第六話 大嘴鶏と牧羊犬

前回のあらすじ

足高コンノケンなる新しい種族との遭遇。そして。






 大嘴鶏食いココマンジャントが狙う大嘴鶏ココチェヴァーロというものを、紙月たちはあまりよくしらなかった。

 この世界に来て最初に世話になった村でも家畜として飼育していたが、そのときはただただ大きさに圧倒されるばかりで、詳しくは聞く由もなかったのである。


 大嘴鶏ココチェヴァーロというのは、現地人曰く「でかい鶏みたいなもの」である。その言葉の通り、人が載れるほどに大きいし、産む卵も、ダチョウの卵程はある。大嘴と名のつくように嘴は大きく、あまり顔立ちは鶏には似ておらず、どちらかというと恐竜か何かのようでさえある。

 気性は温厚だが、これは人が飼いならしているからであり、ひとたび危害が迫ると非常に猛々しく勇猛であるという。


 紙月たちには大して違いがあるようにも思われなかったが、大嘴鶏ココチェヴァーロには大きく分けて三種類あった。


 一つは野生のもので、これは気性が荒く、一人で捕まえて乗りこなすことが成人の儀であるというが、たまに重症者が出るというほどだから、ほとんど害獣と言って差支えない。警戒心が強く、人が寄ると襲うよりまず逃げるので、まだ害獣でないというだけで、立派な獣である。


 もう一つは騎乗種である。これは乗って走らせることを目的として飼育しているもので、気性は荒く、勇猛で、とにかく力強く、速い。野生種と頻繁に交雑させるのでほとんど野生に近いが、人間の言うことをよく聞き、群れをつくる、遊牧民のよき友である。遊牧民はみなこの騎乗種を手足のように扱えるようになって初めて一人前と見なされる。


 また一つは食用の家畜で、これは肉付きよく、立派な卵を産むように品種改良を重ねてきたもので、気性は臆病で温厚。走らせると遅いが、肉はうまく、乳もよく出て、卵を日に一つか二つは産む。紙月たちが観察してみれば、成程確かに騎乗種と比べるとふっくらしているし、騎乗種にまたがった牧人に追い立てられる姿はなんだかおっとりとしている。


 そしてなにより、


「旨そうだな……」

「だよね」


 なのである。


 騎乗種や野生種が猛々しく、まず争いを覚悟させられるのに比べて、食用種は嘴も丸いし、いかにも食われるために育てられているといった丸々しさで、成程、大嘴鶏食いココマンジャントも狙って食うわけである。


 またこの羽毛のきめ細やかで柔らかな事と言ったらたまらないもので、試しにと抱き着いてみた紙月はあれよあれよという間に沈み込んでしまって、他の冒険屋からそうだろうそうだろうと妙な頷きをもって迎え入れられたのである。誰もが試す道であるらしい。


 なお、鎧を脱いで身軽になった未来などは、上に寝そべったまま平気で大嘴鶏ココチェヴァーロが移動するので、まるで雲に寝そべったようだと実に満足げであった。


 この食用種を護るために冒険屋が雇われたのであって、紙月たちもあくまでも休憩中にこのような戯れをしているだけであって、仕事を放り出して遊んでいるわけではない。


 しかし、そこのあたりでいうと先任者たちは立派なものであった。

 足高コンノケンの牧人のことではない。彼らの飼い慣らす牧羊犬のことである。


 最初に大嘴鶏ココチェヴァーロを追い立てるこの牧羊犬を見た時、紙月たちはこれこそ大嘴鶏食いココマンジャントなのかと警戒もあらわだったが、牧人たちはこの旅人たちの勘違いに大いに笑った。


「安心せい。あれは俺らの牧羊犬や」

「ぼ、牧羊犬!?」


 羊相手ではないので牧鶏犬とでも言うべきなのだろうが、交易共通語リンガフランカでは、馬の類と同じように、区別しないようであった。


 彼らは全部で五頭の牧羊犬を飼っていたが、みな立派な体格をしており、ふさふさの長い毛をした長毛種であった。この長毛は見た目に立派なだけでなく、敵に噛み付かれたときに防具の役割もこなすというのだから、自然の妙である。


 筋骨隆々たる冒険屋たちは無理であったが、小さな未来を背に載せて走り回るなど造作もないことのようであったし、細身で華奢で他の冒険屋の半分くらいしかない紙月をのせて歩き回るくらいのことはやってのけた。


