第五話 ロザケスト工房

前回のあらすじ


貴族たちからの依頼であることを知らされる二人。

参考となる貴族が酔っぱらい武闘家しかいない問題。






 なんだかんだと言って、二人が依頼を受けた理由は、結局のところ依頼額の大きさだった。

 貴族がどうの西部の面子がどうのといったところで、二人にはいまいちピンとこない。一応腰を落ち着けてはいるが、郷土愛というものがあるわけでもない。ロザケストのように、貴族から依頼を受けたことを誇り、俄然やる気を出すような殊勝な心持もない。


 貴族からの依頼を断れば後々に響くだろうし、事務所にも面倒がかかるだろうし、どうせ暇だし、といろいろ理由はあるが、やはりはっきりと目に見える数字というのは大きい。

 貴族特有の金銭感覚というべきか、それだけ《魔法の盾マギア・シィルド》を重く見ていると見るべきか、はたまた面子の維持には必要な経費とでもいうのか、なんにせよ依頼ごとの単価がなかなかに高かったいままでを鑑みても、ちょっと目を見張る金額である。


 未来は素直にすごいと前のめりになったし、この世界においてはかなりのオーバーテクノロジーである可能性が高い装備をさらすことにややためらいのあった紙月も、前向きに検討しても良いと思えた。

 見せると言っても、性能試験をするわけではないし、ロザケストはあくまでも服飾職人だ。紙月たちにも全くわからない理屈で動作している装備を見ただけで分析できるとも思えないし、ましてや再現などできようはずもない。


 であるならば、これは全く、二人にとってはぼろい儲け話以外の何物でもない。

 西部貴族との接点ができてしまうこと、望みもしない方向で名が売れるだろうこと、伝聞であれ二人の装備の異常性が噂に広まってしまう可能性など、いろいろと考えていないことが多かったが、それは将来の二人が困ることであって、いまの二人はそれに気づいていないのだから何の問題も感じていないのは致し方ない。


 ともあれ二人は依頼を請けることにした。

 ただしちょっぴり値段交渉をして、安請け合いはしないというポーズだけは見せておいて。


 契約書は珍しく羊皮紙のような皮紙であり、記述も仰々しく、またしっかりと整理されたもので、普段見るものよりも上等なものであるように見えた。

 貴族からの依頼ということもあり、こんなところも奮発したようである。


 未来はざっと流し読みしただけで小首をかしげる程度には理解が追いついていない。言い回しが難しいのだ。

 紙月は何度か読み下し、いくつか質問を投げて認識を突き合わせ、そしてまだ署名はしないことを宣言した。

 実際にどのような人員がどのような作業をするのかを現場で確認し、問題がなさそうであれば署名すると告げたのだ。


 これも安請け合いしないというポーズの一環であるし、また、ポーズだけでなく実際的にも逃げ道を作っておくためのものであった。

 単純に魔法でドカンと解決できるような仕事でないだけに、いくらか慎重に事を構えているのだ。

 ロザケストとしても、相手が慎重なのは悪いことではない。

 間抜けは簡単に搾り取れるかもしれないが、何をやらかすかわからない。


 事務所で仕事道具を広げるというわけにもいかず、一行は寒い中をえっちらおっちら歩いてロザケストの工房まで向かうことになった。

 金持ち連中の集まるような一等地に構える工房は、貴族御用達というだけあってなかなかに大きい。

 大きいが、中に入ってみればほとんどが作業場と衣裳部屋、それに倉庫であり、生活スペースはむしろ貧相といってよかった。


 通された部屋はかなり広いもので、大きなテーブル、というよりは作業机が何台も並んでおり、針や糸、布、鋏、図面といった見慣れた道具や、二人には用途のわからない道具が、二人にはわからない規則性をもって、あちらこちらに並んでいた。


 壁際には木組みのマネキン人形のようなものが並んでおり、いくつかは仕上げ途中の衣装がかけられ、いくつかは巻き尺などが無造作にかけられて道具置きにされ、そしていくつかは無造作に固められ、隅に積み重ねられていた。


 部屋には何人かの職人と徒弟が待ち構えていて、ロザケストにつれられた二人が入るなり、視線がずずいと突き刺さった。

 上客相手の接客にも慣れているのか余裕のあるものから、裏方ばかりで馴染みがないのかそわそわと落ち着かないもの、礼儀作法に通じているもの、いないもの、年齢も年嵩のものからまだ若手のものと幅が広い。

