第二話 南部からの依頼

前回のあらすじ

暑さのあまり氷菓に救いを求める三人だった。






 事務所に帰りつくと、出てきた時とは違って、なんだか人気が少ない。

 筋肉ダルマたちが熱い熱いとうなだれていた空気がわずかに残っているが、それも開け放した窓や戸からの風で流されてしまう程度のものだった。


「なんだあ?」

「阿呆どもがね」


 よく風の通る居間で書類をめくっていたおかみのアドゾが呆れたように言った。


「暑いからって食料品をしまってる氷室に頭突っ込んで占領するもんだから、頭冷して来いってみんな仕事押し付けて追い払ってやったのさ」

「なるほど」


 この暑い中ご苦労な事だが、そんな子供じみたことをしているくらいならば、まだそうして外に出て体を動かした方が頭も回り始めるだろう。


「ちょうどよかった。あんたたちにも仕事があるんだよ」

「ええ、俺達いい子にしてたぜ?」

「だよねえ」

「だからだよ。ムスコロ、ハキロと一緒に、こいつら連れて南部までお行き」

「南部でやすかい」

「仕事は仕事だけど、もう海開きしてる。まじめに働いてるあんたらには賞与変わりだ」


 海!

 この響きに紙月も未来ももろ手を上げて喜んだ。

 騒ぎになんだなんだと顔を出したハキロも、暑さには参っていたようで、この話を聞いて大いに歓声を上げた。

 一人冷静なのはムスコロで、つまり金で払うという話だった賞与の件は、この現物支給でぱあになるのだな、と納得顔である。この男、見た目こそ筋肉ダルマだが、頭の回転は速い方なのである。


 目的地である南部の港町までは、馬車で十日はかかる。紙月が《回復ヒール》で癒しながら進んでも、まあ八日はかかることだろう。これは障害がなく、それなりに急いだ話であって、実際はやはり《回復ヒール》込みでも十日やそこらはかかるだろう計算である。


 早めにつけばその分の時間は自由に使っていいとのことだったし、帰りも仕事が早く終わればゆっくり過ごしていいとのお墨付きは受けている、つまり行きと帰り、仕事も考えれば、たっぷり一月かかる仕事である。


 ハキロとムスコロは慣れた様子で準備を始めたが、これで困ったのは紙月と未来である。なにしろいままではゲーム内アイテムでずいぶん楽をしてきたのである、普通の旅支度など、知ったものではない。同行人がいると、合わせなくてはならないので、面倒なものである。


「なあ、ムスコロ。旅にはどんなものが必要なんだ」

「ええ? 姐さん今までにも何度か遠出はしたでやしょう?」

「魔女には魔女の流儀があって、俺達は冒険屋のやり方は知らないんだ。教えてくれ」

「はあ、まあ、そういうことなら」


 紙月が開き直って堂々とそのように言い張ると、ハキロは何を言っているんだという顔をしたが、ムスコロは特に何を言うでもなく、携帯食料はこのような物がある、これはこのように食う、火種はこれ、水精晶アクヴォクリスタロの水筒は必須、現地で手に入りそうなものも少しはもっておく、などと事細かに説明してくれたが、これはなにもムスコロが魔女の流儀云々を馬鹿正直に信じたわけではない。ただ、馬鹿の相手を正直にすると面倒だということを経験から学んでいるので、それならいっそ気にしない方がいいというわけである。


 ムスコロは紙月と未来をまったくの素人として扱い、自分の持っている荷物をずらりと広げて教えてくれた。それも、誰でも知っているだろうと思われるものでも除外したりせず、馬鹿にしているのかというくらい丁寧に説明した。これが二人にはありがたかった。何しろ二人にはこの世界では何が当たり前で何がそうでないのか、全く分からないままだったのである。


「お前たち、本当にもの知らずだったんだな」

「ハキロ、お前さんまだわかっちゃいねえんだな」

「何がです」

「こういう生き物なんだよ」

「アッハイ」


 何やら妙な納得をされてしまったが、二人は興味津々で道具の類の説明をきっちり聞き終え、そして持っていないものは新しく購入することにした。また似たようなものを持っていても、例えば火種に関しては、以前の鉱山での依頼で冒険屋ピオーチョに便利な小型コンロを作ってもらったのだが、あれは薬缶一つかけるにはちょうどいいが、鍋をかけるには心もとないなどの不備があるので、やはりムスコロの勧めに従って新しく着火具を買った。


