第五話 Q.魔法ってなんですか?

前回のあらすじ


思っていた形とは違うが、魔法の技術が垣間見える学部棟。

思わぬ大人数に囲まれて、魔法の講義が始まろうとしていた。







「さて、室温も、場の空気もあたたまってきたことだ。さっそく講義を始めていこうと思うが」


 教壇に立ったガリンドは、役者のように通る声でそう切り出した。

 その手元にはおそらくは拡声機能を持つ何かしらの魔道具と思しきものがあり、彼の声を最後列の席まで問題なく届けていた。


「思いがけず集まってくれた聴講生たちは、どうやら私の退屈な講義よりもまず、我らが新しい友人の魔法の方が気になっているようだ。どうだろうかシヅキ。熱心な学究の徒に新しい刺激を与えてはくれないだろうか」

「フムン? ええ、そりゃもう、喜んで!」


 期待に満ちた視線が集まった。何しろいろいろと目立つものだから視線にも慣れてきているとはいえ、どうしても未来は落ち着かなくなってしまう。

 しかし紙月はむしろ、視線が集まれば集まるほどにテンションが上がるという性質があった。

 それがどんなものであれ、人々の注目を向けられるということは紙月の承認欲求を著しく刺激し、彼の何か満たされないものを一時であれ安らげるのだった。


 うきうきといっていいほど上機嫌に紙月は席を立ち、場を譲ったガリンドに変わって教壇に立った。そしてガリンド以上に役者めいて──というより紙月という人間の本職であり本性というものはまさしく役者なのだろうが──両手を広げ、柔らかに微笑んで見せた。


「さあさ、それじゃあお近づきのしるしに、ちょいとばかり派手なのをお見せしましょうかね。いつもはこんなサービスはしないんだ。ここだけ、いまだけ、みなさんだけに、飛び切り貸し切りこれっきり!」


 いや、結構雑に使うし、ちょくちょく見せてるよなあ、なんて思うけど、未来はもちろんそんな水は差さない。せっかく最前席で紙月のショーを観れるのだ。

 朗々と語りながら何か複雑に手を動かし、指を宙にさまよわせているのは、紙月にしか見えないUIを操作して《技能スキル》のセットをしているのだろう。しかしそれが観客には何か神秘的で魔術的な意味を持つのだろうと、視線が集まる。そうすると紙月はとてもなる。


「さあさ、森の魔女の魔法をご覧あれ! よそ見に瞬き、お喋り厳禁! 目ン玉飛び出て腰抜かすなよ!」


 紙月がまっすぐに手を掲げて、ぱちりと一つ指を鳴らせば、その手の中には小さな種が。種は芽吹き、葉を広げ、真っ赤な花を一凛咲かす。咲いたと思えば今度はその花が炎をまとって燃え上がる。

 白魚の如き指先を焦がすことなく、炎はふわりと浮かび上がって紙月の周囲をぐるりと巡り、頭上でひときわ明るく燃え上がったかと思えば、灰が土くれとなって落ちてくる。

 器のように構えた紙月の掌が、土塊を柔らかく受け止める。すると今度は土塊の内側から芽を出すように伸びあがる、白銀にきらめく鎖が一筋、二筋、三筋。

 じゃらりじゃらりと生き物のように絡まりあいながら鎖は紙月の周りを舞い踊り、不意にそれはこぽりこぽりとどこかから湧いてきた水に覆われていく。水の中で鎖はほどけて消えていく。

 低きから高きへと、天地を逆さに舞い上がる水の流れは、中空で鳥となり、蝶となり、あるいは魚の姿と変じ、大講義室を飛び回り泳ぎ回る。


 驚き、目を瞠り、そしてようやく弾けるような歓声があふれ、人々は頭上を舞う水人形を目で追っては口々に驚嘆を、称賛を投げあった。


 そして歓声の渦の中、観客たちの頭上で水人形たちは突然弾け、今度は色とりどりの花となって降り注いで彼らの手に収まったのだった。


「ショーはお楽しみ……いただけたようだな。花はどうぞ、記念にお持ち帰りを!」


 あふれる歓声に承認欲求を満たした紙月は、大仰な礼をしてから未来の隣にご機嫌で戻ってきた。

 全く器用なことだ、と未来は苦笑いした。

 紙月のやったことは、《エンズビル・オンライン》の基本属性、木・火・土・金・水の初級魔法|技能《スキル》をそれとなくつながるように見せて連続使用していったに過ぎない。

