第六話 入浴

前回のあらすじ


乳首がこす(ry






 ハイエルフという種族は、体の色素が薄いから、火照ると血の色がすぐに浮いて出てくる。

 初雪みたいにまっさらな頬に薔薇色がともり、笹穂耳の先端がほんのりと染まるのを眺めていると、未来は不思議とどぎまぎとさせられた。


 それは学校の行事で行った美術館に飾られた絵画に感じた、思わず頭を下げたくなるような静かな美しさに感じ入るものにも似ていた。緊張と憧憬の入り混じる、穏やかならぬ気持ちだった。


 未来は初めて紙月とこの世界で出会った時のことを思い出していた。

 ああ、自分は異世界にやってきたのだなと、なんだか漠然と夢物語のように思っている未来の横で、この人は恐ろしくリアルにそこに横たわっていたのだった。

 はじめは絵画か彫刻か、芸術品か何かのように眺めていたそれが、確かに呼吸し、頬に血の色を通わせる生きた存在だと分かった時の、あの衝撃と言ったら!


 最初のうち、未来は紙月が男の人なのか女の人なのか、はっきりとはわからなかった。

 声は低めのハスキーボイスだったけれど、けれど女に人にもそう言う声の人はいた。

 女性ものの服を着ているけれど、振る舞いは男性のようで、喋り方もそう。

 ハイエルフという種族は設定上中性的で、男女の差異が少ないということだったけれど、本当にそうだった。


 いったいどっちなのだろうと、あの時未来は心底不思議だった。


 しかしこうして改めてその体を見てみると、女の人のような柔らかさよりもまず骨ばった体つきが感じられるし、体自体が薄いからそうとわかりにくいけれど、肩幅もきちんとある。それに胸も、うん、胸も平らだ。


 確かに、そうしてみると、男の人なのだなあと思う。


 けれど肌はとてもきれいだ。

 本人は面倒なばかりだという繊細な肌は絹のようになめらかだし、ほんのりと血色が浮かんで見えるところはとても色っぽく感じられる。


 顔つきも、ハイエルフという種族の特徴なのか、とてもよく整っている。その整っている中に、もともとの紙月の顔立ちなのだろう面影が色濃く影響を与えていて、ともすれば判を押したような顔立ちに、魅力的な彩を加えている。


 黙っていれば彫像か何かのように、とても冷たく感じられさえする顔立ちは、しかし子供の未来でもそうは動くまいと言うほど表情豊かに動き回る。

 未来は口に出していったことはなかったけれど、目鼻口の良く動く海外アニメーションの動きだなどと時折思っていた。


 そしてそう言う表情がない、しかし取り繕ってすましているわけでもない、こうして風呂に使ってすっかりくつろいだ素の表情は、どこか子供のようですらあった。

 未来よりもずっと人生経験を積んでいて、辛いことも悲しいこともきっとたくさんこなしてきただろうに、こういう時の紙月はいっそあどけなさを思わせるほどに幼い顔をしていた。


 紙月ばかり見ていた視線を無理やりにずらしてみると、風呂の神官の姿が目に入った。

 風呂の神官はみな、健康的な体つきをしている印象があった。豊かな体つきと言ってもいい。

 体格は良く、骨がしっかりと伸びていて、程よい筋肉には、程よく脂肪が乗っている。

 一種の理想的な体型ではあるだろう。コミックに出てきそうな。


 痩せていたり、太っている風呂の神官というものを未来は見たことがなかった。

 風呂に入ることがそのまま祈りであり礼拝であるという風呂の神官にとってこれは行の一環であり、未来たちが思っている以上に心身に影響を与えているのかもしれなかった。


 翻って自分を見るとどうだろうか、と自分の小さな体を見下ろして、未来は小さくため息をついた。

 稽古に通うようになって、すこし筋肉がついてきたように思う。横を歩く紙月との身長差を考えると、少し背が伸びてきているようにも思う。


 でも、まだ、小さな子供だ。

 小さくて、細くて、頼りない、子供の体だ。


 この身に、そこらの冒険屋たちを軽々としのぐパワーが宿っていることは、未来も承知していた。けれどそうではないのだ。そういうことではないのだ。

 広げた腕は短く、広げた手は小さく、未来の体では、満足に抱き上げることだってできやしない。


 十年、とは言わない。

 けれど確実に、数年は足りない。

 見下ろせるほど大きくなんて、高望みはしない。

 けれど、隣に立って、誰もが不自然に思わない程度にはなりたかった。


 冒険屋仲間や、鎧の中身を知っている大人たちはみんな、未来のことを偉いという。小さい体で、成人もまだなのに、頑張っているという。

 でもみんなはわかっていないのだ。

 本当に偉くて、本当にがんばっているのは、紙月なのだ。


 紙月は慣れない体を引きずって、慣れない世界で頭を使って、慣れない子守に精を出してくれている。

 未来はそんな紙月を、護ってあげたいのだった。


「はやく、大きくなりたいなあ」


 ぽつりとつぶやいた未来に、紙月が不安そうに言った。


「あんな風になるのか?」


 指さす先は、未来がぼんやり眺めていた風呂の神官である。


「あー、もう少しスマートでいいかな」


 ほっと溜息が、漏れたようだった。






用語解説


・はやく、大きくなりたいなあ

 子供のころは早く大人になりたいと思うし、大人になると子供のころに戻りたいと思う。

 どうして人は自分の望むときを生きられないのか。

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