第四章 ホット・リミット

第一話 暑く、そして退屈

前回のあらすじ

天狗ウルカの少年とともに大嘴鶏食いココマンジャントを殲滅した二人。

そしてそろって叱られるのであった。






 子供をいじめたものがいるとして、森の魔女が怒り狂って平原を永久凍土に閉ざしたらしい。そんないい加減な噂はいつも通りに聞き流すとして、それでも地竜殺しや山殺しに続いて、凍土の魔女とかいう二つ名までいただいてしまって、いやまったく、本人たちのあずかり知らぬところで西部には化物が生まれようとしているようである。


 さて、そんな噂などどこ吹く風のスプロの町。


 からりと涼しい風の吹く西部の町にも、そのときが来ようとしていた。


「暑い、な」

「暑い、ね」


 つまり、夏である。

 異世界であるところのこの帝国にも、地域によって大きく差はあるものの、四季のようなものが巡るらしかった。


 西部での夏というのはこういうものである。

 からりとよく乾燥し、空気には湿り気が少なく、いわゆるじめじめとした暑さはない。むしろ風が吹く間などは涼しいくらいだといっても良い。

 ただし、遮るもののない平野は、日光を常に浴び続けているせいで、決して冷めているわけではない。

 時折嫌に気温が高くなる時など、石畳で卵が焼けるそうである。


 やったのかと聞けば、パン種はさすがに無理だったというので、冒険屋というものは大概阿呆なのか、それとも夏の暑さが人を阿呆にするのか。


 ともあれ、異世界でも夏は暑かった。窓や戸を開け放してごろりと横になればまだましなのだが、それでもどこか遠くでじりじりと石畳の焼ける音が聞こえるような、そんなどこか落ち着かない夏である。


 未来はきっとその方が涼しいであろうに、《白亜の雪鎧》を断固として着ようとしなかった。涼しいは涼しいのだが、クーラーのような妙な涼しさだし、だいいち、暑くはなくとも暑苦しいらしい。

 紙月の方はもともと涼しげな格好ではあったが、しかし何しろ黒尽くめである。とんがり帽子の広いつばで日光を遮ったにしろ、結局黒は熱を帯びるので死にそうになる。


「氷菓でも食いに行きやせんか」

「なに、氷菓」

「ひょーか?」

「アイスだ」

「行く」


 筋肉の分暑苦しくて仕方がないのか、大いに汗をかきながら手ぬぐいを濡らす冒険屋ムスコロが、この時期は氷菓の店が出るというので、三人は連れ立って出かけることにした。

 うんざりするほどの日光が眩しくて、紙月は日傘を取り出して差すことにした。これは《吸血鬼の逃げ場》という名の装備品で、黒いレースの日傘の形をしたアイテムなのだが、装備している間、光系の属性攻撃に対して高い耐性を付与する。


「姐さんはなんだか、涼しそうでやすなあ」

「これでも暑いんだよ」

「俺もこの時期は、筋肉が脱げたらなと思いやす」

「ある種哀れだな……ほれ、《浄化ピュリファイ》」

「おお、汗も退いて、こりゃすっきりしていいですなあ」


 何となく鬱陶しいのでかけてみただけなのだが、意外に評価が良い。自分達にもかけてみたが、なるほど、汗のべたつく感覚がなくなるだけでも、大分、良い。

 同じように最初から魔法で外気を冷やせないのかとムスコロが期待した顔で言うので、できるはできると答えた。しかしやりたくはない。どんなに小さな魔力であれ、使えば失われるのである。すぐに回復するとはいえ、疲れる。長時間それを続けるのはなかなかしんどいのである。


「未来、お前は小さいから特に気をつけろよ」

「子供扱いしないでよ」

「そういうことじゃなくて、熱い路面に近いし、水分の保有量も少ないんだよ」

「あ、なるほど」


 熱射病、日射病という概念はこの世界にもあるようなのだが、異世界だからと言って画期的な治療法があるわけでもないようで、やはり水分と塩分を取って、体を冷やして、とそのような手段に頼らざるを得ないようである。

