第三話 雪むぐり
前回のあらすじ
温泉の魅力もとい人助けの為に依頼を請ける二人だった。
北部まで本来であれば一月は見た方がいい所であるが、そこはそれ、《魔法の絨毯》という反則アイテムを持っている《
初めて空を飛ぶという経験に思考が停止して固まってしまったイェティオを乗せて、非常に順調に旅は進み、朝の内に出て、夕頃には宿があるという山のふもとに辿り着いた。
「《絨毯》がここで止まった。ここからは歩きだな」
目的地である温泉宿に直接乗り付けなかったのは、恐らく山から吹き降ろす風が強いために、危険であると《絨毯》が判断したからだろう。あるいは正確な道を、長年の間にイェティオが半ば忘れつつあるからかもしれなかった。
あたりはとにかく雪、雪、雪と雪が降り積もっており、銀世界どころかメレンゲの海にでも落ちてきたような具合である。
「道はわかるか?」
「ここまでくれば、迷うことはねぇ。ほれ、見てくんろ」
絨毯を飛び降りてみると、想像していた埋まるような柔らかさではなく、踏み固められてしっかりとした足場であった。
見れば、一面雪だらけなので慣れない目では判断しづらいが、ふもとから山奥に向かって、そのように踏み固められた雪道がまっすぐ続いているのである。
そしてその横を眺めてみれば、きれいに切り取られたように、紙月の肩ほどまでも雪が積もって壁のようになっている。
もし《絨毯》が深く考えずに適当な雪の上におろしていたら、下手するとこの中に頭まで埋まっていたかもしれない。
「なんだあこりゃ」
「
「ねぢ……なんだって?」
「
逆に言えば、その
そうこう話しているうちに、ふもとからぞりぞりと引きずるような音とともに、それはあらわれた。
「あれが
「んだ、んだ」
それは強いて言うならば巨大な白いモグラだった。もふもふの体毛に覆われた、白いモグラだった。それがシャベルのような巨大な手で左右に雪をかき分け、胴体で雪を押し固めしながら、いかにも頑丈そうなそりを引いてぞりぞりと進んでくるのである。
「はー……こりゃまたすごい生き物だな」
「おらもまあ、北部以外じゃ見たことねえだな」
「触ったら柔らかそうだねえ」
「やわっけえどぉ。ふわっふわのもっこもこでよ。あれの冬毛が抜けたら、防寒具にするくれえだ」
進行方向の一行に気付いたそりはゆっくりと止まり、そしてのっそりと御者がおりてきた。
その御者は、思わず紙月たちがイェティオと見比べてしまうくらいに、彼にそっくりな雪男然とした姿だった。伸ばしっぱなしの蓬髪に、顔じゅうを覆う髭。それに見上げるような巨躯。
もし何も知らずに山中に見つけたら魔獣か何かと思うほどである。
「おお、兄貴でねえか」
「おお、ヒバゴノ。久しいなあ。魔女どん、騎士どん、これはおらの弟のヒバゴノだぁ」
「なんだぁ? 随分な別嬪さんと随分な大男つれてきただなあ」
「助っ人だ助っ人。すげえ冒険屋さんだど」
「ほーん。ま、乗れや、乗れや。寒かろ」
お言葉に甘えて、一行は巨大なそりに乗せてもらった。そりには幌も付き、火鉢も積んであり、それだけで随分暖かくなったようだった。
「ほんで、ヒバゴノ」
「なんだぁね」
「親父はどうした。手紙にゃあ、
「ああ、ああ。大したことねぇ。
「はー、まあ、てぇしたことねえならいがった、いがった」
二人はしばらく、ひどく訛りの強い調子で互いの近況を話し合っているようだったが、紙月たちにはまったく何を言っているのか聞き取れなかったので、大人しく火鉢にあたってこれを聞き流すほかになかった。
「いやあ、でも、親父も喜ぶだ。兄貴もけえってきてくれたし、冒険屋さ連れてきてくれたんだ」
「こん人たちは、送ってくれただけだど」
「なんだぁ。でもまあ、少し見てってくれるだけでもいいんだべ。なんしろ、はー、でっけえ
「はー、そんなにか」
「ありゃあでけえ。でけえ穴持たずだべ」
「そりゃあ早めにどうにかせんといかんべなあ」
兄弟が抑揚の少なく感じられる北部訛りでそのようなことを話しているうちに、やがて向かう先に明かりが見えてきた。心なしか硫黄の匂いも、し始める。
「おお、見えてきただ。魔女どん。騎士どん。あれがおらの家だ」
「《根雪の枕亭》へようこそだ」
用語解説
・
魔獣。巨大なモグラの仲間。冬場は非常に軽く長い体毛を身にまとい、雪に沈まずに移動できる。
夏場は換毛し、土中のミミズなどを食べる他、果物などを食べる。
・ヒバゴノ(Hibagono)
イェティオの弟。見た目はそっくりだが、親には見分けがつくという。
最近の悩みは髭に枝毛ができたこと。
・《根雪の枕亭》
北部東端の町ヴォースト・デ・ドラーコ(竜の尾)。
この町が見上げる同名の山の山間に所在するのがこちらの温泉宿。
冬場は縮小営業ながらも、名物の雪見温泉のために訪れる客も少なくないとか。
宿の主とその息子は腕のいい猟師で、運が良ければ珍しい熊汁などが食べられるかも。
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