第十話 乗り込み
前回のあらすじ
魔法の効かない敵船に、それならばと体当たりを敢行した一行であったが……。
さしもの敵潜水艦も、船体が丸ごとぶつかってくる衝撃には耐えかねたようで、大慌てで浮上してきた。しかしさすがに頑丈で、船体に大きな亀裂こそ入れたものの、まだ沈むには至らないようだった。通常の帆船であれば沈んでいてもおかしくはない大きな亀裂であるからして、敵の排水機構は大したものである。
「いまので沈まんとは恐ろしく硬いな。よし、鉤縄出せ! 戦闘員は移乗攻撃準備!」
「随分手馴れてますね」
「実は海賊上がりでね」
「本物じゃねーか!」
「冗談だ。単によく訓練されているだけさ、お国の免状付きでね」
そう言ってちらりと見せてくれた免状とやらには、どう見ても海軍うんたらかんたらと書いてある。
「あんた海軍なのか?」
「海軍御用達というところだな。帝国はまだ海軍をまともに運用できるほど海運を学んじゃいない」
詳しく聞いてみたいところではあるが、何しろ事態が事態だ。
戦闘員たちが手に手に銛や曲刀をもって敵船に乗り移っていくと、向こうも白兵戦に出るほかにないと思い切ったのか。ハッチらしきものが甲板上に開き、次々と敵戦闘員たちが繰り出されていく。
しかしこれに驚いたのは、なんと敵の戦闘員が人間ではなく魔獣だったということである。
「早速お出ましか!」
「いったい何もんです、ありゃ!」
「あれは、
この
この鱗が頑丈なだけでなく、柔らかな体で柔軟に衝撃を受け止めるため、成程剣や銛ではなかなかダメージが通らない。それに位置が低いということもあって、銛はともかく剣で挑むにはやりづらい。海中ならまともに相手できるものではないし、陸でもご覧の通り、乙種に匹敵する猛者である。
こちらの戦闘員もさすがによく訓練されているだけあって、手早く銛に持ち替えてとにかく距離を取ろうとしているが、何しろ骨などない相手だからうねりにうねってしまいには銛にも絡みついてくる。そして毒を受けたものはみなしびれて動けなくなってしまうのである。
「成程。こいつらを敵船に送り込んで手当たり次第に噛ませて、あとは悠々と出てきた船員どもが荷物を回収していくというわけだ」
「感心してる場合ですか」
「それもそうだ。幸い連中は魔法にはさして耐性はない。我が方が押さえ込んでいるうちに、やってくれたまえ」
「気軽に言ってくれちゃって」
とはいえ、動きさえ封じてくれれば気軽な仕事であることは変わりない。
シヅキはショートカットリストを選択し、早速慎重に狙いをつけては魔法を放っていく。何しろ今回はこちらの戦闘員もいる戦場だから、適当に大規模にやってしまえばそれで済むという話ではない。丁寧に狙いをつけ、素早い一撃で倒す、これである。
「《
紙月が右指を揺らすたびに、中空から不意に小さな雲が発生し、
「よし、よし、その調子で頼むぞ」
とはいえ、そうはいかなかった。
今度は人の形をしているということで安堵した戦闘員たちが勢いよく躍りかかったが、何とこれが手に持った杖で軽くあしらわれてしまう。
それ自体に殺傷能力はないようなのだが、勢いをつけて飛び掛かればその勢いのままに放り出されて海に叩き込まれ、ならば近間でと曲刀を抜けば、これもまるで子供の相手でもするかのようにたやすくうちのめされてしまう。
「全く、帝国の海軍もどきにこうまでコケにされるとはな」
それは海の底から湧き上がるような忌々しげな声だった。
「我が船を破り、我が手下どもを焼き、この私を虚仮にした借りは、しっかりと返させてもらおう」
ぼう、と杖の先端に火がともる。
「《我が怒りは炎である、我が憎しみは炎である、我が敵を焼き尽くす炎である!》」
力ある言葉が精霊たちに呼びかけ、海上とは思えぬほどの業火が渦となって巻き上がり、こちらの船員たちを焼き焦がす。慌てて海に飛び込んだものは幸いで、あまりの火力に一瞬で炭と化すものさえいた。
潜水艦上は一瞬で炎によって焼き払われ、先ほどまでの優勢はすべて振り出しに戻ってしまった。
そう、全て……振り出しに……。
「ああ、わたしのかわいいしもべたちがっ!?」
味方もろともであった。
用語解説
・海軍
実は帝国にはしっかりとした海軍という組織がない。
それというのも目立った海運国が隣国ファシャしかなく、ファシャとも関係が長らく友好であったからである。
仮想敵国という言葉もあるが、そもそも帝国は北方の聖王国と正面を構えることで手いっぱいで、他国もそれを承知しているのである。
まあ承知していてもちょっかいというものはあるもので、それがために帝国も海軍の養成を考えてはいるのだが。
・
大きなもので犬ほどのサイズにもなる巨大な頭足類。体表に柔軟かつ硬質な鱗を持ち、さらには吸盤のとげには毒まで持つというかなり危険な魔獣。陸でもある程度活動が可能であることから沿岸部ではかなり警戒されている。
身はコリコリとして美味しく、生の身は透き通るように美しく、舌に吸い付くような食感とふんわりした甘みが楽しめる。が、やはり危険性と、鱗と吸盤を剥ぐ手間を考えるとメインで狙う相手ではない。
・《
《
小さな雷雲を生み出し相手に雷を落とす魔法で、まれに麻痺・気絶状態にさせる。
『わしらの体はごくごく小さな雷で動いておる。その雷を自由に扱うというのは、生命の一端に触れるようなことなのかもしれん。つまり、決して人様のひげを焦がすための魔法ではないということじゃ』
・力ある言葉
精霊たちに呼びかける魔力のこもった言葉。
この世界では決まった呪文というものはなく、魔術師本人がスイッチを入れるためのフレーズとしてお決まりの文句を述べているに過ぎない。
魔法の制御に必要なのは呪文などではなく、精霊たちに命令を下す断固とした意志と、精霊たちを突き動かす圧倒的な魔力、そして繊細な想像力と調整力なのだ。
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