第十二話 回収

前回のあらすじ

敵海賊の自爆攻撃に、果たして紙月たちは無事で済んだのだろうか。

まあ、話の展開的に無事なんだろうが。






「うぉぉぉおおおお、死んだのか! 私は死んだのか!?」

「生きてますよ」

「おお、よかった! まだ海に飛び込んでなかったから死ぬかと思ったぞ!」


 そのように大いに喚き散らしたのは社長のプロテーゾであった。

 まさか船が目の前で爆発するなどとは思わなかったらしい。実際、この世界の海戦では白兵戦でけりをつけることがもっぱららしく、そもそも爆発自体余り見慣れないものなのだろう。


 幸いにも未来がシールドを張るのが一足早かったおかげで船は無事助かったのだが、問題はその後だった。


 船員たちが語るにはこうである。


「船首が落ちてないのが奇跡っすね」

「自爆時も突っ込んだまんまでしたからねえ」

「特別頑丈に作っているとはいえ、あの不思議な結界がなければどうなってたことやら」


 さすがに衝角攻撃後接舷したままという至近距離だったため、完全にはダメージを防ぎきれなかったようで、船体のあちこちにガタが来ているのである。そうでなくても直前に紙月の風魔法で大分負荷をかけていた後である。


 護衛船たちも帆をほとんど破られており、これを張りなおすのに手いっぱいで、こちらへ参戦する余裕もなかったようである。


「結局、海賊は退治できたってことでいいんですかね」

「うーむ。謎は多く残ってしまったが、仕方があるまいな。とはいえ報告に困ったものだ。あのような摩訶不思議な代物を何と説明したものか」

「記録水晶、とかでしたっけ? 積んでないんですか?」

「あれは高価でなあ……しかし、今後があれば事故の検証のためにもつけておくべきかもしれん」


 浮かんでいて回収できるものは回収するとして、残りは後日、山椒魚人プラオたちの引き揚げ屋に頼んで、何か残骸の一つでも回収しなければならないとプロテーゾは大きなため息を吐いた。


「もしかして赤字ですか?」

「もともと赤字前提ではあったのだが、通商に多大は被害が出ていたので、帝国から予算の出ている依頼だったのだよ、これは。これで無事に通商が再開できればハヴェノは万々歳だが、証拠があがらなければ私の会社は傾きかねん」

「そんなに!?」

「帝国の後押しもあって、絶対の意気込みでそろえたこの船団は、見かけ以上に金がかかっていてね。本来なら轟沈させると言っても、精々沈ませるという意味だったのだ。船体自体は後で引き上げられるようにな。それがあそこまで完膚なきまでに粉砕してしまうとは……」


 恐らくは敵の自爆もそれが目的だったのだろう。つまり、証拠品を少しでも破壊し、散逸させ、正体をつかめなくするための。もとより隠密作戦をモットーとする潜水艦など用いる相手だ。最初から仕組まれていた自爆機構だったのだろう。

 そうなると、証拠品の回収は絶望的である。


 証拠が挙がらなければ帝国も金を出し渋るだろう。保険屋でも乗せていれば証言してくれたかもしれないが、どう考えても保険金の下りない危険な状況は確実だったので、乗せていなかったのである。


「せめて沈み切る前に装甲版でも回収しなければな……」


 船員たちは泳ぎの得意な者たちがこぞって網などを手に回収作業に入っているが、人手は多くない。何しろこちらの船の破損も小さくはないのだ。その補修に、怪我人の手当てなど、人手は余っているわけではない。


「紙月、なんとかしてあげられないかな」

「うん。俺もそう考えていた。これはいい稼ぎ時かもしれん」

「紙月のそういうところ嫌いじゃないけど、どうかとは思うよ」

「ただでやると後々響くからな。どんな仕事でも仕事である以上は報酬はいただく」

「君たち何を話しているのかね。まさかとは思うが、まさか。どうにかできるのかね?」

「報酬次第ですねえ」

「足元を見ないでくれ。我が社は今まさに危機にあるのだ」

「しかたない、では貸し一つということにしましょうか」

「助かる。随分大きな、貸しになりそうだが」

「なに、俺たちゃそこまでがめつくないですよ」


 紙月は船べりに足をかけ、回収作業に精を出していた船員たちに撤退を促した。余所者で、海のド素人でしかない紙月に、しかし船員たちは素直に従い、慌てて船に戻った。


 つまり、こう言ったのである。


「おーい、巻き込まれても知らねえぞー!」


 船員たちがみな予測効果範囲から離れたのを見届けて、紙月はステータスメニューを開いて、ショートカットリストを整理した。普段使わないので、どこにあったか覚えていなかったのだ。


「えーっと……まあ、これでいいだろ」

「非常に怖いんだが大丈夫かね、そんなに適当で」

「何かあってもあんただけは大丈夫なんでしょう」

「私はともかく会社は困るんだがね」


 立て直すのに苦労するんだ、とのたまう顔は、成程しぶとそうな男の顔である。自身が死にかけるのと同じくらいの頻度で会社を傾けては立て直してきたといううわさも伊達ではないのかもしれない。


「よし、じゃあいくか……《水鎖アクア・ネックレス》!!」


 《水鎖アクア・ネックレス》。それは水属性の初歩の捕縛系魔法であり、つまり相手を縛り付けて行動を阻害する魔法である。ふつうこれを単体目標に三十六連発したところで何ら意味はない。ばらけた相手に用いたところで、所詮初歩の魔法にすぎず、すぐに解けてしまう。

 しかし、ここが海原という広大な水場で、つまり水精がわんさかいるという異世界事情のもとで行使した場合、話が違う。


「お、おおおお………!」


 繰り返される《水鎖アクア・ネックレス》。水の鎖でできた巨大な網が海中からゆっくりと引き上げられ、漂っていた残骸ががらがらと引き上げられていく。紙月の詠唱が繰り返されるたびに《水鎖アクア・ネックレス》はより深く、より広くをさらい、集めていく。


「あ、しまったな」

「ど、どうしたのかね」

「これだけの残骸、どこに置きましょうかね」


 完全にバラバラになってしまっていて、曳航するどころの騒ぎではないのである。いくら紙月の魔力が無尽蔵と言えるほどにあるとはいえ、まさかハヴェノまで引きずっていく間ずっと魔法を使っているというのは現実的ではない。


「む、そうだな……本船が偽装として喫水を下げるために積んでいた荷を下ろそう」


 船というものは水の上に浮いている以上、重ければ沈むし、軽ければ浮かぶ。船を見慣れたものにとっては、その船がきちんと荷を積んでいるのかどうかというものは喫水を見ればわかるものなのである。そのため、海賊船を誘うおとりとしてふるまう以上、喫水を下げるために安価な荷をたくさん積んで誤魔化していたようである。


「じゃあ、しばらくこの船の上に吊り下げておくんで、積み荷を降ろし次第回収するって形で」

「そうしよう」

「貸しをお忘れなく」

「……そういえば帝都の知り合いを紹介するという貸しが」

「おっと疲れてきたな落としそうだ」

「わかった! わかったから!」






用語解説


・《水鎖アクア・ネックレス

 《魔術師キャスター》系統の覚える最初等の水属性デバフ《技能スキル》。

 相手の行動を阻害する転倒や窒息などの状態異常のほか、単に行動速度を低下させたりする。

『《水鎖アクア・ネックレス》! これほど皮肉な名づけをするものじゃよ、魔術師とは。美しくはあるが、首にかけたが最後じわじわと苦しめる……ついでに水でしかないからアクセサリにもならん』


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