第四話 別行動

前回のあらすじ


Q.アイエッ!? 店番ナンデ!?

A.縺ゅ↑縺溘?縺ェ縺ォ繧りヲ九↑縺九▲縺溘?






 森の魔女と盾の騎士が顔を出す度に、人々は伝説と巡り会えたことを感謝し、口々に賞賛と感嘆の声を上げた、ということは別になく、もうすっかりおなじみとなった顔に、やあこんちは、調子はどうだい、うちの買ってきなよ、と気安いものだった。

 そのおかげで、広場をぐるりと回るにあたって取り巻きにまとわりつかれるという面倒はなかった。

 町の人々は、噂はともかくとして、二人が華々しく活躍したところを見たことがあるわけではないので、いつの間にか町に住み着いて、いつの間にか名前ばかり大きくなったような、それはそれとして見栄えのいい二人という扱いなのだった。


 その都度、挨拶されたりちょっと絡まれたりという微妙なイベントは起こりながらも、全体としてはおつかいはスムーズに進み、それぞれの店に事務所に届けてもらうように頼めば、ちょっと呆気ないくらいに二人の仕事は終わってしまった。


「終わっちゃったね」

「終わっちまったな」


 しまった、というくらいに、それは本当にあっさり終わった。

 朝から寒い外に引きずり出された時は、寒いし眠いし面倒くさいしとまったくもってやる気がなかったのだが(それは紙月だけでしょ、と未来は思った)、歩いているうちに体も温まってきたし、見物しているうちに目も冴えてきたし、なんだかんだ駄弁っているうちに半端にやる気も出てきていた。

 別に時給が出るわけでもないので、仕事が早く終わるに越したことはないのだが、やることがないというのはどうにも落ち着かない。


 別に帰ってぐうたらしても良いのだが、というか最初は早く終わらせてそうしようと思っていたのだが、すっかり気分が外モードになってしまった今、ただ帰るというのもなんだかもったいない。

 広場をざっくり見て回ったとはいえ、主に目を通して購入したのは薪や飾りなどだけで、もうちょっとしっかりと見て回りたいという気持ちもある。

 食べ物や飲み物だけでなく、この機会にと小物や玩具、衣類や趣味の品など、様々な店が出ているのだ。それもこの世界のクリスマス・シーズンにちなんだものが。

 元の世界のものとは違うけれど、しかし見比べながら冷やかすのも悪くはなさそうに思えた。


 だから、ちょっと遊んでいこっか、という流れではあった。

 流れではあったのだけれど、未来は鎧の下でちょっともじもじと身じろぎしてから、こう提案した。


「一緒に見て回ってもいいけど、ちょっと別々に回ってみない?」

「……実は、俺もそう言おうかと思ってたんだ」


 紙月もちょっと見上げて、もごもごとそんな風に答えた。

 二人は少しの間、お互いをちょっと微妙な顔で見つめ合った。勿論未来の顔は鎧に隠れてしまっているのだけれども、それでも挙動で何となくわかるくらいには、紙月はこの小さく大きな相棒に馴染んでいた。


 二人は、都合が良かったというような、名残惜しいというような、何とも言えずぎこちない態度で、じゃあ、別々に回ろうか、そうしよっかと繰り返した。

 それから、お昼の鐘が鳴ったら広場のまんなかのツリーの前で合流することに決めた。丁度待ち合わせに使われていて賑わうが、二人とも背が高いし、目立つ格好なので、お互いを見つけやすい。


 分かれるにあたって二人はしばらくまごまごと中途半端につかず離れずしていたが、やがて未来が、僕こっち見てくる、と宣言して、じゃあ俺はこっちにと紙月が流された。


「紙月、あんまり朝から飲んじゃ駄目だよ」

「わかったわかった。飲まない」

「飲ーまーなーいーでっ」

「えー。一滴もか」

「うーん……じゃあ、一杯だけだよ」

「よしきた」


 わざとらしく口笛など吹いて、ちらちらと後ろを気にしながら離れていく紙月を見送り、未来はため息をついた。苦笑も湧いて出る。

 あの調子だと、考えていることは多分同じだろう。


「サプライズにはなりそうにないけど……まあ、いっか」


 せっかくクリスマスっぽい行事があるのだから、クリスマス・プレゼントはこだわりたいところだった。

 一緒に見て回って、お互いの欲しいものを探すのもいいかもしれないけれど、それだとなんだか普通の買い出しの延長線みたいで、どきどきが足りないと未来は思う。

 用意してくれてるんだなということが分かっていても、たぶんあれだろうなと思っていても、受け取るその瞬間まで待ち構えるのが、クリスマス・プレゼントの楽しい作法だと思うのだ。


 未来はクリスマス・ツリーを一人で出して、ひとりで片づけてきた。家政婦さんが用意してくれたちょっとしたご馳走とケーキを、ひとりで食べてきた。

 だがクリスマス・プレゼントは毎年枕元にあった。

 八歳の時も九歳の時も十歳の時も貰った。クリスマス・プレゼントを。それにカードも。父の休暇だけはなかったけれど、一緒に過ごしてくれる代わりに、プレゼントは奮発してくれた。