 未来は最初、牧人たちにからかわれてこの牧羊犬に載せられるや、死を覚悟したような泣くのをこらえるような壮絶な表情をしたものだったが、今では年齢相応にこの変わった乗り物を楽しんで牧地を走り回っていた。牧羊犬の方でも子供の面倒を見るのは楽しいらしく、勝手気ままに歩き回って草を食む大嘴鶏ココチェヴァーロたちを囲いながら、つまり仕事の片手間に未来の面倒も見ていた。


 一方でなかなか慣れないのが紙月である。


 相方が頑張っているんだぞと囃し立てられ、勇気を振り絞って背中に乗ったはいいものの、牧羊犬の方でもこの細っこいのが大いに恐れているということを感じ取って、すっかり警戒してしまっていた。動物というものは、相手が警戒しているのを鋭く感じ取ってしまう生き物なのである。


「なんかこういう銅像ありそうだな」

「妙な趣味の奴な」


 好き勝手に言われるまま、かちんこちんに固まった紙月と牧羊犬を解きほぐしたのは、一等年若い一頭であった。

 なにしてるのー、とばかりにこの一人と一頭にとびかかった牧羊犬は、華奢なハイエルフを押し倒して声にもならない悲鳴を上げさせるや、もふもふの毛並みで上下から挟み込んでしまったのである。


「おい、あれ大丈夫か」

「いや、もう駄目だな」

「マジか」

「実家に帰省した時アレを喰らったが、アレはまずい。死ねる」

「マジか」


 マジであった。


 上下から豊かな毛並みに挟み込まれた紙月は、とてつもない恐怖と嫌悪感に体をこわばらせ、そして次の瞬間にはその毛並みのあまりのふわっふわに巻き込まれて解脱した。ような気がするほどの得も言われぬ心地よさに、思わずあられもない声を漏らしてしまい、事前に性別を聞いて驚いたはずの冒険屋たちも思わずそっと屈んで目を逸らしてしまうほどだった。


 何しろこの毛並みの心地よさと言ったら、下手な羊のそれよりも余程に柔らかくしなやかなのである。ところが残念なことに、この毛並みは本来外敵に対しての防御のために生まれたものであって、切り離してしまうと途端にとげとげしくがさついた毛並みへと劣化してしまうのである。

 売り物になれば、どんな貴族でも買うだろうというのに、とは世の牧人の言うところである。


 ことほど左様に人を魅了する生き物であるところの牧羊犬をどうして紙月たちがあれほどに恐れたかと言うと、その外見であった。


「お嬢ちゃんら、よほど都会人なんやな。牧羊犬見たことないて」

「犬ってみんなこんなのなんですか?」

「うん? まあせやろ。商人なんか愛玩犬飼ったりするけど、よう逃げられたりしとるな」


 そういえば迷子の犬探しなどの依頼もあったが、最初の犬がこのようなやんわりした接触でよかったと紙月は思った。心底思った。


 何しろこの世界で一般的に犬と言ったら、それは土蜘蛛ロンガクルルロ達の連れてきたという種族らしいのだ。


 つまり、その見た目は巨大な蜘蛛そのものなのである。

 たっぷりの毛におおわれて、目もきょろりと丸っこく愛らしく、などと字面でどれだけ飾ろうにも、蜘蛛なのである。


 聞けば、一応四つ足で哺乳類のいわゆる犬もちゃんといるらしいが、八つ足の犬と比べると少ないらしい。この言い方は紙月をはなはだ混乱させたが、荷を引いたり背に乗ったりする類の動物を軒並み馬呼ばわりするのと一緒で、こういう役割をする家畜を犬と呼ぶらしい。


 では猫はどうなのかと聞いたら、ちゃんと猫もいるという。しかしこちらは四つ足の猫しかいないという。


「八つ足の猫はいないんですか?」

「猫が八足やったらキショイやろ」

「そういうもんですか」

「そらそうやろ」


 そういうものであるらしい。


「猫はただでさえ意味わからんからな、これ以上意味わからんくなっても困る」

「はあ。ここらにもいるんですか」

「遊牧民はまず飼わへんけど、村やら町やらにはまずおるやろな。猫はウルタールを通ってどこにでもおるもんや」

「ウルタール?」

「猫の来るところや」


 意味は分からなかったが、そういうものであるらしい。






用語解説


・牧羊犬

 牧場などで羊を誘導したり、外敵から守ったりするために飼われている。主に八足で、卵生。


・猫

 ねこはいます。


・ウルタール

 ウルサール、ウルサーなどとも。遠い地。歩いて渡れぬ隣。夢野の川の向こう。猫たちのやってくるところ。

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