第四話 貴族の意向
前回のあらすじ
ファッションの専門家からの依頼に対して、ファッションがまるで分らない紙月と未来。
何より作者自身ファッションなどさっぱりなのだった。
「俺たちの名前ねえ」
フムンと顎をさすったのは紙月である。
ちょっと肩をすくめたのは未来だ。
冒険屋としては珍しいことに、しかし定番お約束古典主義の異世界転生者としては大して珍しくもないことに、二人はあまり名を売ることに興味のないたちである。
だから名乗ることはあるが広めたことはないし、わざわざ宣伝して回っているわけでもない。
なので、いくら《
所詮は冒険屋というならず者の何でも屋業界でもてはやされているだけであり、それも最近は大した依頼もこなしていないので風化してきているのではないかと。
そんな二人の態度に、冗談でも言っているのかと苦笑いが返ってきた。
「あんたたちの噂は冒険屋より貴族の間で有名よ」
「へえ? そりゃまたなんで」
「ぼくら貴族と付き合い……まあ、あるはあるよね」
ぱっと思いついたのは元スプロ男爵である老アルビトロだ。
帝国では貴族とは爵位を持つ当人だけを指し、爵位を他者に譲り、他に持っていないアルビトロの場合、厳密にはもう貴族ではない。
しかし実際的には領地や資産があり、実質的な権力もあり、また貴族との親交が途絶えたわけでもないから、一般には貴族と呼びならわされている。
これは有爵者の家族なども同じことだ。
そのアルビトロからの繋がりだろうかと考えたのだが、どうもそれだけではないようだった。
「そもそもの地竜殺しからすでに注目されてたんだけど、これはまだ半信半疑だったのよね。調査結果は出たけど、なにしろ内容の割に、実際は片田舎で起こった小さな事件だったから。でもあんたらがハヴェノで海賊狩りをしたことで、噂は一気に広がったのよ」
というのも、ハヴェノは帝国随一と言ってもいい港町だ。
そして紙月と未来が関わったのは、帝国のお偉方の息もかかっているプロテーゾ商会だ。
肝心要の海賊船については機密とされ詳細は広まらなかったが、紙月たちの活躍は流通に乗って帝国各地へと噂になって流れ、そしてすでに知るようにプロテーゾ商会を通じて帝室にまで伝わっている。
レンゾーからさらっと言われたので聞き流していたが、帝室とはつまり皇帝とその一族、ひいては政治中枢である元老院にまで伝わっていることだろう。
市井から貴族まで流れた情報は、耳ざといもの、情報通の間で語られていき、その真偽や程度はともかくとして、非常に多くの人間の耳にするところとなったらしい。
曰く、麗しき森の魔女と気高き盾の騎士の冒険譚、現代の神話伝説、だとかなんとか。
「吟遊詩人も歌ってるわよ」
「ぐへぇ」
「あれこのあたりだけじゃなかったんだねえ」
そんなこんなで、本人たちとはかなり違う形で伝わった話も含めて、森の魔女と盾の騎士、《
「そんなわけで、帝都でも秘かに……秘かにでもないわね、噂になってるあんたらをうまいこと使っていい感じに西部貴族の名をあげて箔をつけたいっていうのが依頼主の意向なのよ」
「依頼主の意向?」
依頼主はロザケスト本人だと思ったのだが、ロザケストもまた誰かから依頼を受けたらしい。
つまりロザケストが元請けで自分たちが下請けか、と紙月が頷くと、それも違うとロザケストが遮った。
「正確にはあたしの依頼主の依頼主ね」
「じゃあ孫請けだ」
「あたしに依頼したのはご領主様、スプロ男爵よ」
基本的に、貴族が冒険屋に直接仕事を依頼することはあまりない。
本当に小さな貴族や、豪農と大差ない代官くらいなら距離感も近いので冒険屋を招いて依頼することもあるが、大きな貴族ともなると、そういうのは下々のやることであって自分たちの関わることではない、という態度になる。
なので出入りの業者や、冒険屋組合を通じて、またはよほど名があり腕がある、または縁故のある冒険屋を特別に贔屓するということになる。
スプロ男爵の爵位は、一番下の位に当たるし、また割合に領民との距離も近いので直接の依頼もありそうではある。老アルビトロとの親交を知っていれば、その縁を通じて話をつけに行くこともあるだろう。
そうしなかったのは、あくまでも直接的な依頼ではないので、実際に製品を仕上げることになるロザケストに話を通し、それを通じて紙月たちに依頼するという形なのだろう。
そしてそう言う中小企業的なやり取りのさらに上、大本の発注主というのは、当然スプロ男爵よりも上位の貴族である。
「聞いて驚きなさい。ガルガントゥオ伯よ」
