第三話 夏が俺たちを呼んでいる

前回のあらすじ

ムスコロたちの指南で旅支度を整えた二人。

しかし結局面倒くさくなるのであった。






「ばっかじゃねえの!? ばっかじゃねえの!?」


 青ざめた顔で大いに叫びまくるのがハキロならば、


「……………………」


 悟りを開いた僧のような顔でひたすらに家族の名を唱えるのがムスコロであり、


「おおー! すごい! 乗ってみたかったんだ、ぼく!」


 大喜びではしゃぎまわるのが未来で、


「これどういう理屈で飛んでるんだろうな」


 同乗者の心臓に悪いことを呟くのが紙月だった。


 何の話かと言えば、現在冒険屋一行四人を運ぶ、空の乗り物であった。


 その名も高き《魔法の絨毯》。ゲーム内アイテムであり、一度に一パーティだけであるが、以前行った町や村に飛ぶことができる優れモノだ。ただし知性があるらしく、ダンジョンなどの危険な場所には飛んでくれない。

 一行は今、その絨毯に乗って空を飛んでいるのだった。


「馬鹿じゃねえの!?」

「えー、でも早くつけばいっぱい遊べるってハキロさんも言ったじゃないですか」

「まさかこんな手段だとは思わねえだろ!」


 早くつけばその分遊べるとして紙月が用意したのがこの《魔法の絨毯》だったが、やはり人族というものは空を飛ぶことに慣れていないらしく、大いに恐れられているのである。


 紙月は何度か飛行機に乗ったことがあるし、なんならスカイダイビングの経験もあるので落ち着いたものだし、未来は飛行機には乗ったことがないようだったが空を飛ぶという乗り物の存在にはなじみがあるし、なにより子供らしい冒険心が刺激されて大いに楽しんでいた。


 そもそも空を飛ぶという概念と親しくないらしいおっさん二人は皆で寝転んでもまだ余裕のある絨毯の真ん中にへばりつくようにしており、ふわふわとやや頼りない足元の感覚に恐れおののいているようだった。


 何しろ地面や床に敷いているわけではないのでその足元はしっかりとしたものではなく、例えるならば敷き詰めた風船の上を歩くような感じなのだが、それが未来には面白く、それがおっさんどもには恐ろしいのである。


「ムスコロ、港町の、なんだっけ」

「ハヴェノでやす」

「そうそれ、行ったことあるんだろ」

「ありやす」

「じゃあちゃんとつくから安心しろ」

「へい」


 ムスコロの記憶を頼りにこの絨毯は現在空を飛んでいるのだが、本当に大丈夫なのかというくらい当人は真っ青である。ハキロなどはもう叫ぶ気力もないようで、ガタガタと震えている。


「二人ともこわがりだよね」

「なー」

「お前らがおかしいんだよ!」


 と、最初のうちはそのように青ざめるばかりだったのだが、一飛びとはいえ何しろ距離があるから、ずっと緊張し続けるのも疲れるようで、だんだんと平常心を取り戻してきた。

 特に、端の方に行くと落下防止なのか絨毯が自動で押し返してくれることが判明してからは、ふたりも幾分気が楽になったようである。


「そういやあ、すごい勢いで飛んでる割には、風を感じないな」

「ああ、風精を調整しているんだろうな」


 ハキロが恐る恐る下を覗き込んでは首を引っ込めということを、度胸試しのように繰り返しながら言ったが、確かに、勢いの割に風を感じない。むき出しであるのだからもっと空気抵抗を受けてもよさそうなものであるが、そのあたりは絨毯の魔力が、風精を避けてくれているらしい。


 ハイエルフの紙月の目には、鳥のような姿をした風精たちが絨毯をさけるようにして飛んでいくのが、そしてまた時折戯れるように絡みついていくのがよく見えた。

 未来にはよく見えないようだったが、それでも何かしらの魔力は、その鋭い感性が感じ取っているようだった。


 ムスコロも随分時間はかかったようだが、何とか気を取り直したようで、恐る恐る景色を見下ろしながら、あれは恐らく街道のどのあたりだ、あれは何という宿場町だと案内ができるようになってきていた。


「ムスコロ、この調子だったらいつごろ辿り着きそうだ」

「そうですなあ、昼出て、もうこのあたりですから、街門が閉まる前には辿り着けると思いやす」

「そりゃ重畳……と、そう言えば氷菓は食ったけど昼飯まだだったな」

「とはいえ、絨毯の上で火を起こすわけにもいきませんしな」


 勿論、それでも困らないのが紙月と未来である。


「ちょっと端によけて」

「お、おう、こうか?」

「そうそう、ムスコロはちょっとそっち」

「へい」


 絨毯の真ん中を開けて、紙月が広げたのは《食神のテーブルクロス》である。

 腹を満たすのに必要なだけの食事を出してくれるというゲーム内アイテムで、食い盛りの未来に、大食いの冒険屋二人もいるとあって、かなりのご馳走である。

 とはいえ、使用者である紙月と未来の記憶をもとに再現しているらしく、全く新しい料理や、食べたことのない知らない料理を出すことはできないので、ご馳走と言っても限度はあるのだが。


「おお、なんじゃこりゃあ、こりゃ美味い!」

「魔女の飯ってのはこんなにうまいのか!」


 それでも、初めて食べる二人にとっては大いに新鮮であるらしく、皿までなめるような調子で平らげてくれるのだった。

 食べ終える頃にはムスコロもハキロも、自分達が空の上にいることなどもうすっかり恐れなくなって、柔らかな絨毯の上に寝そべって平気で寝返りを打てるようになっていた。


「うう、いかん。いかんぞこの柔らかさは……」

「眠くなるよねえ……」

「寝ててもいいぞ。ついたら起こすから」


 あまり睡眠の必要ないハイエルフの体は便利である。三人が子供のように寝入るのを見届けて、紙月は行く先を見据えた。

 心なし、潮の匂いも、してきたような気さえする。


 夏が、呼んでいた。






用語解説


・《魔法の絨毯》

 ゲーム内アイテム。使用することで最大一パーティまで、いままで行ったことのある町などの入り口まで一瞬で移動できる。ただし、ダンジョンなどの近くには飛んでくれない。

『これは何故飛ぶのだ? 何故絨毯なのだ? もっとこう、安全なものはなかったのか?』


・ハヴェノ(La Haveno)

 南部一の港町。西大陸の大国家ファシャとも交易があり、帝国の玄関口ともいえる。

 種族、民族、国籍など、最も多彩な街の一つと言えるだろう。


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