第七話 職人のこだわり
前回のあらすじ
放出される魔女の秘宝。
盛り上がる職人たち。
誰か作画の人呼んできて。もしくは衣装知識監修。
「これはうちだけの仕事にはできないわね」
いっそ穏やかと思える声でそう呟いたロザケストは、曖昧な視線を天井辺りに漂わせながら、しばらくゆらゆらと上体を前後に揺らしていた。
時折小首を左右に傾げながら視線がさまよい、やがてふらふらと両手が持ち上がり、オーケストラの指揮者か何かのように、指先がリズミカルに空を刻み始めた。
「ええ、そうね、ええ、仕立屋だけじゃすまないわ。素材からよ。糸紡ぎに、機織り、染物屋、みんな声掛けなくちゃ」
夢見るように曖昧な調子で呟きながら、ロザケストはそのままぐるぐると室内を歩き回り始める。視線は相変わらずふらふらと天井辺りをさまよっている割に、足取りはしっかりしていて、雑然とした室内を危うげもなく動き回り、見てもいない障害物をかわしていく。
職人たちが邪魔にならないようそっと部屋の端に避け、徒弟のリッツォだけがそのあとに付き添った。
「問屋に……いいえ、問屋だけじゃ駄目ね、ありものの在庫じゃ駄目。職人に直接掛け合わないと……魔獣の素材も要るわ。でも何が要るのか、何があるのか、組合の記録を当ってみないと……」
声は決して大きくないが、しかし小さいわけでもない。
時折ヒステリックな具合に裏返りながら、誰かに話しかけるような声量で途切れることなく呟き続けるロザケストの姿ははっきり言って不気味としか言いようがない。
未来がドン引きし、さしもの紙月もどうしたものかと肩をすくめた。
職人たちも苦笑いして、邪魔にならない程度の声でそっと教えてくれた。
「ありゃあ、親方のいつもの癖でさ。なんか思いつくと、たまにああやって夢中になっちまって」
「なにか危ない薬物とかやってないよな?」
「やってないから危ないんでさ」
「それもそうだ」
「まあ、情熱が止まらないだけで、害はねえんですけど」
二人も職人たちに倣って、ぐるぐると歩き回るロザケストの邪魔にならないよう、部屋の端によって壁に背を預けた。
頭の中が目まぐるしく回転し、それでも抑えきれない衝動がロザケストを突き動かすらしく、思考に没頭すれば没頭するほど、このどぎついサイケデリックピンクはせわしなく動き回るようだった。
「錬金術師も呼ばないといけないわね。服に合う宝飾品を作る職人も。革職人も要るわね。むしろ何が要らないのかしら。ああ、あれも欲しいこれも欲しい……旅商人が動ければいいのに、でももう北部は閉ざされてるし……南部はまだいけるわね。雪の降らない街道を選んで……ああもう! もっと早く動くべきだったわ!」
がりがりと頭を掻きまわし、ロザケストはあれが必要だこれを取り寄せなければ倉庫にまだ在庫はあっただろうか誰それを呼びつけなくてはとぶつぶつつぶやき続け、そのあとをついて歩くリッツォは革張りの手帳に逐一鉛筆で書き留めていくのだった。
未来が気になってそっとのぞき込むと、リッツォは苦笑いしながら中を軽く見せてくれた。
ロザケストの呟きから重要な部分を抜き出して、箇条書きで走り書きされている。
そしてそれが今までに何ページも積み重なってきているのだった。
「徒弟と言っても、もっぱら親方の思い付きを書き留めるのが僕の仕事みたいな感じになってましてね。これじゃ職人じゃなくて番頭になっちゃいそうですよ」
そうぼやきながらも、口ぶりほどには困っていなさそうだった。
むしろこうしてロザケストのサポートをすることに確かな充実感を覚えているようで、よどみなく鉛筆を走らせる姿は楽しげでさえある。
いつもこうなのかとロザケストの奇行を呆れながら眺める未来に、リッツォは誇らしさのようなものをかみしめた笑みを見せた。
「親方は確かにちょっと変な所もありますけど」
「ちょっと」
「あれでも職人としては腕もいいし、素晴らしい服を作る人なんです」
「あれでねえ」
「確かに時々殺意がわくぐらい鬱陶しくて目に痛い色してますけど」
「えっ」
「えっ」
何やら複雑な感情があるらしいことはうかがえたが、賢明な未来はそれ以上聞かないことにした。
世の中には聞かなくてもいいこと、知らない方がいいことというのが溢れているのだ。
ロザケストはそうしてしばらく、客人にして依頼相手を放置してうろうろしていたが、不意にがくりと全ての動きを止めて、柏手でも打つようにぱあんと一つ手を打った。
それが考え事が終わった合図だったのだろう。職人たちは速やかにこのはち切れんばかりの筋肉を包んだピンク色に注目し、傾注の姿勢をとった。
「ちょっと甘く見てたわ」
ロザケストはまずそう言って、軽く唇をなめて湿らせた。
「単に意匠の問題なら、あたしたちの腕で十分にやれるわ。でも形だけじゃ足りないみたい。あんたたちも半端な仕事はしたくないでしょ?」
「もちろん!」
「こいつは挑み甲斐がありますぜ!」
「帝国のどこにこんなお宝が隠れていたのか知らないけど、誰かが作ったものなら、あたしたちが作れない道理はないわ。魔女の秘密だろうとなんだろうと、あたしたちが挑んじゃいけない道理はない」
ロザケストはぐるりと職人たちを見まわして、それから紙月と未来に改めて視線を向けた。
「あんたらもよ、お二人さん」
「えっ」
「えっ」
「あたしたちが満足するまで、自慢のお宝を見せてもらうわよ。まさか今更出し惜しみなんてしないでしょ?」
凄みのあるピンク色のスマイルは、否やとは言わせてくれそうになかった。
用語解説
・鉛筆
単に鉛筆と言っているが、帝国では複数種類の鉛筆と呼ばれる筆記具が用いられているようだ。
芯の原料は黒鉛の外、木炭粉を練り合わせたいわゆるチャコールペンシル、顔料を固めたパステルなどが存在し、鉛筆軸も木製のものや、削ることはできないが持ち手の安定した、金属で挟み込むものなどがあるようだ。
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