第六話 魔女のクローゼット

前回のあらすじ


目立ちたがり屋の紙月が、自重するはずもなかった。

ファッションに定評のない作者には何も描写できないのだった。






 紙月が長年ため込んだ装備の、その一部に過ぎないとはいえ、《エンズビル・オンライン》の無駄に手の込んだデザイナーが無駄に手をかけたアイテムたちは、ロザケストを、そして職人たちを湧きあがらせた。


 スペースを開けてもらった作業台に、紙月が衣装を一つ一つ広げていくと、まず呻くようなどよめきが走った。

 それらは未来もゲームのディフォルメされた絵柄では見たことがある装備で、リアルだとこんな感じになるのかと感心したものだが、職人たちにとってはそれどころではなかったようだ。


 とりあえずといった感じで何着か並べられたのは各種の属性に対応したドレスの類で、あまりファッションに詳しくない未来からすると、基本装備である《宵闇のビスチェ》とそこまで違いがあるようには見えない。

 各属性に見合った、例えば炎や水を模したデザインや色合いであったり、肩が出ていたり背中が開いていたり、逆にかっちりと首元まで覆ったものだったり、そういう違いは分かるけれど、正直なところ未来の中ではひとくくりで「ドレス」である。

 似合うんだろうなあ、とはぼんやり思うけれど、それだけだ。


 鈍い未来と違って、感性豊かな職人たちは、みなこぞって作業台を覗き込み、目を見開いてこれらを凝視した。

 こう言っては何だが、帝都と比べたら田舎と言って差し支えない西部の職人たちにとって、紙月のドレスはみな目新しいデザインとして映ったらしい。

 そして単に新奇であるだけでなく、彼らの知らないルールや美意識に基づく洗練された完成度がそこにはあった。時に「偏執的」とさえ言われる《エンズビル・オンライン》のデザイナーたちの徹底した設計が、異世界の職人たちになにがしかを響かせたようだった。


 また、何着かのドレスに続いてアクセサリーなどの小物を並べ始めると、職人たちの動揺は困惑を交えて一層強いものとなった。

 靴や日傘、ネックレスやイヤリング、タリスマン、それらは服飾職人である彼らからすれば専門分野外のものではあったが、どれもこれもが当たり前のように精緻で繊細な細工に飾られ、貴族たちの持つ財宝と比較しても何ら遜色のない代物に見えた。

 貴族と直接顔を合わせる機会も多いロザケストから見ても一級品と言える輝きである。

 そして持ち主である森の魔女は、それを数ある品のうちの一つとして、流れ作業で台に並べていくのだから、驚きと呆れは相当なものだった。


 「とりあえず」の品々で作業台が埋まると、ロザケストが開いた口をふさぐ前に、職人たちが口々に手に取ってみても良いかと恐る恐る尋ねた。好奇心に負けて飛びつかない程度には、これらの品々は彼らに畏怖を感じさせたようであった。


 そしてあまりにもあっさりと許可が出ても、彼らはしばらくの間、誰が先陣を切るのかと互いに居心地の悪そうな視線を交わし合った。


「じゃ、じゃあ、見させてもらうわね!」

「汚すなよ」

「もちろんよ!」


 結局、最終的に伺うような視線が集まったロザケストが、自分を奮い立たせるように声を張り、その見た目とは裏腹な壊れ物でも扱うような繊細な手つきでドレスの生地を検め始めた。

 恐る恐るといった手つきは、やがて興奮とともに遠慮がなくなっていき、それは他の職人たちにも伝播していった。

 俺も、私も、と職人たちは恐れを忘れたように我先に品々を手に取り、乱暴ではないが性急な手つきでこの未知のお宝の山をかき分け始めた。


「なんて正確な縫い目だ……! まるで一針ごとに測ったみてえだ!」

「こっちなんか縫い目が見当たらん! どうなっとる!?」

「ほつれひとつない、なんて美しい……!」

「こんな編み方、初めて見るぞ、どうやったんだこりゃ!?」

「絹、じゃないのか? なんだこりゃ。魔獣の素材なのか?」

「馬鹿な、なんでこんなに軽いんだ!? まるで羽のようだ!」

「こっちを見てごらんよ! こりゃあミノ細工でもそうそうないような代物だよ!」


 鼻息も荒く、職人たちは互いにあれやこれやと叫び合ったが、その誰もが自分の目の前のことに夢中で他人の話などろくに聞いていない。目にはめ込む型の拡大鏡で生地を検めたり、指先で細やかさを確かめたり、いっそ味もみておこうとか言いだしかねないほどの食いつき具合である。