 性能で言えば余程便利な道具をいくつも持っている二人ではあったが、それとは別に、全くファンタジーの世界で、ファンタジーの道理によって洗練されて作り上げられたファンタジーの道具というものは、興味深い代物だった。

 フレーバーテキストを集めるのが好きだったというゲーム仲間の言葉を思い出すほどである。


「《自在蔵ポスタープロ》は持っていやすか? あれのあるなしで旅の難度は大いに変わりやす」

「一応持ってる」

「そういや、何かと大容量にいろいろ突っ込んでいやしたね。じゃあ、それとは別に鞄買いやしょう」

「え、《自在蔵ポスタープロ》あるのに要るのか?」

「要りやす」


 ムスコロもハキロも早いうちに大枚をはたいて《自在蔵ポスタープロ》を買ったそうであるが、それでも中身の詰まった鞄を背負っている。


 というのも、まず便利な道具というものは、なくなった時にすぐに代用できなければならない。《自在蔵ポスタープロ》が壊れてしまった時、荷物の持ち運びができないでは困る。これはすべての道具について言えることで、火種がないから火がつけられないなどと言っていては野営などできないのである。

 またひとつは、《自在蔵ポスタープロ》に入れておくものと、そうでないものというものがあるのだそうだ。


「《自在蔵ポスタープロ》は容量に限りがありやすし、どうしても手放したくないもの、手放せないものを入れやす。一方で鞄には、何しろ不意の戦闘の時に放り捨てることも多いから、壊れてもいいもの、なくしてもいいものを詰めやす」


 成程。容量に制限のない二人のインベントリには関係のない話だが、普通の《自在蔵ポスタープロ》というものは無限にものが入るわけではないし、入れれば入れるだけ重くなるものなのだ。


 そしてまた一つは、《自在蔵ポスタープロ》を持っているというのは大っぴらにすることではないからだそうである。


「高価なものでありやすし、高価なものを入れやすい、その割に小さいから、盗りやすい。だからどれかわからないように同じような物入れを増やしたり、懐にしまい込んだり、そして分かりやすい荷物である鞄を背負ったりするんでさ」


 成程、道理であった。わざわざスリのいそうな地域で派手な財布をちらつかせているようなものなのだろう。インベントリは盗めるようなものではないが、怪しまれないためにもそのようにしたほうがよさそうである。


 一行は早速二人に新しい冒険屋道具をそろえるため、新品の品を求めず、かえって古道具屋に向かった。


「新しいものを身につけていれば見た通り駆け出しで、それも金持ちと思われることがありやす。それに革物はある程度古した方が使いやすいですし、道具の類もそう言うところがありやすな」

「俺も装備はすべて古具屋でそろえた。冒険屋事務所のある町には冒険屋のおさがりも多いから、まず困らない」


 二人はムスコロとハキロの助言を受けながら道具を揃え、最終的に紙月は容量の少なめの肩掛け鞄を、未来は、鎧を着ても着ていなくても調整の利く、肩掛け紐の長い背負い鞄を選んだ。


「俺の方が容量多いやつにした方がいいんじゃないか?」

「姐さんは見かけより体力ありやすけど、華奢ですからふらつくかもしれやせん。足元も不安定だ」


 もっともである。


「それにほら、兄さんもやる気のようだ」

「ぼくが紙月の分まで持ったげるからね!」


 仕事を任されるというのは、子供の未来にとってこれ以上なく喜ばしいことなのである。


 二人の仕入れた鞄には、冒険屋のたしなみということで変わった造りがあって、それは肩掛け紐の一部が飾り紐のように結ばれていて、これはある角度で引っ張ると簡単に解けてしまって、急な時でもすぐに鞄を放り出せるようになっているのだそうだ。また結び方も、覚えればすぐだった。冒険屋は船乗りのように、このような結び方の一つや二つは覚えているのだそうだ。


 一通り道具がそろって、さて馬車の支度をと事務所に向かいかけたムスコロとハキロを紙月が止めた。


「なあ、別に馬車じゃなくてもいいんだろう?」

「ええ? そりゃあいいでしょうけど、歩きじゃとても間に合いやせんぜ」

「別に歩こうなんて言ってない」


 紙月はインベントリをあさって、それを取り出した。色々揃えるのは楽しかったが、それと同時になんだか面倒臭くなって来たので、この際魔女の流儀もお見せすることにしたのでおる。


「諸君、高い所は得意かね?」






用語解説


・解説がない回は平和な回

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