第九話 突撃

前回のあらすじ

まさかの海中より現れた敵船。

船団はこれに大いにてこずるが。






 火球は盛大に潜水艦の表面を焼き払った。

 その表面だけを。


「……うん?」

「……あれ?」

「敵船健在! 砲撃続いてます!」

「おいィ!? どういうことだ!?」

「表面が相当分厚い耐魔法装甲になっているんだろうな。精霊の流れがおかしい」

「え、じゃあ俺って」

「役立たずというわけだな」

「ぐへえ」


 もちろんやりようによってはどうにかできるのかもしれないが、とっさに思いつくものではない。

 そもそも紙月は、基本的には初等魔法しか使えないのだ。


「この後はどうなると思う?」

「海戦、というか戦争自体専門じゃないんですよ」

「私の考えでは恐らくだが、すべての帆を破り終えたのちに、物資の奪取と乗組員の殲滅の為に、一隻ずつ乗り込んでくる」

「まあ、相手は一隻だけですし、道理と言えば道理ですね。じゃあ無理せずとも乗り込んでくる時を狙えばいいんじゃ?」


 そこでプロテーゾはとぼけた顔をした。


「聞かれなかったので答えなかったんだが」

「おいまさかこの期に及んで何か隠してたのか!?」

「どうも敵さん、魔獣か何かを使役してるらしい痕跡があった。結構でかめの」

「でかめの?」

「あー……まあ、船乗りの曲刀やら銛やらが通らないらしいのは、現場検分でわかっとる。欠けたり折れたりしてたからな」

「おいぃ!?」

「だから、君たちを呼んだんじゃあないかね」


 つまり、最初から拿捕などというものは口だけで、魔法での撃沈が作戦であったらしい。


「あんたの仕事は二度と請けねえからな!」

「このままではどのみち二度と請けられんだろうな」


 もっともである。

 紙月が頭を抱えている間にも、護衛船の帆は破り終えたらしく、輸送船に対しても砲撃が飛んでくる。しかしそのすべては未来がとっさに船体に張り上げた《タワーシールド・オブ・シルフ》によって防がれた。もっとも、敵もそれがわかったようで、砲撃はかえって盛んになってきたが。


「フムン。質量弾ではないな。やはり魔法攻撃であるらしい」

「こっちにゃその対魔法装甲とかいうのはないんですか!?」

「馬鹿言え、艦砲クラスの魔法を防げる装甲がそうあってたまるか」

「じゃああれは!?」

「わからん。だが破り方はわかった」


 プロテーゾはこの窮地においても平然とひげなどひねりながら、悠然としていた。


「この程度のことで狼狽えていたのでは船乗りは務まらん」

「俺たちゃ船乗りじゃないんですよ!」

「だが優秀な魔法使いではある」

「でも敵には効かないんでしょ!?」

「だが我が船には効く」

「……は?」


 プロテーゾはにやりと笑って、指示を出し始めた。


「ミライ! 君の障壁はどれだけ持つ!」

「今の調子ならしばらくは大丈夫です!」

「よし、ではそのまま頼む! 船長、総帆下ろせ!」

「了解! 各員、総帆下ろせ!」


 猛然と船全体が動き始めると、プロテーゾは紙月を船尾まで引っ張っていった。


「第二案で行こうと思う」

「第二案?」

「事前に行っただろう。衝角突撃を試みる。魔法には強かろうと体当たりにまで強いとは限らんだろう」

「じゃあ俺の仕事ってのは」

「むろん、この船に魔法をかけるのさ!」

「そういうことか!」


 船尾には一人の男が杖を持って待ち構えていた。


「待ってましたぜ親分」

「社長だ。風の調子はどうだ」

「風精はたっぷり呼び込んでありやす」

「よし。シヅキ、君は風の魔法も使えるはずだな」

「もちろん。ただし」

「ただし、なんだね?」

「加減はちょいときかねえぜ」

「結構! 壊れるまでやり給え!」


 紙月は即座にショートカットリストを風属性に切り替え、左手を翻した。


「《突風ブロウ・ウインド》!!!」


 《突風ブロウ・ウインド》は風属性の最初等魔法である。その効果はただ単に強い風を起こし、相手を突き飛ばしてダメージを与えるというものだ。だがそれがいくつも重なれば、それはただの風では済まない。魔力の続く限り、つまりこの程度の魔法であればほぼ無尽蔵に、人を突き飛ばすほどの猛風が船全体を襲うのである。


「おお、なんてぇ魔法だ! 風遣いの俺でも見たことがねえ!」

「各員、吹き飛ばされるなよ! 帆を破らないように迂回して突撃しろ!」


 余りの猛風に船は追い立てられるように弧を描き、負荷によって船体そのものが壊れてしまわないように操帆によってうまく風を抜きながら、潜水艦めがけて着実に距離を詰めていく。


「敵船、沈没、いえ、海中へ回避行動とり始めました!」

「シヅキ、加速だ!」

「アイアイサー!」


 そしてもはや残りが直線となれば、加減する必要などない。

 船はますます加速し、ゆっくりと海中へ沈もうとしていた潜水艦めがけて突撃した。


 瞬間、激しい衝撃とともに船体が揺さぶられ、耳をつんざかんばかりの破壊音が海原に響き渡ったのだった。






用語解説


・耐魔法装甲

 精霊の流れを捻じ曲げることで、表面上で魔法を霧散させてしまう装甲のこと。

 霧散させるのは魔力だけなので、質量のあるものを魔法で加速させてぶつけるなどの攻撃は普通に効く。

 とはいえ通常の装甲に塗布、刺繍、彫り込むなどの手法で組み込まれるため、魔法に強いから物理に弱い、ということは決してない。

 普通は軽い魔法を防げる程度のもので、城壁などかなり大掛かりなものになってようやく砲弾クラスの魔法攻撃を防げるものである。


・《突風ブロウ・ウインド

 《魔術師キャスター》やその系列の《職業ジョブ》が覚える最初等の風属性|技能《スキル》。

 突風を生み出し相手にぶつけるというシンプルな魔法で、まれに転倒させる。

『ここには何がある? 無ではない。ここには大気がある。目には見えず、肌にも幽かに、しかしそれは大いなる力を秘めて居るものじゃ。少なくともわしのランチをひっくり返す程度にはな』

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