 種族としては土蜘蛛ロンガクルルロと人族が同じくらい、天狗ウルカは一人だけだった。

 男女比としては、女性がやや多い。


 紹介もそこそこに、ロザケストはさっそく衣装を見せてくれるように言ってきた。

 どう作業を進めるにしろ、まず実物を見てみないことには判断できないと言うのである。

 ほとんど手ぶらでやってきた二人に何も言わなかった辺り、二人がインベントリ、世間一般的に言うところの大容量の《自在蔵ポスタープロ》を持ち合わせているという話はすっかり通じているらしい。


 さて、そう言われてまずはどんなものから見せたものかと二人は顔を見合わせた。

 まず未来の装備は、鎧ばかりである。

 《楯騎士シールダー》という《職業ジョブ》が装備できるものが鎧ばかりというのもあるが、パワーレベリングで鍛え上げられ、装備品もほとんど紙月に買ってもらった未来には、遊びの装備というものが全然ないのだ。


 レベル上限というとすさまじく強そうに聞こえるが、実際のところは、ようやく紙月のプレイについていけるように鍛え上げたばかりのところで、まだまだこれからというタイミングで未来はこちらの世界に来てしまったのである。


 一応、港町ハヴェノで着て見せた《勇魚イサナ皮衣かわごろも》のように、イベントに関連するので取得しておいた装備もあるにはあるが、こういうものは鎧と違って未来本来の子供体形に合わせたものになってしまっているので、依頼の趣旨的には微妙に違う気もする。


 その旨を伝えてみると、それはそれで参考にするとして、やはりまずは衣装持ちとして有名な森の魔女の衣装を見てみたいとのことだった。


 すでに見せている、つまりはいま着込んでいる《不死鳥のルダンゴト》や《魔女の証明》といったものだけでも、職人たちはすでに感心したように、そして観察するように視線を注いできている。

 注目されると調子に乗るのが紙月の悪い癖だった。


「よーしよし。腰抜かすなよ。森の魔女のお宝を見せてやる」

「いいわよー! もしよかったら靴や小物も見せてもらえるかしら? やっぱり服だけじゃなく全体で見ていきたいもの」

「よしきた。そこのけ、そこのけ、広げるぞ、そこらへん空けてくれ」


 作業台の上がきれいに片づけられ、職人たちが後ずさると、紙月はもったいぶって意味もなく手を躍らせた。

 本当にまったくもって何の意味もないことを未来は知っているが、知っていてもなお何かあるのではと思わせる堂々たる演技ぶりであるから、何も知らない職人たちがいまにも摩訶不思議な魔法が紡がれるのではないかと目を見張るのも無理はない。


 未来にも見えない、紙月本人にしか見えないメニュー画面を開き、アイテム画面をスクロールしているのだろう。指先を宙に躍らせながら、紙月は虚空に素早く目を走らせている。


 未来があまり幅広くは装備をそろえていない一方で、紙月はかなりの衣装持ちである。

 もともと《魔術師キャスター》系統の《職業ジョブ》は、鎧などの防御力は高いが重たい防具を装備することができず、魔法の力を帯びた衣類という設定の装備が多い。

 そしてこの衣類系の装備は細かな性能の違いやカラーバリエーション、イベント記念品、効果はほとんど同じだがデザインのコンセプトが違うなど、デザイナーが無駄に頑張ってしまっているのである。


 そして紙月のプレイスタイルがまた衣装集めを必要とした。

 何かに特化することなく全属性にわたって魔法|技能《スキル》を取得している紙月は、あらゆる相手に対応できると言えば聞こえはいいが、どんな時でもパワー不足の否めない器用貧乏であるのも確かである。そのためそれを装備で補おうとした結果、《技能スキル》だけでなく装備まで無駄に幅広く用意する羽目になっているのだった。


 まあそれ以上に、単に本人が見栄えの良い装備にこだわった結果でもあるが。

 真面目なキャラ育成とは程遠い《選りすぐりの浪漫狂ニューロマンサー》は揃いも揃ってエンジョイ勢だ。単に楽しいからという理由だけで日替わりで違う衣装を着まわせるのが紙月というプレイヤーだった。


 さすがにすべての装備やアイテムをインベントリに保管することは重量的に不可能だったので、多くはギルドの倉庫に放り込んであったが、それでも、ドロップアイテムの回収をほとんど未来に任せていた紙月は、相当な種類の「お着換え」を持ち合わせている。


 その自重しないコレクションが自重せずに披露されていくたびに、工房は奇妙な熱気に包まれていくのだった。






用語解説


・エンジョイ勢

 ゲームをプレイするプレイヤーのプレイスタイルの一つ。

 勝利や効率などよりも、楽しんでプレイすることを目的とするもので、対義語はガチ勢。

 ただし、エンジョイ勢でも勝利・効率を求めることはあるし、ガチ勢もゲームを楽しむために効率を求めたりと、はっきりとどちらだと決めつけるのは難しい。

 あくまでも本人たちの主観が大事だろう。


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