第二話 帝都大学魔術科へようこそ
前回のあらすじ
落ち込む若者に「退屈じゃろ」などと言い出す老人にそそのかされ、あやしげな連中の巣窟におびき出された《
果たしてそこでは何が待ち受けているのか。
帝都郊外、魔術科棟へと向かう馬車があった。
帝都で一般的ないわゆる帝都馬が牽くものではなく、あからさまに攻撃力の高そうな
タマは地竜の雛である。見た目こそやけにとげとげした
御用達の馬車、などといっても愛着のあるものでもない。
ぶっちゃけ馬車屋で
主な長距離移動手段が「飛行」とかいう
「魔術科って言ってるけど、厳密には魔術学部なんだそうだ」
「学部と学科ってなにがちがうの?」
「学部のほうが強い」
「なるほど」
などと馬鹿丸出しの会話が馬車の中で交わされていた。
おおむね間違っていないが、おおむね以外は何も言っていないも同然である。
学部というのは複数の学科をまとめる大きなくくりであり、例えば経済学部や医学部のように大ジャンルとしてまとめられている。学科はその下のくくりであり、例えば経済学部には経営学や金融学科があり、医学部には医学科や看護学科があるというかたちだ。ライトノベル学部異世界転生学科みたいな。
帝都大学魔術科と大雑把に言われているのは対外的なものであり、郊外でなんか怪しい研究してる連中をひとくくりに呼ばわっているに過ぎない、らしい。
実際には魔術学部としてまとめられ、魔術科や魔法工学科や人形造形科や魔法農業科や魔法芸術科や魔法カラテ学科などが存在するわけだ。魔法と付けばなんでもいいと思っているのか胡乱な学科が多いのも特徴である。
「無法地帯じゃん……」
「魔法地帯のはずなんだけどなあ」
一応ちゃんと研究はしているらしい。
研究といえば、魔術学部には科というくくりの他にもそれぞれの博士やら教授やらの研究室があり、そこで実際に研究に携わったり研修をしたりという学び方もあるようだ。
そしてそのほかにも学生が個人で申請してまたは勝手に研究していたりもするらしい。
さらには実験のためにわざわざ仮設施設を建てることもあるようで、以前に地竜の卵を孵化させる実験のために呼ばれて訪ねたのはまさしくその仮設の実験施設であった。
それが無事であればまた何か別の目的で用いられることもあるし、跡形もなく吹っ飛んで更地になることもあるそうだ。
というのを、外れも外れ、一番外れにある魔術学部棟までの道すがら、他の学部生を捕まえては聞きだしたのであった。
馬車からひょいと顔を出した笹穂耳の麗人がちょっといいかな、冷えるから馬車の中で話そうと気さくに話しかけてくるのでホイホイついていけば、炎のような鎧をまとった大男に見下ろされながら悪名高き魔術学部について聞かれるのだから、捕まった学生たちの気持ちは推して知るべしだ。
さて、そんな学生たち曰く。
「ああ、あの悪魔の巣窟に? 人質でも?」
「魔術科に行ってる私の友人はいい人だよ。いい人だったんだよなあ……」
「自前の消防小屋があるってのは聞いたことありますね。学内一の実績があるとか」
「でっかい鎧から可愛い声がしてきて、どうしてくれるんですか……もう引き返せなくなっちゃった、ネ……」
「爆発音がしたら屋根の下へどうぞ。破片とかが落ちてくるかもしれないので」
「彼らの研究実績は本物ですよ。蓮って泥から咲くらしいですね」
などなどエトセトラ。
中には錯乱して「絶対に言わない!言わないから!言ったら……!」と逃走する学生もいたが、おおむね平和的なインタビューがつつがなく終了した。
学生たちの快い協力に、紙月はにっこりとほほ笑んで、馬車の座席に身を任せた。
「…………さっ、帰るか!」
「まだついてもいないよ紙月」
「つくまえからこれなんだよなぁ~」
悪評というのか何なのか、わかったのは人質を取る悪魔がいて、学部入りした友人は人が変わってしまって、しょっちゅう爆発して消防員が常連化していているということだけだ。
一応実績があるのがまた、たちが悪い。
まあ、ここまで来てしまったからには、見るだけ見ていくかというだいぶげんなりした気持ちで馬車を進めていくと、いよいよ魔術学部棟が見えてきた。
それまでに見かけた学部棟というというものは、それぞれにデザインは異なるもののたいていは石造りの立派な建物で、若干デザイン優先のおしゃれな部分もあったりしたが、機能的で過ごしやすそうな建物であった。
それに比べて魔術学部棟がどうか。
紙月の第一印象は「違法建築」だった。
未来の第一印象は「ぶなしめじ」だった。
「……僕、魔法の学校っていうと、イギリスのあれイメージしてたかな」
「あー……未来ってグリフィンドールだよな、絶対」
「紙月もじゃない?」
「俺はハッフルパフあたりかなあ」
若干現実逃避してしまったが、それは確かに違法建築のぶなしめじだった。
魔法魔術学校というイメージもあながち間違いではない。
魔術学部棟はいくつも尖塔が立ち並び、それは確かに中世ヨーロッパめいた風情がある。
しかしその尖塔が、数えて二十を超えたあたりで感動を通り越して気持ち悪くなってきた。
壁の材質も屋根の形も違う、デザインの異なる尖塔が二十を超えて乱立してそびえているのである。三十まではたぶんいっていないが、建設中と思われるものや、逆に倒壊したとみられる痕跡もあるので今後はわからない。
