第三話 平原へ

前回のあらすじ

引き続き〇〇食いの相手をさせられる二人。食い食われる非常な世界である。






 ミノの町へ向かった時よりも、平原へ向かう道のりは平凡なものだった。平坦な平野で、平和な道のりだった。


「平らだなホント」

「だね」


 五日間の馬車旅は、いつも世話になる狗蜥蜴フンドラツェルトが牽いてくれた。何しろ賢いから、紙月のいい加減な御者ぶりでもしっかり走ってくれるし、道も覚えているから、妙な所で迷子にならない。紙月がことあるごとに《回復ヒール》をかけてやるので、疲れも知らない。


「ぼく、遊牧民って初めて見るな。どんなのだろう」

「まあ、遊牧してる以外は、そこまで変わりはしないだろうさ」

「その遊牧がよくわかんないんだって」

「まあ、俺もだ」


 ハキロのいい加減な知識に教わったところによれば、遊牧民というのは常に移動しているようなイメージだが一年に何度か移動するという程度のようなもので、そこまで頻繁な移動はしていないようである。そして何もかも自給自足というわけでは無く、穀類や野菜など、どうしても自分達では賄えるものではないから、遊牧の最中に得た岩塩や、また家畜などの売買を定住民と行うことで生計を立てているようだった。


 ハキロ曰く、旅商人というものを一つの生き物にしたらあのようにふるまうのではないかということであった。


 これから向かう遊牧民の一団は数家族から成る規模のもので、人族と土蜘蛛ロンガクルルロの混交であるという。彼らは別の部族ではあるが、随分長い間協力し合う内にほとんど一つの家族のようにふるまうようになっているのだという。


 依頼の名義はチャスィスト家の何がしとある。チャスィストとは狩人という意味である。代々弓の名手が多く、野の獣を狩らせればこれに勝るものはないという触れ込みであったが、自分達が狩られる側となると勝手が違うようで、ずるがしこい大嘴鶏食いココマンジャントには全く手を焼いているとのことだった。

 それでも随分数多くの大嘴鶏食いココマンジャントを平らげてはいるようだったが、どこかに巣でもあるのか一向に数が減らず、ほとほと参っているのだという。


「でも、大変そうだし、無理に請けなくても良かったんじゃない?」

「退屈してただろ?」

「まあそれはそうなんだけど、紙月って細いから、あんまり長旅させると不安というか」

「うぐ」


 紙月もこの心配には素直にうなだれた。何しろハイエルフというものは華奢なのだ。これでもレベル九十九に至ったプレイヤーであるから相当頑丈ではあるはずなのだが、あまり日光を受けすぎると赤くはれたり、食べ過ぎて戻しそうになったり、未来と同じ調子で歩いていたらすぐにばてたり、実際のところはあまりにも貧弱なのだ。


「でもまあ、隣の国があるって聞いたらなあ」

「気になるの?」

「他所だったら、俺達みたいな異世界から来た奴の話も聞かないかなと思ってな」

「ああ……」


 未来はもうあまり気にしてはいないようだったが、紙月はいまだに元の世界に帰る術を探していた。正確には、未来をもとの世界に帰してやる術である。未来はこの世界で暮らしていくことに何の躊躇もないようだし、何なら元の世界に対して未練のあるようなそぶりの一つも見せないが、しかし紙月はそれは良くないと考えるのだった。


 全く他に何の手段もないのであれば諦めるのも手かもしれないが、少なくとも紙月たちはひょんなことでこの異世界にやってきたのである。ひょんなことで帰れてもおかしくはない。そうなれば、こちらの世界で生きることばかり考えるのではなく、元の世界に帰るという選択肢だってあってしかるべきなのだ。


 少なくとも未来は、将来ある子供なのである。この世界に将来がないなどとは言わないが、それでも元の世界で生まれ育った少年なのである。そちらの可能性をすっぱり諦めて、選択肢を放り投げるというのは、紙月の気に入るやり方ではなかった。


(…………そう言うのは嫌いではないけど)


 しかしそれも、未来から言わせれば紙月の方こそどうなのだというところであった。

 紙月は未来のことはあれこれ言うが、では自分はと言うと驚くほど何も言わない。紙月もまだ大学生であったという。では十分に将来があったはずなのだ。その選択肢やら可能性やらを棚に上げて、ただ年が若いというだけで未来のことをあれやこれや言うのはなんだかもやもやするのだった。


 けれどでは腹を割って話そうかというにはやはり躊躇があった。紙月には紙月の事情があるように、未来には未来の事情がある。これはお互いにとって大事な部分であるから、それを真正面から見据えて話し合おうというのはちょっとやそっとの覚悟でできる話ではない。


 いくら相棒とはいえ、紙月と未来はこの世界に来て初めて顔を合わせた仲なのだ。それなりの付き合いがあるとはいえ、それはすべてゲームを介したものであって、真実向き合って、あるいは隣り合って何かを分け合ったことがあるとは言い切れないと未来は思っていた。


 そのことがなんだか唐突に鼻のあたりにツンと来て、未来はぼんやりと平原の風にあたるのだった。






用語解説


・解説がない回は平和な回。

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