発見したのが始まりだったらしい。

 穴があればもぐってみるというのが土蜘蛛ロンガクルルロの習性で、この土蜘蛛ロンガクルルロも何となくもぐってみただけなのだが、すると、少しももぐらない内に、土蜘蛛ロンガクルルロの目にははっきりとここが金鉱山であるとわかったのだという。


「金って、目に見える形で埋まってるものなんですか?」

「いや、ほとんどは目には見えない。溶かしたり、砂金みたいな形でようやく見える。あたしら土蜘蛛ロンガクルルロは山の神様の加護を受けてるからね。鉱石なんかがあると、ちりちりと肌に感じるのさ」


 土蜘蛛ロンガクルルロの冒険屋がこれを報告すると、領主は早速ミノの山のふもとに街をつくって、計画的な鉱山都市をつくることになった。鉱山と言っても、ただ金を掘ればいいというわけでは無い。掘った金を、きちんと金の形として利用できるように加工しなければならないし、炉を作れば燃料がいる。燃料を取るには木々を切り倒す必要があるし、そうなれば人足も必要になるし、その人足を食わせる飯も必要になるし、人間めしだけ食えば何とかなるってわけじゃないから寝床も風呂屋もいる。何なら家族を住まわせる家もいる。

 そんな具合であれこれ計画してしっかり整備された街ができた。歴史の本に載せてもいいくらい立派な都市だった。

 金を掘りつくした後のことを計画していなかった、というその一点を除けば。


「ま、実際、どの程度金が出そうかってのは、土蜘蛛ロンガクルルロ達が頭ひねればわかる問題でね。あの町もきっちり寿命を使い果たしたと言っていいから、別に間違った計画だったってわけじゃないんだけどね」


 ただ、山というものは掘れば痩せる。周囲の環境も汚れる。だからこの街が再復興するには、全く違った商売を見つけ出すか、それとも資源が回復するまでの相当長い時間を耐え忍ばなければならない。


「元手は十分稼いだんだから、他所行って商売でも何でもすりゃあいいんだけどね。実際、ほとんどの住民はそうして出て行ったからあんなに寂れちまってるのさ」

「ピオーチョさんはどうして?」

「あたしは……あたしはまあ、あそこの生まれだからね。最盛期の頃も経験してるし、寂れた後も経験してる。他所に移り住むには、ちょいと情が移りすぎてね」


 ピオーチョの他にも、そういう手合いはやはりいるらしく、どれだけ寂れて見えても、いまもあの町に住む人は決して少なくないのだという。


「でももう金はでないんでしょう?」

「まあね。でもまあ、全く出ないってわけでもない、金以外もあるからね。そう言うのを細々と加工して売ってるのさ。それに他所から依頼が来ることだって、あるんだよ」

「他所から?」

「そうさ」


 ピオーチョの語るところによれば、なにしろ金山として最盛期だった頃は、有り余るほどの金を加工することができたわけで、つまり金の扱いに関しては当代でこれ以上長けたものはいない職人たちの町でもあるわけだ。寂れてしまった今でも職人たちの多くは離れがたいようで、その職人たちを頼って金細工などの依頼が今でも来るそうだ。


「あたしだって、冒険屋の仕事は随分してないさ。手慰みに細工物をして、旅商人に売ってもらってる。小遣い程度だけどね」

「どんなものを?」

「そうさね」


 そう言ってピオーチョが無造作に取り出したのは、銀細工のブローチだった。サファイアのような宝石があしらわれており、細工は翼を広げた鷹をモチーフにしているのだろうか。羽の一枚一枚に至るまで精緻な仕事は施されており、宝石や銀そのものの価値よりも、その細工仕事にこそ価値がありそうな仕上がりであった。


「うわっ」

「これ触っていいやつですか」

「構やしないよ。小遣い程度だ」


 実際御幾らか尋ねてみたところ、目を剥くような値段だった。地竜退治よりは安いが、それでも気軽に買えるのは貴族位のものだろう。


「それで小遣いなんですか……」

「当り前さ。全盛期のこの街じゃ、そんなものは本当に小遣いだった。酒場でちょいと飲んだつけを払うのに、そのくらいの細工物が良く出回ったものさ」

「バブルだなあ」

「泡? そうさね。うん、あの景気は確かに泡みたいなものだった。どこまでも膨らんでいくと誰もが思っていて、でも結局のところは、予定通りに弾けちまった」


 それは少し寂しそうな物言いだったが、しかし、過去ばかりを見ているようなものでもなかった。


「まあいい夢だったよ。あの景気があったからこそ、いま大成している職人たちもいる。皆どっかで終わりが来るのを知ってたから、早め早めに見切りをつけるようにしてたし、大損こいたってのは、そうそういなかったからね」


 鉱夫たちだって、掘るだけ掘ってそれでおしまいというわけでは無かった。領主は先見性のある人で、鉱夫たちには十分な給料を与えたし、怪我や病気にも補償を出した。そしていざ金の量が減り始めると、再就職先を用意し始めた。土堀しか能がないという連中もいた。しかし、いつだって世の中には仕事が溢れているものだった。他の鉱山もあれば、大工仕事や土木作業もあった。

 金で儲けた領地だったから、街道整備などを始めとした公共事業もあった。

 かならずしも悪いことばかりではなかったのだ。この夢の終わりというものは。


「あたしらもまあ、金山が閉まってからも、ちまちまと掘ってみたり、好きにやれたからね、いい老後といやあいい老後だったんだよ。あいつらが出るまでは」


 あいつら。

 その言葉を、ピオーチョは忌々しげに吐き捨てた。


石食いシュトノマンジャントの連中が坑道に出てくるようになるまではね」






用語解説


石食いシュトノマンジャント

 乙種魔獣。主に鉱山などに住まう。

 鉱石や金属類を主に餌として育ち、体表にうろこ状に積層させて鎧としている。

 本当に石しか食べないのか、それでどうやって体を維持しているのか、よくわからないところが多い。

 帝都大学の研究によれば、腸内の微生物が鉱物を分解し、栄養物を生成しているとされる。

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