 そんなものより、一緒にいてほしかった。なんて、言うつもりはない。

 父がそのプレゼントを買うために働き、年頃の子供が欲しがるものに頭を悩ませ、時間と労力を割いたことをさかしくも悟っていた。

 だから我慢しよう、というわけではなく、誤解を招く覚悟で言えば、気が楽でさえあった。

 不器用な父と一緒に過ごしたところで、お互いに気まずかったことだろう。


 父は未来を愛してくれていたが、同時に疎んでもいた。

 嫌っていたということではない。ただ、時々途方にくれたような目で見られていると感じていた。愛してくれているのは確かだった。でもそれだけで済むほど、人間というものは簡単じゃない。

 未来だってそうだ。父を愛していた。慕っていた。でも煩わしくもあった。


 枕元にそっと置かれた、綺麗に包装されたプレゼントと、定型文のカードは、ある種、心地よい距離感があった。冷蔵庫から昨日の残りを取り出して電子レンジで温めた朝食は、いつもよりほんの少しだけ豪勢で、ひとりで食べるそれはなんだかおいしかった。


 それと比べて、こちらのクリスマスはどうやら賑やかになりそうだった。

 クリスマス・プレゼントを用意する側に回るのも初めてだ。

 それが面倒だとか、煩わしいだとかはいまのところは思わないけれど、実際のところはどうなのかまだ分からない。

 分からないが、紙月にプレゼントを用意しようというこの気持ちは、無性にどきどきしてわくわくした。新鮮な楽しみがあった。


「とはいえ、プレゼントってどうしたらいいんだろ」


 父の日や誕生日に、プレゼントを用意したことはある。

 でもそれは子供の用意できる範囲であって、画用紙にクレヨンで描いた似顔絵だったり、折り紙で作った勲章だったり、花屋で購入したたった一輪の花だったり、その程度だ。

 使い方も思いつかないほどにたっぷりと予算のある今ならば、大抵のプレゼントは用意できるだろうけれど、でも何がいいのかはさっぱり思いつかなかった。


 未来が貰ってきたクリスマス・プレゼントと言えばゲームだとか本だったが、思えば父のセンスやリサーチ力はかなりのものだったように思う。職場で同じくらいの年の子供がいる同僚とかに聞いたりしたんだろうか。おおむね未来の趣味に合っていた。


 紙月の趣味と言ったらなんだろうかと考えながら歩いてみるが、いまいち出てこない。

 本はあまり読まないようだ。賭け事はするけどいつもではない。劇を見に行ったりすることもない。

 精霊晶フェオクリステロに彫り物をしたりと細かい作業は嫌いではないようだが、かといって趣味とも言えないだろう。


 食べ物、とふと思ったが、紙月はあまり量を食べられない。なので小量で満足できる高級なお菓子などはありかもしれない。チョコレートなどは、結構高いが、スプロの町にも出す店がある。単価が高いので買ったことはないが、プレゼントと思えば妥当な値段かもしれない。

 あるいは酒などは喜ぶだろう。何しろいつも飲んでいる。固形物があまり入らない分、液体はよく飲む。とはいえ、未来には酒の良し悪しや好みというものがまだわからない。酒なら何でも好き、というものではなさそうだというのはわかっているが、具体的なところはわからない。


 そもそもクリスマス・プレゼントに消え物もどうかと少し考える。

 なにか思い出になり、後々になっても見て思い返せるようなものなどいいかもしれない。

 高価なアクセサリーなどは定番だったみたいだが、しかしこれもやっぱり未来にはよくわからない。きらきらしてるなとか、高そうだなとか、その程度の認識だ。


 ネクタイやハンカチのように、仕事でつかえるもの、と思い至ったのは父の背中を思い出したからだったが、何しろ冒険屋なんて稼業なので勝手が違う。第一、道具として考えると、紙月の持っているアイテム以上に性能のいい物はなかなかないだろう。


 頭を悩ませながら未来は歩いた。

 その悩みが、なんだか少し、楽しくもある。






用語解説


・八歳の時も九歳の時も十歳の時も

 クリスマス・プレゼントだろ!!カードもだ!

 アメリカなどではクリスマスは家族で過ごすことが常識であり、クリスマスに休暇が取れないというのは「日本人的だ」などと言われるほどにショッキングなことだったとか。

 クリスマス・プレゼントやカードを子供に贈らないことも含めて、育児放棄や虐待の域にあり、親権停止なども有り得るのだとか。


・チョコレート

 現地では楂古聿チョコラード(ĉokolado)と呼ばれる。

 豆茶カーフォと同じく南大陸で発見され、輸入される可可カカオ(Kakao)から作られる。割と高価な品ものなのである。

 チョコレート菓子を最初に作ったものは、神の啓示を受けたと主張しており、「神はを望んでおられる!」という発言が当時の新聞に残っているが、完全に発狂していて詳しくはわからなかったとのことである。つまりいつもの。

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