第四話 大講義室

前回のあらすじ


意外にもまともな人物だった学部長ガリンド。

この世界ではまともな人ほど苦労していそうなのがなんとも。







「森の魔女の噂話というものは、いくらかは真実が混じるものかね?」

「えーっと、尾ひれがつきすぎてるんで、俺たちも噂の全部は知らないんですよ」

「然もありなん。それでは、そうだな。山を吹き飛ばしたとか、海賊船を沈めたとかは?」

「ううん、まあ結果だけ見ればそういう感じかもです」

「実際はそんなに……どんなに?」

「比較対象が少ないから、自分でもわかんなくなっちゃうよね」

「剛毅なことだ。それでは、そうだね……火球を三十六個、同時に操れるというのは?」

「ああ、それはほんとです」

「…………ほほう」


 噂話に対する曖昧な返答に比べて、その答えは実に自然で素直なものだった。

 当たり前のことを、当たり前だとただ頷くだけの、あまりにも平然とした態度だった。

 ガリンドは片眉をあげて紙月の肯定をゆっくりと飲み下した。


 それはガリンドの、帝国の多くの魔術師にとって、あまりにも不遜ふそんな態度であった。そのようなことはあり得ぬと一笑に付すような大言だった。

 しかしそれは真実なのだ。到底受け入れがたくとも、事実として観測されている。噂で聞いたなどとうそぶいては見せたが、ガリンドのもとにはいくらかの信じがたい、しかし信頼できる報告が上がっていた。

 各地の魔術師たちのネットワーク。いくらかの貴族との伝手。なにより手ずから奇跡じみた御業みわざを見せてのけたレンゾーという個人の直接の紹介。


 信じる外にない。

 それだけでなく、信じたくもあった。

 それは素晴らしい魔法の力なのだから。


「全く驚嘆きょうたんすべき業前わざまえだ。しかし、それだけの魔術を手足のように使いこなしながらも、実際のところ君個人はその術理や構成というものについて疎い、ということは聞いているよ」

「あ、そうなんですよ。変な話ですけど、それでまあ、そういうの習いたいなって」

「まあ詳しくは聞かんよ。世の中には全く感覚だけで魔法・魔術を扱う才能というものがあるのは知っている。君の場合は、天然魔術師とはまた違うようだがね」


 生まれつき風の流れが読める者や、事故や病の後に水と心を通わせるようになった者など、天然魔術師と呼ばれるものはいくらかの割合で生まれてくるものだ。

 傍目はためにはわからず、本人も自覚のないまま生涯を終える者もいれば、強すぎる力に振り回されて被害を出すものもいる。風遣いのように生活に役立てる者もいる。

 そういったものの中には、特に近しい属性に関しては優れた才を示すものもいるし、ときにそれらの才が学問として魔術を学んだ者たちを凌駕りょうがすることも少なくない。


 レンゾー曰く、彼も、そしてこの二人も、天然魔術師とは違う形で、特異な才に恵まれているということだった。詳細には語られなかったそれが彼の、彼らの秘密につながるだろうことは察して取れた。

 ガリンドはその秘密を無理に暴く気はなかった。

 彼にとって大切なのは、その才能が素晴らしいものであり、魔術の世界に新たな知見をもたらしてくれるのではないかという期待。

 そしてなにより、彼らが学究の徒としてこの魔術学部の門戸を叩いたということだ。


 求める者に、扉は開かれなくてはならない。


「君たちの扱う魔法は君たちだけのものだ。私にはわからないものだろう。だが、基礎的なことを講義し、君たちの世界を広げ、成長に役立てることを約束しようではないか」

「ありがとうございます!」

「あー、でも、学部長が教えてくれるんですか?」

「私では不安かね?」

「えっ、いや、そういうわけじゃないですけど……」

「確かに、我が魔術学部にはそれぞれ専門的な魔術を研究する者たちもいて、優秀な魔術師を多く抱えているとも。歴史に残すべき論文を書き上げた博士もいるし、毎日教鞭きょうべんる教授たちもいる。しかしだね、君。君たち」