 しかしその《技能スキル》の操作は舌を巻くほど精妙で、形状、サイズ、また動きを本来の《技能スキル》から大きく変化させていた。

 もともとの《技能スキル》から解釈によって変形させていくことは未来にもできることだが、紙月ほど自由自在とはいかない。


「素晴らしい実演だった。全く驚くべき魔法だった。ありがとう。みんなも改めて拍手を」


 ガリンドの音頭で大講義室は割れんほどの拍手に包まれ、それが落ち着くまでには数分ほどの時間と、ガリンドの「静粛に!」が五回ほど、それから「学部長わたしが単位を取り消せることを忘れるなよ」という決定的な脅し文句が必要だった。


「さて、素晴らしい実演を見せてもらったが……そもそもだ。そもそも魔法、魔術とは何かということを改めて考えていこうではないか。シヅキ、いままさに君には魔法を使ってもらったわけだが、君はどう思うだろうか」


 問いを投げかけられて、紙月はフムンと言葉を探した。

 魔法とはである、というのがまさしく今しがた用いた《技能スキル》なのだが、それはあくまでも紙月の固有の能力といっていい。紙月の、つまりはプレイヤーの。二人は今日、そうではない、この世界の魔法というものを学びに来たのだ。


「ええと……なんていうか、自然現象を再現する技術、ですかね。火が燃えるときは火精がこう動く。風が吹くときには風精がああ動く。だから逆説的に、魔力でもって火精や風精を動かしてやれば、火が燃えて、風が吹くっていう」

「フムン。誰かに教わったかね。教本通りの答えだ。そう、我々が扱う魔法、魔術というものは、端的に言えばこのように流れればこうなる、という自然の式を、逆から描くことでこうなったからこう流れると現象を引き起こすものだ」


 二人のこの世界に関する魔法の知識は、皮肉にも敵に当たる聖王国の破壊工作員ウルカヌスから聞いたものが大きかった。

 彼から聞いたのは精霊晶フェオクリステロについてだったが、魔法もまた大まかには同じであるらしかった。呪文は発注書のようなもの。これくらいの規模で、こういうことをしてほしい。そうして魔力を支払うことで、魔法が生まれる。

 その書式というものは、自然そのものなのだと。


 ガリンドは教壇にいくつかの道具を並べた。燭台。それにさされた蝋燭ろうそく。ジッポライターのようにも見える、火精晶ファヰロクリスタロ仕込みの火口ほくち箱。

 ガリンドは手慣れた様子で蠟燭に火をともす。その様子を見て、魔法で火をつけないんだという気持ちと、理科の先生みたいで様になってるなという気持ちが同時にわいてくる未来だった。


「例えばそう、ここにいま火がともっている。そこの……そう、ディアーノ、君に見えているものを教えてくれたまえ」

「はい、学部長。蝋燭の先端に小さな火蜥蜴トカゲが、火精の姿が見えますわ。小さく舌を躍らせています」

「結構。それではロットー。火の回りには?」

「ええと……風精の姿が見えます。ちっちゃな鳥みたいな……火に飛び込んでは、上から飛び出ていってます」

「よく見えているようだ。ではこうするとどうだろうか」


 ガリンドはガラスの覆いを上からかぶせてしまった。

 すると、蝋燭の火はすぐに消えてしまう。

 本当に、簡単な理科の実験みたいだ、と未来は思った。

 ものが燃えるには、可燃物、酸素、熱の三つが揃っていなければならない。ガラスの覆いで酸素の供給が立たれたことで、火が消えてしまったのだ。もちろん、覆いを外しても火は勝手についたりしない。


「アツコ、どうかな」

「えー、火が消えちゃいました」

「……そうだな。おそらく諸君には、火精が姿を消したことがわかっただろう。では、スーシオ、魔法で火をつけてくれるだろうか」

「はいはい……《火よファイロ》」


 気だるげな女学生が教壇の蝋燭に向けて杖をふるうと、ぼっ、と小さな火がともった。

 紙月の目は、杖から魔力が注がれ、火精と風精がそれにまとわりつき、火となったのを見た。


「そう、これが、これこそが記述論的事象変異であり、人為的にこの変異を引き起こし扱う技術たる記述論的事象操作技術、すなわち魔法だ」

「それって……聖王国の言葉なんじゃ?」


 意外なことに、ガリンドは聖王国の言葉を用いた。

 記述論的事象操作技術。それは確かにウルカヌスが口にした言葉だった。


「そうとも。魔法はそもそも、聖王国時代に生まれたものなのだよ。すべての事象は記述という形で表すことができ、その記述を操ることで事象を操作することができる。異常な現象を制御して操ろうというわざ