「へえ、あ、そうなんですね」
「伯爵さんだって、紙月。偉いのかな」
「侯爵の次、子爵の上だな」
「あー、そう」
「あんたらね」
大いに呆れられたが、貴族制というものになじみのない世界からやってきた二人である。なんだか偉そうだなというのはわかるが、実感としてはよくわからない。
平民たちにとっても、伯爵だの男爵だのはみんなひとからげで「貴族様」であり、雲上人であり、関わり合うことがないだけにさほどの関心はないが、彼らの場合は自分の上に存在する人々だという認識がしっかりと存在する。
よくわからないなりに畏れるべきものだという共通認識がある。
二人にはそれがないのだ。
それが圧倒的強者としての余裕なのか単なる阿呆なのかとロザケストはしばらく呆れたように眺めていたが、やがて諦めたようにオーバーなリアクションで肩をすくめた。
「簡単に言えば、ガルガントゥオ伯はスプロ男爵の寄親よ」
「寄親」
「スプロ男爵領をはじめとしたいくつもの領地を支配下に置く、大物貴族なのよ」
「貴族の親分ってことかな」
「おやぶ……ま、まあそんな認識でもいいわ」
紙月ならばともかく、見た目はどう見ても子供でしかない未来の物言いであるから、ロザケストも適当に切り上げた。大体、彼だって男爵御用達という特権を許された立場であるからいくらか詳しいというだけであって、貴族の細かい区分など本人たち以外にはあまり意味はないのだ。
さて、大本の発注主であるガルガントゥオ伯とやらは、帝都でもそれなりに知られた大貴族の一人であるらしい。
遊牧民や
騎馬服などをアレンジした服飾や、異国情緒あふれる装飾品など、社交界でも一定の評価を得ていたという。
しかし、帝都の文化が洗練されていくにつれ、西部貴族の装いや振る舞いは田舎臭い、野蛮であるという風に扱われることも少なくないというのが近ごろの風潮であるらしい。
一人で馬に乗れないものは成人とは認められない、弓の一つも扱えないで貴族は名乗れないといった文化をはじめ、尚武の気風の強く根付く西部人からすれば、着飾ることばかりに執心する中央貴族は軟弱であると下に見るところがある。
しかしそれはそれとして、貴族である以上、見場というものは、面子というものは、決してないがしろにできるものでもないのである。
田舎者と、野蛮であると蔑まれても笑い飛ばせる。
しかし、所詮西部貴族はその程度と侮られるのだけは我慢がならない。
貴族とは面子の生き物なのである。
年が明け、春になり、雪が解ければ社交のシーズンになるという。
多くの貴族たちは帝都の別邸に赴き、大きなものは宮廷舞踏会から、小さなものではそれぞれの邸宅で開かれる舞踏会や晩餐会など、社交にいそしむのだという。
そう言った場で貴族たちは情報を交換し、交易を相談し、政治を語り合い、そしてもっと単純にはマウントの取り合いが行われる。弓と槍とで直接的に争うのではなく、経済力で、人脈で、特産で、文化で、互いに互いを殴りつけて格というものを決めるのだ。
先のシーズンでは、ガルガントゥオ伯はこの社交で土をつけられたのだそうだ。
腐っても大貴族、蔑ろにされることもなく、依然としてその影響力は大きなものではあるが、しかし最先端のモードを競い合う中央貴族たちの勢いには後れを取り、また服飾だけにとどまらず、工業・産業においても発展の違いを見せつけられたのである。
ここでただ憤慨するだけならば誰でもできるが、ガルガントゥオ伯は「このままでは
技術は真似できる。
コネを通じて職人や技術を西部に輸入することはできる。
だがただの
すでに差がつけられている以上、同じことをしているだけでは追いつけない。
帝都よりも恵まれた土地事情を勘案して、大規模な工場地帯構想をはじめとした攻め手を模索してもいる。
だがそれはすぐには芽を出さない、時間をかけてやらねばならない事業だ。
だからそれらが安定するまで、諸侯にこれ以上差をつけられないよう、
それが質実剛健を地でいく西部貴族のひねり出した答えだった。
実がなくてもよい。中身がなくてよい。
ただ、誰もが思わず目をやり耳を澄ませる、そんなはったりが必要だった。
《
それが伯爵の鬼札だった。
用語解説
・ガルガントゥオ伯(Gargantuo)
帝国西部を治める三伯爵の一人。
スプロ男爵領をはじめとする西部中央のいくつかの領地を支配下に置く大貴族。
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