第七章 ガーディアン

第一話 吹聴談話

前回のあらすじ


ムスコロを連れて西部へ帰ろうとした二人。

しかしどうにも冒険が二人を逃がしてくれないようだった。










 帝都に居を構える《小鼠の細剣ラピロ・デ・ムーソ冒険屋事務所》は、所属冒険屋十名足らずの小さな事務所であったが、こと剣技においては帝都に並ぶものなしと称される《決闘屋》ことシャルロ・ベアウモント以下、みな剣技に優れた熟練の冒険屋ばかりで、その規模に似合わぬ中堅どころとみられていた。


 その小さな事務所の、控えめな広間に、西部の冒険屋パーティ《魔法の盾マギア・シィルド》、つまり森の魔女こと古槍紙月と、盾の騎士こと衛藤未来は腰を下ろして事の次第を聞いていた。


 所長のシャルロがちょこんと椅子に腰を下ろしている横で、縦にも横にも大きいから窮屈そうに椅子に乗っかっているのは、紙月たちと同じく《巨人の斧トポロ・デ・アルツロ冒険屋事務所》に所属する冒険屋のムスコロである。

 事の発端はこのムスコロが、何の気なしに酒場で飯を食い、酒を飲んでいたことにあるという。


「帝都じゃ飯食ってるだけで厄介ごとが舞い込んでくるのか?」

「あんまりいじめねえでくださいよ、姐さん」

「悪い、悪い」


 ムスコロが飯を食いに行った酒場というのは、近くの冒険屋御用達の宿の一階にある食堂兼酒場のことだった。その名も《三角貨トリアン亭》といういっそ潔いほどのネーミングで、名前の通りべらぼうに安く、その割に飯はうまいという。


 ムスコロも帝都住まいではないとはいえ、何度となく訪れたことのある酒場であるから、すっかりくつろいで酒と飯を楽しみ、いい心地であったという。

 そこに昔なじみの常連たちが、おう久しぶりだなムスコロ、調子はどうだ、西部じゃどんな具合だい、そんな風に話しかけてくるものだから、ムスコロも旧友との親交を温めるためにもあれやこれやと土産話をたんまり語ったのだという。


 帝都の冒険屋というものは、大概のことは帝都周辺で済んでしまうし、仕事も多くあぶれるということがないので、遠出する機会がそれほど多くない。それでなくても地方をまたぐ旅というものはなかなかできるものではないから、他所の土地の話というものはどこに行っても喜ばれるものだという。


 紙月たちが暇をしている間も世間というものは普通に回っているもので、ムスコロもムスコロで自分の仕事をきちんきちんとこなしていた。いささか以上に金に余裕がある紙月たちと違って、きちんきちんとこなしていかないと冒険屋というものは基本的にすぐ干上がる生業なのである。

 そうしてこなしていった仕事というものは、まあ同じ冒険屋であるからどこかで聞いたような具合になってくるのだが、やはり西部特有の魔獣や、お国柄というものがあって、そこが帝都っ子たちには耳慣れず、面白い。


「西部じゃあ家畜と言えば大嘴鶏ココチェヴァーロといった具合で、どこに行っても大嘴鶏ココチェヴァーロが見られるけどよ、野生の大嘴鶏ココチェヴァーロときたら、まあ家畜のやつらほどおとなしくねえ。お前たちはせいぜいでかい鶏くらいだと思っているだろうが、いやいや一度でもあれに蹴り飛ばされたらそんなことは言えないぜ。革鎧に穴が開くような強烈な蹴りなのさ」


「見渡す限りの平原で、隠れるところもねえからまず襲われる心配なんてなかろうと、うかつに適当な野営を組んじゃあいけねえ。なにしろ大叢海が近いからよ、禿鷹ヴァルトゥロの化け物が獲物を狙って飛び回ってるのよ。何しろ空高い所を飛んでやがるし、日を背にするからこっちにゃなかなかわからねえ。それで油断するとおっとろしい速さでさあっと舞い降りてきて、ひどい時なんざ天幕ごと持ってかれるのよ」


「乾燥した荒野には仙人掌カクートってぇ総身に棘をはやした化け物みてえな植物がある。見た目は恐ろしいが水気がたっぷりで、乾いた旅人がそれに助けられることもある。似たようなので竜舌蘭アガーヴォってぇ棘をはやした葉があるが、これは甘く、火酒にしたりする。だがこいつに擬態した竜舌蘭擬きプセウダ・アガーヴォってぇ魔草があって、これは近づくと針を飛ばしてくる。体質によるが、ひどくかぶれて、度重なると死ぬこともある」


 ムスコロという男は見かけによらず学もあって、見聞きしたこともよくよく覚えているから、話のネタも多い。


 場がいよいよ盛り上がってくると、冒険屋たちはこぞってあの話をしてくれとせがんだ。


「あの話?」

「帝都でも噂が流れていやして」

「あー……」

「森の魔女の話をしてくれって頼まれやして」


 なにしろ同じ西部の冒険屋というだけでなく、同じ事務所にまで所属していて、しかも何かと行動を共にすることも多い。今まではそこまで気にしたこともなかったが、こうして話をせがまれるようになるとなんだか鼻が高いような心地になって、自慢する気持ちもあり、酒の勢いもあり、あれやこれやと紙月たちの冒険譚を語ったらしい。