 あまりの食いつき具合に未来などは呆れを通り越していっそ怖くなったほどだが、紙月としてはそりゃそうだろうなとも思う。

 現代地球のデザインはともかくとして、なにしろ生地だの素材だのは、紙月たちをこの異世界に転生させた正真正銘の神様の手になるものだ。

 しかも、紙月が《エンズビル・オンライン》の魔法を使えるように、未来が《技能スキル》を振るえるように、これらの装備もすべて、ゲームでそうであったような効果を現実に持ち合わせている魔法のアイテムである。

 職人たちが優れていれば優れているほど、これらの品々の異常性に気づかされるのだ。


 一通り検分を済ませると、職人たちは質問の洪水をわっと一気に浴びせかけてきた。

 曰く、これはどこで手に入れたのか、だれが手掛けたものなのか、どんな技術なのか、どのような機能があるのか。整理もされず答える間もなく、口々に思いついた疑問を投げかけてくるものだから、そもそも何を言っているのか聞き取ることから始めなくてはならない。

 そしてなだめすかして何とか聞き取っても、二人に答えられることは実はほとんどない。


 デザイン上の問題など二人は完全に門外漢だし、「どこで」も「誰が」もまさかゲームの中ですとは言えない。素材に関しても、そもそもこの世界には存在していないかもしれないのだから、何とも答えようがない。

 血走った眼で迫ってくる職人たちに思わずのけぞった未来に対して、紙月は実に堂々たる態度だった。

 堂々たる態度で、「魔女の秘密だ」と宣言したのだった。

 もしかして紙月、それで全て乗り切ろうと思ってるんだろうかと未来が訝しんだ瞬間である。


 この雑すぎる回答に職人たちも決して納得はしなかったが、しかし食い下がろうにも相手は森の魔女と名高い冒険屋である。見かけこそ背は高いがほそっこい女に過ぎないが、地竜を三枚におろして昼飯にしただの、鉱石ひとつ掘るのに山ひとつ崩してみせただの、荒々しい海賊を串焼きにして平らげただのと噂の広まっている怪物なのである。

 日頃繊細なレースや柔らかな生地を相手にしている職人たちには少々分が悪い相手である。

 かといってもう一人に絡もうにも、自分たちの剣幕にすっかりおびえた様子の子供相手にどうこうしようとは、いくら頭に血が上っていても思えなかった。


 納得はいかないが、しかしどうしようもない。

 職人たちがじわじわと熱量を落としていく中、その職人たちの親方である目に痛いピンクことロザケストは、先ほどまでの興奮がどこかに行ってしまったかのように、頭を抱えて蹲っていた。


「お、親方、どうしたんで」

「参ったわ……なんなのよこれ……こんなのどう再現したらいいのよ……」


 地の底を這うような声が、顔を覆う節くれだった指の間から漏れ出てくる様は不気味と言う外にない。

 指毛がピンク色でないことだけが救いと言えば救いか。


「素材は、もうどうしようもないわよ、出所を教えてくれたって手に入れられる気がしないわ。なんなのよこれ。織り方も、編み方も、縫い方も、全部全部改めないといけないわ。染め方もよ。生地から全部もう、駄目、いまのままじゃ駄目よ」


 圧倒的、文字通りの「神」クォリティを見せつけられたロザケストは、がばりと立ち上がるや叫んだ。


「こんなの見せられたら、半端な仕事できないわよ!!」


 その顔に広がっていたのは、苦悩ではなく歓喜の色だった。

 ロザケストの職人としての全てが、負けてなるものかと燃え上がっていた。






用語解説


・時に「偏執的」とさえ言われる《エンズビル・オンライン》のデザイナーたち

 MMORPG《エンズビル・オンライン》は、ゲームバランスはがばがばでシステムにも不備が多く、メンテナンス中にキムチ鍋パーティでもやってんのかと言われる程度には問題の多いゲームであったが、グラフィックデザインやゲーム内音楽などに関しては異常なまでにクォリティが高く、人気があった。

 そのため一部のプレイヤーには「職人の道楽のためにかろうじてゲームの形にした展覧会」などとも言われていた。

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