それぞれの塔は若干かしいでいたり、妙にすすけていたり、一部の壁が剥落して穴が開いていたり、見知らぬ生物がはい回っていたり、突然枝を伸ばすように途中から別の塔が生えていたりと、かなりの無法状態である。
色とりどりの様々な旗がはためく尖塔群、それらが悪い意味で適当に連絡通路やら梯子やらで接続されているというのが、この建物の姿だった。
その乱雑かつ混沌とした建築様式を指して紙月は違法建築と感じ、多数の塔がひしめいてそびえる姿を指して未来は菌床栽培のぶなしめじと比較してみたのだった。
そしてこの違法建築のぶなしめじは、見た目だけでなくその中身もまた胡乱で怪しく、なかなか不穏であった。というのも、紙月の目には尖塔群を取り巻く環境そのものが見えていたのである。
自然の精霊に近いハイエルフの紙月は、目を
しかもそれらは整然としているわけではなく、それぞれが独立して勝手に描かれ、干渉しあい、謎の均衡を保って……時々保ち切れずに暴発しては、混然として混ざり合っていくのである。
「ウワーッ、キモい!」
「美人が率直なこと言うと切れ味がえぐいね……」
鳥肌を立てた紙月の叫びに、関係のなくもないのかもしれない通りすがりの魔術科関係者が大ダメージを受けたりしていたが、本職の魔法職でない未来にも雰囲気は感じ取れるので、訂正はしない。
一応外周は城壁めいた壁で囲われており「監獄じゃん」「中のものが出てこないようにするやつだよねこれ」、また正門も立派な扉が待ち構えていたので、そこだけは間違えることがなかった。
念のため、爆発の被害がないよう建物から少し離して馬車を置き、タマに待っているように言う。タマはみ゙ゃ゙あ゙と一声答えて、のっそりとうずくまって目を閉じた。冬眠こそしないが、寒さの中では少し眠いらしい。
正門から入ってすぐに、受付と思しきカウンターがあり、幸いにも常識的一般人に見える事務員が出迎えてくれた。
とんがり帽子の紙月と、大鎧の未来、変わった二人組を見ても動じないあたり肝が太いのか、日常茶飯事なのか。
「おや、受講希望の方ですか?」
「ああいえ、あ、いや、そういうことになるのか? 招待状をいただいてまして」
「拝見します……ああ、確かに。学部長の署名ですね」
事務員は招待状をざらっと流し読みした後、感嘆のため息とともに二人を見た。
「よもや本物の森の魔女と盾の騎士がおいでとは。おとぎ話だと思っていましたよ」
「あはは、その割には落ち着いてましたけど」
「残念ながら当学部では、とんがり帽子が
「逆にこっちがびっくりですよ、そりゃ」
学部長、というのが二人を招待した人物である。
魔術学部の学部長、つまり、この混沌とした尖塔群のトップというわけだ。
「学部長室に……と、そうですね、地図をお描きしますよ」
「すみませんね。その……あー、なんとも、
「違法薬物と火酒でトチ狂った建築士がラリりながら手掛けたみたいでしょう」
「そこまでは言ってないんですが???」
「なにしろそれぞれの学科の連中が自分勝手に建て増していったものですから、私どもも全容は把握できていないんですよ」
「まぎれもなくラリった違法建築士の手掛けたやつだった!」
なるべくわかりやすく安全な道ですと手渡された地図は、それでも結構複雑だった。
すくなくともわざわざ「安全」などと言って示されたルートなのだから、あまり安心して進めるものでもなかった。
二人は地図の示すとおりに廊下を進み、角を曲がり、エスカレーターじみて動く階段を降りていった。原理は不明だった。
二人が通路を進んでいくのに合わせて、廊下に掛けられた
見た目こそファンタジックな魔法の世界観だが、現代社会のハイテク技術を思わせる。
「下、なんだねえ」
「普通お偉いさんって高いところにいるもんってイメージだよな」
そう、二人は降りて行った。
すでに何階分か、地面の下にいるはずだった。
壁に掛けられた
地下は冷え込むもの、と何となくイメージしていた未来だったが、むしろ気温が大きく変化しないからか、恐ろしく冷え込んだ外よりは快適だったかもしれない。
道中で通りすがった学生たち──流行っているらしい「森の魔女風」のとんがり帽子をかぶったものたちに尋ねてみれば、それはこういうことらしい。
「ほら、塔は崩れるかもしれないじゃないですか」
「可能性だけで言えばそうかもしれないけど??」
「その可能性がちょっとだけ大きいのが魔術科なんですよ」
実際、「ちょっとだけ」のあたりで、ずずん、とどこか遠くで物音がしたような気がした。
数階分の地面を貫通してきた振動は、天井からちょっぴり埃を降らせた。
「……帰る?」
「ここまで来たら、最後まで見てみようぜ」
学部長室は薄暗い廊下の隅にひっそりと扉を構えていた。
用語解説
・ぶなしめじ
いわゆるしめじとして出回っているキノコであり、スーパーに行けばまず見かけることができるだろう。
菌床からにょきにょきときのこが密集して伸びており、キノコとして真っ先にイメージする人も少なくないだろう。
本来はブナの倒木に生えることからぶなしめじと名付けられた。
以前はほんしめじの商品名で出回っていたこともあったが、栽培困難な高級キノコであるホンシメジとは別物であり、現在は改められている。
歯切れよく、味にも香りにも癖がなくどんな料理にも合い、美味。
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