 大本の噂である地竜退治は本当かと聞かれて、ムスコロはその刈り取られた首の巨大なこと、また恐ろしいことを語り、なかなか信じようとしないものには、西部冒険屋組合が乗り出してきてまさしく地竜であると宣言したと語り、なんなら帝都大学のお偉いさんまでこの話が事実だと知っていると語った段に至ればさしもの冒険屋どもも納得した。


 帝都の冒険屋たちは続いて、噂に聞いた、山を吹き飛ばした話や、平原を氷漬けにした話、また海賊船を頭からバリバリやってしまった話を聞きたがった。

 このときはムスコロもまだ酒があまり入っておらず、いや、それはこういう次第で、本当はこれこれこういうことで、と知る限りの事実を引き出して噂を修正していったのだが、なにしろ事実そのものというのも普通の冒険屋たちからすれば到底信じがたい物語であるから、酒の席の話ということで話半分に聞いていた。


 困ったのは、次から次にと話をせがんでは酒を飲まされていよいよ酔っぱらってきた頃である。

 いや全く、あの二人は実に大した冒険屋で、西部でも一目も二目も置かれているだけでなく、あんまり物凄いものだから組合も持て余しているほどで、と一応は事実であることを人のことながら自慢するまでは良かったが、問題はその後である。


 いくらなんでも盛り過ぎだろう、大したことねえよと言われて、売り文句に買い文句で、帝都に冒険屋は数あれど、あの二人ほどの冒険屋というものはなかなか見ないだろうよ、などと要らんことを言ってしまったのである。ついつい酒で口が滑って、などとは言うが、酒から出た言葉というものは、その場で作り出したものなどではなく本心にある言葉であるから、たちが悪い。


 さすがにこれは顰蹙を買ったが、多くの帝都冒険屋は西部の田舎者の言うことだからと流してくれた。しかし皆がみなそう寛大であるわけではない。同じように酒で気の強くなった冒険屋が、悪い絡み方をしてきたのである。


「おう、おう、そいつはまた随分とすげえ冒険屋じゃねえか」

「おうとも、姐さん兄さんはまあ、そんじょそこらの冒険屋とは格が違う」

「それじゃあ帝都っ子も頭を悩ます依頼だって軽々こなすことだろうな」

「もちろんだとも」

「賭けるか」

「賭けらいでか」


 なにしろ生意気なことを言う冒険屋がまんまと言質を取らせたものだから、冒険屋たちは大いに盛り上がって張った賭けたの大騒ぎで、気づけばもうなかったことにしてくれと言えるような空気ではなくなってしまった。


 酔いがさめてさあっと青ざめたが、時すでに遅し。

 酒に弱いが、酔っている間のことを忘れることもないという難儀なこの男、悩んだ。


 まさか自分勝手な約束事で、微塵も関係のない二人を巻き込むわけにもいかない。かといって約束を反故にしてしまえば、逃げ出したとみなされて莫大な賭け金を支払わなければならない。そしてそんな逃げを打ってしまえば、二人の名声は地に落ちることだろう。


 こうなれば自分でどうにかするほかにないと肚をくくった結果が、親戚であり熟練の冒険屋であるシャルロの力を借り、自力で依頼を達成しようとそう考えたのだそうだった。


 話を聞いて、二人は顔を見合わせるのだった。


「阿呆じゃなかろうかと」

「面目次第もねえ」










用語解説


・《三角貨トリアン亭》

 帝都に所在する冒険屋御用達の宿屋及び酒場。

 名物は芋と牛肉の煮込み。名前の通り安さが売り。


禿鷹ヴァルトゥロ

 大型の鳥類。ハゲタカ。

 物によっては家畜などもつかみ上げて攫って行ってしまうほどの力を誇る。

 ムスコロが話しているのはその中でも大型のものらしい。


仙人掌カクート

 サボテン。西部の荒野にはぽつぽつと生えているのが見られる。

 未確認ではあるが走り回るサボテンもいるとのうわさである。


竜舌蘭アガーヴォ

 リュウゼツラン。サボテンと一緒くたにされることもあるが、別物。

 テキーラなど、蒸留酒の材料になる。

 竜の舌がこんな形だったら、口内炎がひどいことになるだろう。


竜舌蘭擬きプセウダ・アガーヴォ

 魔草。

 接近してくると、振動を察知してなのか気配を察知してなのか、かなり正確に毒針を飛ばしてくる。

 この毒針に刺さるとひどくかぶれて、何度も刺されるとアナフィラキシーショックを引き起こす。

 リュウゼツランより甘く、蒸留酒にするととても美味しいが、安定した栽培はまだ難しいようだ。


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