第四話 平原の民
前回のあらすじ
なんにもない、いいたびじだった。
遊牧民であるチャスィスト家と他数家族が居留する牧地に辿り着いたのは、予定より少し早く、四日目の昼であった。若い男たちは放牧に出ており、女たちが煮炊きや、刺繍、道具の手入れなど家の事をしていた。
紙月たち二人を迎えたのはマルユヌロと名乗る、チャスィスト家の家長だった。大体においてこの数家族のことを取り仕切るのはこの背の曲がった老人だった。
ちょうど昼食時であったようで、二人は客人として御呼ばれして、
パンは塩気には乏しかったが、平原の草を食んで育った
食事を終えると、早速仕事の話に入った。
いま集められた冒険屋は、紙月たちを含めて全部で四組だという。どれも二人か、三人の組である。二組が放牧に護衛として付き、もう二組はその間休む。放牧が戻ってきたら、交代してもう二組が見回りをする。夜間に被害が出たこともあるので、交代でどこか一組が夜間の見回りをする。追加の冒険屋が来たときは、またローテーションを組みかえる。
そういうことだった。
紙月たちが確認したところによれば、冒険屋たちがローテーションを組んで見張りをするようになってからは、劇的に被害は減っているようだった。しかし被害が減ったということは連中も飢えてきているということで、油断はならないと釘を刺された。道理である。
紙月たちはまず、同じ時間を担当することになる冒険屋の一組に挨拶に行った。
二人組の人族で、弓を得意とするという。彼らはエベノの町から来たという。聞かぬ名ではあったが、エベノの《サーゴ冒険屋事務所》と言えば、西部一の弓の名手ばかりが集まった、弓自慢達の事務所であるという。もちろんこれは冒険屋の自己紹介なので話半分に聞いてよいが、それでも弓を得手として、それが半端な技量でないのは確かなようだった。
「おたくらが来て助かった。最初はろくに交代も回せなくてな。パーティを分割して、どうにか見回りしていたくらいだ」
「これからは俺たちも見回りに加わるから、頼ってくれ」
「助かる」
彼らが素直な事には、紙月たちも助かった。中にはプライドの高い冒険屋もいて、ことあるごとに他の冒険屋と張り合うような者たちもいるのだ。そういったものはあまり長続きしないか、無駄に長生きするかの二択だが。
「ところで、部族会議の準備がどうのとか言っていなかったか」
「ああ、クリルタイか。あれは随分先だ。しかし今のうちから
「成程」
これを聞いて、少しがっかりしたのは紙月である。
部族会議などと言うのだからきっと方々からたくさんの人々が集まることだろう。そうなれば自分達に役立つ情報が手に入る確率が上がるのではないかと考えていたのだが、そううまくはいかないようである。
「第一、クリルタイは部族の会議だからな、部族以外のものは入れんさ」
「なんだって?」
「俺たちもお祭り騒ぎかと思っていたんだが、身内向けのものらしくてな。まあ大人しく土産物でも買って帰るよ」
そうなれば、もう直接大叢海とやらに乗り込んで、遊牧国家の見物にでも行こうかと紙月がぼやくと、エベノの二人は笑った。
「お前さん、大叢海を知らないんだな」
「草原じゃないのか?」
「ただの草原を平原と区別するものかよ。大叢海というのはな、名前の通り一つの海なのさ」
「海?」
「ああ、何しろ身の丈ほどもある草むらが、見渡す限りにみっしりと続いているのさ。まともに歩いて行こうと思ったら、鉈を何本犠牲にしたって何歩分も進めんだろうね」
「なんとまあ。それでどうやって人が暮らしていけるんだ?」
「だから、住めるのは空を飛べる
「空……空はさすがに飛べねえなあ」
「当たり前だ」
「焼き払ったらだめか?」
「大叢海を焼こうという試みは何度かあったらしい」
「おお、それで?」
「それでもいまだに
「成程」
焼け石に水というか、大海に火をつけようと頑張るもののようだ。
ではその
「お前さん方、
「連中は実に高慢でな。特に大叢海の
「何しろ連中、同じ遊牧の民であっても、人族や
それは、なるほど、無理そうだった。
用語解説
・エベノの町(La Ebeno)
平地の町。これと言って特産はないが、かといって特別寂れているわけでもない、まあスプロの町と大差ない程度の町である。
・《サーゴ冒険屋事務所》
西部一の弓自慢達と自称するが、結局のところ弓遣いばかりの偏った冒険屋事務所である。
しかし実際のところ腕前は確かなもので、遊牧民出身の冒険屋も迎え入れており、弓に関してだけ言えば実際西部一と言っても過言ではない。
・クリルタイ
遊牧民たちの部族会議。
草原の民、平原の民が一堂に会する非常に大会議。何年、十何年に一度程度のものである。
・大叢海
広い大陸のうち、帝国と西方国家を分断する巨大な草原。
人の身の丈ほどもある草ぐさが生い茂る草むらの海。空を飛べる天狗でもないとまともに往来すらできないおかの海である。
このとにかく広い草むらを迂回するためだけに、南部では海運業が発展しているといってもいい。
・
隣人種の一つ。風の神エテルナユーロの従属種。
翼は名残が腕に残るだけだが、風精との親和性が非常に高く、その力を借りて空を飛ぶことができる。
人間によく似ているが、鳥のような特徴を持つ。卵生。
氏族によって形態や生態は異なる。
共通して高慢である。
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