第十一話 狂炎

前回のあらすじ

敵船を圧倒していると思いきや、船より現れたのは炎の怪人。

果たして何者なのか。






 魔法の炎が戦場の全てを焼き払い、ポツン、とひとりたたずむ細身の鎧。その手の中で杖がいまだにぼぼぼぼと名残のような火を上げていたが、それがかえってシュールだった。


「わたし、の、しもべたちが!」


 ショックのあまりにか二度目の絶叫。それも頭を抱えるリアクションとともにである。


「あれ、ああなるってわかってなかったんでしょうかね」

「わかっていなかったんだろうな。新兵にたまにああいうのがいる」


 状況を覆す一手は、時として何もかも台無しにしてしまうことがあるものであるらしい。紙月も何かと周囲を丸ごと焼き払うような魔法の方が得意だから、覚えていて損はないだろう。


「おのれおのれおのれ貴様らァアアア! よくも、よくも陛下より賜った我が船と我が配下を!」

「船はともかく配下はこっちの責任じゃあねえよなあ」

「貴様らが私の冷静さを奪わなければこんなことにはならなんだのだ!」

「冷静ではないっていう自覚はあるんですね」

「冷静なのやらそうでないのやら」


 あまりにひどい登場シーンに好き勝手言われながらも、この怪人はめげなかった。へこたれなかった。そもそも話を聞いていなかった。


「我が船はもはやこれまでとしても、このままではおけぬぞ、このままではぁあああ!」

「おっと、ちとやばいか?」

「どうして火炎遣いたるこの私が大海原になんぞ派遣されたか、いまようやくわかった、わかったぞ忌々しい子ネズミどもめが! 怒りだ! 我が怒りを発散させるにこれほど適した環境はないという思し召しなのだ! 敵だけを焼き尽くすことのできる格好の環境というわけだふぁははははははははははははは!」


 なんとも騒がしい男であったが、そう騒ぎながらも、その前身に火の精霊が集まっていっているのがハイエルフの紙月の目にはありありと見て取れた。それこそ、それだけで火が燃え起こりそうなおびただしい精霊の数である。

 ふざけた男だが、その本領は、笑い話にもならない実力者。


「さすがにやばいぞ!」

「《我が怒りは炎である、我が憎しみは炎である、我が敵を焼き尽くす炎である!》」

「全員、伏せろ!」


 爆轟とともに男を中心に巨大な炎が巻き起こり、それはまるで命を持つかのように蛇身をかたどるや、潜水艦上にとぐろを巻いた。相当な熱量がここからでも感じ取れたが、炎の中心にいる男は精霊たちの加護か、まるで動じる様子もなく炎を操って見せる。


「さあ、今こそ汚名を挽回してやる! 我が炎を食らうが――」

「確かこうだったな――忠告してやる。汚名は返上するものだ!」

「なにっ」

「《水球アクア・ドロップ》三十六連!!」

「なっ、にいぃっ!?」


 巻き起こった炎に対して、紙月は瞬時にショートカットキーを切り替えていた。相手がすべてを焼き焦がす日ならば、こちらはその火を消す水で挑めばよいだけのこと。

 僅かな間隔を置いて降り注ぐ《水球アクア・ドロップ》の雨は、しぶとくも燃え続ける炎蛇に蒸発させられながらも、それでもなにしろ、物量が違う。一度に三十六発。そして再使用はわずか一秒足らず。


 降り注ぐ大雨に、やがて、炎はまばらに砕け散り、そして最後には悲鳴を上げて霧散した。


「ば、ばかなっ、やめっ、いったんやめっ、ばかっちょっ」

「いいのかね」

「いやあ、もう一回魔法合戦とかになっても馬鹿馬鹿しいので、ここは徹底的に叩いておこうかと」


 炎蛇を消しつくしてなお止まらない水球の雨が、細身の男をひた撃ちにしていく光景はいっそ哀れですらあるが、敵は海賊である。容赦はいらない。


 しかし所詮は最初等魔法。物量はともかく一発一発はどうとでも抑え込めるようで、男は炎の盾を身にまといなんとか《水球アクア・ドロップ》を防ぎ始めている。


「お、おのれ、何という馬鹿げた魔力だ。我が炎をかくもたやすく……!」

「それを防ぐあんたも大したもんだよ」

「魔道に身を置くものが、これしきで膝をつくものか! 私はまだ負けておらんぞ!」

「よしきた」

「紙月ってホント大人げないよね」

「挑戦はお買い得らしいぜ」


 ぱちん、と紙月が指を鳴らすと同時に、《水球アクア・ドロップ》の雨は停止する。弾切れか、あるいは何かの作戦かと警戒する男に、しかし紙月の告げる言葉は冷徹だ。


「ああ、すまん。すでに下ごしらえは済んでるんだ――《冷気クール・エア》!!」


 想像のショートカットキーを指が叩くと同時に、異界よりおぞましき冷気が海上を包み込み、静かに、しかし確実に凍らせていく。船体自体は半ば壊れかけているとはいえ対魔法装甲が耐えてくれる。しかし《水球アクア・ドロップ》のまき散らした水はそうではない。

 対魔法装甲に魔力を散らされながらも、絶え間なく襲う冷気が水を凍らせ、その氷が放つ冷気がさらに後押しする。


「ぐぉ、ば、ばかな、この、この私が、寒い、だと!?」


 冷気は容赦なく潜水艦の表面を氷漬けにし、接触する海面さえも凍らせ、炎の盾で身を護る男をも襲う。

 冷気には実体がない。剣でも矢でもなく、ただその空気が冷たくなっていくという驚異。むろん、生中な防御でやすやすと防げるものではない。


「く……《炎よ! 我が身に!》」


 男は冷気に触れることを厭ってか、盾の形状から全身にまとわりつくように炎を変じさせるが、その足元はすでに凍り付き始めている。


「おのれおのれおのれ……くっ、聞いておこう、わたしをここまでに追い詰める貴様の名を!」

「紙月。古槍紙月。といっても、こっちじゃ森の魔女の方が通りがいいかな」

「覚えたぞ女ァ! 必ずや、必ずや貴様に復讐するため、私は戻ってくるぞ!」

「ふん、ここまで締め上げてしまえばあとはない。捕縛して尋問を、」

「いや、待て!」


 プロテーゾは捕縛するために人員をやろうとしたようだったが、変化に気付いた紙月は未来に視線をやる。未来は一瞬固まり、そして即座に盾を構えた。


「こいつ、火精をため込んでやがる――船に!」

「なに!?」

「自爆する気だ!」

「総員伏せろ!」

「もう遅いわ、《我が怒りは炎である、我が憎しみは炎である、我が敵を焼き尽くす炎である!》」


 閃光。

 そして遅れて衝撃と轟音が潜水艦を内側から吹き飛ばしたのだった。






用語解説


・用語解説がない回は平和な回と言ったな。

 あれは嘘だ。

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