「聖王国の技術はダメなんじゃ?」

「確かに、古代聖王国の遺失技術は禁忌として扱われている。しかし当時、魔法はもはやその有用性から手放せるものではなかったのだ。だから使用され続けてきた。古代聖王国由来とはいえ、何もかもを禁止することなどそもそも不可能であるしな」


 確かに、古代聖王国にあった何もかもを否定してしまえば、例えば食事や衣服といった基本的なことだって捨て去らなければならなかっただろう。あくまでも、古代聖王国の支配体制に逆戻りするようなことがないように、過度に高度な技術は規制されてきた、ということなのであろう。


「それに何より、魔法というものは聖王国が自ら生み出した技術ではないんだ。彼らは魔法を発見し、研究し、発展させていったが、虚空天を超えてやってきた最初の人々は、魔法を持っていなかったのだという」

「それじゃあ、魔法はどこからやってきたんです?」

「神々がもたらした、というのが神学者の言うところだな。我々には確かめるすべはないが、ただあるがままだった永遠の凪の世界に天津神たちがおとない、我らの始祖が地に放たれた。故郷を離れ、見知らぬ隣人たちと生きることになった始祖たちのために神々が与えたのが魔法の力だったというんだ」


 それは神話の時代の話だった。そして神話の時代とは、ほんの一万年に満たない極々の話だ。

 神々が力なき始祖たち、つまり人族や土蜘蛛ロンガクルルロ天狗ウルカ、その他数多くの種族の祖先のために、世界を魔法の力で満たしたのだと。


「それって……神官の使う法術、っていうのとは、違うんですか?」

「うむ。違うものだ。あるいは同じ力を下敷きにしているのかもしれないが。神官は、神に祈り、神の力を借りて奇跡を起こすのだという。なじみ深いもので言えば風呂の神の神官たちは、湯を沸かす奇跡や、湯を清める奇跡、温泉を探しあて、また湧き出させる奇跡を授かるそうだ。これらの奇跡は非常に強力で、ほとんど問答無用だが、しかし融通はきかない。効果の範囲や程度は変わるが、効果そのものを彼らがどうこうすることはできない。そして術を用いる神官たちにも、その理屈というものはわからない」


 日ごろから公衆浴場に通う二人にも、風呂の神官の法術は馴染みのあるところである。

 未来は便利だなあとその恩恵を享受するだけだが、紙月などはそのハイエルフ・アイで日々法術の秘密を暴こうとして、失敗してきていた。

 水精にも似た温泉精とでも呼ぶべき精霊の姿は見えるし、神官周りで何かしらうごうごしては湯を清めたり温めたりしているのを見たこともある。

 しかしそれを真似ようとしても、困難であった。紙月がこの世界の魔法、いわゆる記述論的事象操作技術というものを習得していないこともあるが、そもそも何が起こってるのかわからないのである。


 紙月は自分の《技能スキル》のうち簡単なもの、例えば《火球ファイア・ボール》を見て、記述とでもいうべきものを読み解ける。こう燃える。こう動く。そういうのがわかる。そう書いてある。先ほどの蝋燭と火の実験と同じだ。

 しかし神官の法術は、のである。最初からそうだったようにのである。急に蝋燭が湧いてくるしなぜか火はついているのである。

 これは紙月が自分でもよくわかってない原理で発動させている《浄化ピュリファイ》の魔法などと同じ意味不明さだった。そう考えるとあれは法術に近いのかもしれない。


「一方で我々が扱う、扱っていると考えている魔法というものは、法術を真似した小細工のようなものともいえる。あるいは模写のようなものというべきか。火が燃えるときにはこのような記述が生じる。ゆえにこの記述を再現してやればおのずとそこには火が生じる。どんなに複雑な魔法も、強大な魔法も、そこからはじまる。はじまるのだが」


 ガリンドは蝋燭の火を少し見つめた。


「では記述とは何か。記述という言葉は物事を書き記すこと。またその書き記されたものを指す。しかしそれはどんな言語だろうか。自然の言語とは何か。我々はそれをいかに読み解き、書き記しているのだろうか」


 先ほど女学生は魔力でもって火が燃える記述を模倣して描くことで火をともした。

 というのが理屈である。しかしその記述とは何か。彼女は何を見て、何を真似して、何を描いたのか。


 ガリンドの指先が、おもむろに火をつまんで消した。


「記述とはある種の呪いだ。呪術である。なぜならば、記述など存在しないからだ」






用語解説


・魔法

 古代聖王国時代に盛んに研究されたが、もともと古代聖王国人は魔法と呼べる技術を持っていなかった。

 現代の我々から見れば魔法と呼べるような超常的技術はあったものの、それらとは全く別系統の技術として現代の魔法は研究され、発展してきた。

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