 どん、と再び爆発音が響いた。

 あわせて悲鳴。そしてなぜか高笑い。

 今度は地下での爆発か、音も振動も近い。


「教わりたいかね? 彼らに? 本当に?」

「いや、いいです」

「遠慮します」

「賢明な判断だ。君たちは長生きするよ」


 ガリンドはニヤッと笑って見せた。


「とはいえ、ここでは狭いし、教材もない。せっかくだから講義室でしっかり講義しようじゃないか」


 連れ立って廊下を歩いていくと、少し焦げ臭いにおいと、埃っぽい空気。

 どこか浮ついたような感じがするのは、やはり、先ほどの爆発のせいだろうか。

 それでもあまり気にした風もなく人々が行きかっているところを見るに、日常茶飯事ではあるのだろう。いやな日常だ。


 地上階へと上がり、人通りの多い廊下を歩いていくと、一行はやはり目を引いた。


「あ、学部長! こんにちはー!」

「ああ、こんにちは」

「おや、学部長。先日出した申請はどうなりましたか?」

「通るわけがなかろう。そんな予算あったら私が欲しい」

「おや残念」

「おっ、ほら未来、鎧姿もいるぞ」

「あ、本当だ。なんだか照れるなあ」

「ああ、あれはうちの関係者ではないのだがなぜかうろついてる鎧だな」

「なんて???」

「はっはっはっはっやったな兄弟!」

「やっちまったな兄弟! おっと親分だ。ずらかるぞ」

「ゲオルゴ、フレード! またお前たちか! 今度はなんの爆発だ!」

「えー、あー、?」

だと!? とりあえずは先程のだ!」

「あー、すみませんがね、閣下、つまり……先程で?」 

「この愚か者どもめ!」


 通りがかる人々はみな、ガリンドに気さくに話しかけてきた。

 一部問題はあるとしても、学部長という仰々しい肩書のわりに、ガリンドは学生たちにも教授たちにも親しまれているようだった。

 挨拶を交わし、簡単な連絡などを済ませ、そして彼ら彼女らがその次に気にするのは、気になってしまうのは、敬愛すべき学部長が引き連れたとんがり帽子と大鎧だった。

 一応は大鎧も一人見かけたし、とんがり帽子は大いに流行っているようだったが、その組み合わせで、かつクオリティが違う。


 その日の紙月の装いは、冬の日の定番となった《不死鳥のルダンゴト》。ルダンゴトとは肩幅が少し広く、一方でウェストを絞ったデザインのコートだ。

 黒を基調とした生地は角度によっては熾火のように赤くきらめく不思議なもの。またその肩口にはたっぷりとした羽飾りを広げており、白から橙、橙から赤へと色鮮やかなグラデーションもまた炎のようであった。

 火属性のそれは、他の装備よりも暖かい。


 また未来のよろう《朱雀聖衣》も並の甲冑ではない。ド派手なのである。全体を真っ赤な羽毛であしらわれ、兜などは完全に鳥を模したもの。派手な柄の真っ赤なマントは揺れるたびに炎のさながらに色味を変える。

 しかもただ派手なだけでなく、見る者が見れば炎精が密にまとわっているのがわかるのだから、悪名高い魔術学部の面々もこれには目をみはった。


 名乗らずとも察せられ、濁したとしてもごまかせるわけもなく、そもそも当人たちに隠す気もないのだから、森の魔女と盾の騎士の来訪はどよめきを持って迎えられた。

 通りすがりのものが一人また一人と一行に加わっていき、学部長は片眉をあげて苦笑いをすると、予定を変更して大講義室へと足を向けた。小さな部屋には収まりきらぬほどの騒ぎになっていたのである。


 大講義室は尖塔群の根本、大本の土台となる一階に構えられている大部屋だった。ここはなにかしらの集会や、催しごとでもなければまず使わない。

 向かって奥には大きな黒板と教壇が見え、その中心部に向かって半円すり鉢状に階段めいて段差がある。階段教室などとも呼ばれる形式で、後方のものも、前のものが邪魔にならずよく見えるようにというつくりであった。


 この部屋が使われるのはもっぱら帝国魔法魔術学会の研究発表会のような大きな催しのときだけで、その研究発表会の様子の非常に激しいことと、半円すり鉢状のつくりが円形闘技場の観覧席のようであることから、魔術科闘技場アレーノ揶揄やゆされる一室である。