 すこしでもと思って日傘の陰に入れてやるが、まるで親子である。


 氷菓屋と言うのは表通りに店を出していて、店先にパラソルを据え付けたテーブルを並べて、その日陰で氷菓を食わせるものらしかった。

 なんにするかと聞かれて任せると答えてテーブルにぐったりと座り込むと、しばらくしてムスコロは三つの木皿を器用に運んできた。


削氷ソメログラツィオにしやした。蜜は三種頼んだんで、お好きなのを」


 削氷ソメログラツィオというのは、つまりかき氷だった。蜂蜜をかけたもの、甘酸っぱい柑橘の蜜をかけたもの、煮豆をかけたものがあったので、紙月は煮豆を、未来は少し迷って柑橘を選んだ。ムスコロは顔に似合わず甘いものが好きなようで、蜂蜜をたっぷりとかけた氷を喜んでしゃくしゃくととやった。


「おお、うまい。生き返る」

「紙月、一口頂戴」

「ほらよ」

「んむ。じゃあお返しに」

「んむ」


 三人三様にアイスクリーム頭痛で悶えたりしながら削氷ソメログラツィオを楽しみ、一息ついた。


「それにしてもこの暑い時期に、どうやって作ってるんだろうな」

「店にゃあ大概、大きめの氷室がありやすからな」

「なるほど」


 北部や辺境の雪山から取れる氷精晶グラツィクリスタロを使った氷室は、小さいものであれば事務所にもある。仕組みが違うだけで、冷蔵庫や冷凍庫のようなものが存在するのであれば、氷菓の類を作ることもできるだろう。

 少し落ち着いて、あたりを見てみれば、それこそアイスクリームや、シャーベットのようなものも見える。


「もう少し、食っていきやすかい?」

「いや、俺はもういらん」

「ぼくもうちょっと欲しいかも」

「あんまり腹ぁ冷やすなよ」

「大丈夫だよ」


 少し食べればそれで満たされるハイエルフの紙月に煮豆は少し重かったが、身体が小さく熱をため込みやすい未来はもう少し体を冷やしていきたいようだった。

 じゃあとムスコロは一皿の雪糕グラツィアージョなる氷菓を買ってきて、未来と分けて食べた。これはアイスクリームのようなもので、西部では大嘴鶏ココチェヴァーロの乳を使うのが一般的らしい。


「一口」

「あい」

「んむ」


 乳とわずかな砂糖だけで味がつけられているようだったが、大嘴鶏ココチェヴァーロの乳はコクがあり、僅かなナッツのような香りが面白い。


「こうも暑いと、仕事する気も起きやせんな」

「全くだ」

「雪山に行く仕事とかないかなあ」


 ムスコロはともかく、紙月と未来は相変わらず、やんちゃが過ぎるとして仕事をほとんど干されたままなのである。貯えはあるし、最近は紙月もそこまで不安を覚えなくはなってきていたが、良くはないと思っている。

 しかし仕事がなければどうしようもない。

 またうだるような暑さの中を事務所へと向かいながら、紙月はため息を吐いた。


 そんな三人を、正確には紙月と未来の二人を待ち構えていたのがおかみのアドゾだった。






用語解説


・《吸血鬼の逃げ場》

 ゲーム内アイテム。光属性の攻撃に高い耐性を与える装備。

 また、見た目にもかわいらしいのでヴィジュアル重視のプレイヤーにもよく使用されていた。

 誤解されがちだが、分類としては「武器:剣」である。

『真夜中に人目を忍ぶなんて、いつの時代の話かしら。日焼け止めに日傘に、何なら地下街。吸血鬼が昼歩いたっていいじゃない』


・氷菓

 氷精晶グラシクリステロや氷室を活用して作った冷たいお菓子の総称で、夏場は特に好んで食べられる。


削氷ソメログラシオ(Somero gracio)夏氷と言ったところか。

 氷の塊を細かく削って盛り付け、シロップなどをかけて食べる氷菓。かき氷。夏の定番。


雪糕グラシアージョ(glaciaĵo)

 乳、糖、香料などを混ぜ合わせ、空気を入れながら攪拌してクリーム状にして凍らせた氷菓。アイスクリーム。

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