 ガリンドが入り口横のスイッチをひねると、少しの間をおいて天井と壁に等間隔に並んだ火精晶ファヰロクリスタロ仕込みのランプが時間差で灯っていった。


「おお……こいつはすごいな」

「魔法みたいだね」

「ふふふ、これは簡単な魔道具だよ。角灯自体はありふれたもの。ほかに必要なものは、いくらかの金属と鉱石からなる回路、それにちょっとした建築技能だけ。ほとんどは大工と、魔道具技工士の仕事だ」


 ガリンドは少しニヤッとして続けた。


「この大講義室の照明を設計したのは私だがね。実に簡単な仕組み、簡単な魔道具ではあるが、しかしだからこそ誰にでも扱える。誰もが恩恵を受けることができる。これこそ万民に益する本当の魔術の姿だとも」


 学部長ガリンドが主張してきたところによれば、彼の就任後、主要な通路や部屋にはこの遠隔で点灯可能なランプを敷設させ、ひとつひとつ点灯していく手間が省かれたという。かつてそれを任されていた用務員はもっと別の仕事に力をけるようになった。

 また、あまり使われない通路などの照明に関しては、廊下に潜ませた回路によって歩行者の重みを感じ取って点灯・消灯を行うことで手間も資源も節約をはかっているという。


「これらの発想自体は古代聖王国時代の遺跡に由来するものだから、以前はあまりいい顔をされなかったのだがね。しかし古代技術の再現ではなく、あくまで既存の魔道具の組み合わせからなる、帝国独自の技術発展であることを主張し続け、レンゾー殿の後押しもあって特許出願中、というわけだ」


 帝国には、というよりこの世界にはかつて、古代聖王国という強大な国家があった。進んだ技術を持ち、発展した文明を誇っていた。しかしその専横はやがて反乱を招き、打ち倒された。

 そういう歴史があるため、古代聖王国の機械や技術というものは、かつての時代へ逆行してしまわないよう長い間慎重な扱いをされてきた。

 しかし昨今では帝国自身が発展させてきた──そして恐らくはレンゾープレイヤーというイレギュラーがもたらした──技術の数々が認められつつあるのだという。


 ガリンドが続けて壁のスイッチを操作すると、本当にゆっくりとではあるが、床面が暖かくなっていく。床暖房だ。

 学生たちは、そして一部教授たちは全く自然にこの恩恵を受け入れていたが、これは現代人である紙月と未来からしても大した技術であり、発展著しい帝都においても際立って近代化されているといっていい。

 まだ実験的なものであるがねという一応の付け足しを考えても、優れた発明だろう。


 床下に温水を巡らせているという話を聞きながら、ガリンドは教壇へ、紙月と未来の二人は最前列の席に陣取った。学生や教授たちもそれぞれに席を選んでは腰かけていき、おおよそ半分ばかりが埋まった。最大で三百ばかりの席数があるというから、半分でも結構な数である。


 床面からじんわりと温まっていくのをお喋りしながら待ち、特別講義は緩やかに始められようとしていた。






用語解説


・天然魔術師

 誰かに学んだわけでなく、生まれつき、または後天的な理由から魔法を扱えるもの。

 例えば風遣いと呼ばれる人々は、生まれつき風が「見える」ものがそれを職とすることが多い。

 天然魔術師には彼らにしか見えない世界や、彼らにしか扱えない魔法があるとされる。

 時にはその才能が自他を傷つけることもある。

 魔術師はこういった天然魔術師を見つけて保護したり弟子にしたりすることも多い。


・《不死鳥のルダンゴト》

 ゲーム内アイテム。女性キャラクター専用の炎属性の装備。

 蘇生アイテムである《不死鳥の羽根》を素材にするという特殊な装備。

 装備したプレイヤーが死亡した際に全体|SP《スキルポイント》の五割と引き換えに《HPヒットポイント》を全快にして蘇生させる。

 《SPスキルポイント》が足りない時は蘇生しない。

『不死鳥は死なぬわけではない。死んで、そして生き返るのだ。その魂は、不滅だ』


・《朱雀聖衣》

 いくつかの高難度イベントをクリアすることで得られる素材をもとに作られる。

 炎熱属性の攻撃に対して完全な耐性を持つほか、純粋な防御力自体もかなりの高水準にある。

 見た目も格好良く性能も良いが、常にちらつく炎のエフェクトがCPUに負荷をかけるともっぱらの噂である。

『燃えろ小さき太陽。燃えろ小さな命。炎よ、燃えろ』

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