第十一話 山狩り

前回のあらすじ


盲目の牛とふれあいコーナー。






 牛見学を済ませた二人は、改めて装備を整えた。


 未来は《朱雀聖衣》を着込み、《赤金の大盾》という、大鎧であっても体の半分は覆える大盾を装備した。

 森の中では取り回しに苦労するかもしれなかったが、相手が相手である。属性鎧に合わせたもっとも防御力が高い盾を装備したかった。


 紙月は《宵闇のビスチェ》の上から《不死鳥のルダンゴト》を着込み、魔法攻撃力を高める効果のアクセサリーや武器類をこれでもかと装備した。

 結果として、見た目はこの雪の中ピンヒールを履いて、手袋をした両手の指全てに大振りの宝石のついた指輪をぞろりとはめるという、場違いすぎるスタイルだった。


 おかみにも首を傾げられたが、装備のステータスとしてはこれが最も良いのである。見栄えのことは気にしていられないが故の重装備なのだが、結果として見栄えばかり気にするバカのように見えてしまうのが難点だった。


 外に出て、慣れない雪道に苦労しながら裏手に回ると、薪割をしている兄弟の姿があったので、軽く手を挙げて挨拶をした。近くで見ても、区別のつかない兄弟である。

 イェティオはそのまま薪割を続け、山に慣れた弟のヒバゴノが案内につくことになった。


 ヒバゴノは山に慣れているとはいえ、ただでさえ山というものは人の住む領域ではないうえに、こと冬となれば全くの異世界と言ってもいいと警告した。

 そして紙月の格好に苦言を呈したが、紙月が大真面目に一つ一つの装備の効果を説明し始めると、目を白黒させ、なんとか認めてくれた。


 ただ、不安定な足元だけはどうにかすべきだと主張し、ヒバゴノのものである大きめの革の長靴をさらに上から履き、ひもで縛りつけて固定した。

 さらに紙月だけでなく全員が履物の上から雪輪ネジシューオという道具を取り付けた。

 これは楕円状に曲げて組んだ木の枝のようなもので、体重のかかる面積を増やすことで雪に沈みにくくする、いわゆるかんじきのことだった。


 森までの道は兄弟が朝の内にある程度雪かきしておいてくれたが、それでも慣れない二人には歩きにくい。


「今のうちにある程度慣れておくだ。森ん中はもっとひでぇだ」


 そう言われ、二人はなるたけ足元の感覚を意識して、歩いた。


 そうして辿り着いた山森の入り口で、二人はヒバゴノから鈴を渡された。大振りのこれは、獣除けの鈴であるという。


「獣もよっぽどのことがなけりゃあ人間を相手にはしたくねえんだ。これで離れてってくれるだ」


 そしてまた、この鈴があるからこそ人間の味を知った穴持たずはきっと音を聞きつけてやってくるだろうということだった。

 また、熊木菟ウルソストリゴが近づけば、かならず音が殺されて、鈴の音が聞こえなくなる。つまり、鈴の音が途切れたら熊木菟ウルソストリゴが近くにいるということなのだ。


 だから何をおいても鈴の音には気を付けるようにと言われ、二人はしっかりと鈴を腰に取り付けた。


 そうして踏み込んだ森の中は、静かだった。

 生き物の数が減るからというだけでなく、雪自体が音を吸ってしまうから、小さな音などはみな掻き消えてしまうのだという。

 自分達の雪輪ネジシューオが雪を踏む音ばかりがなんだか大きく聞こえるようである。


 木々に遮られるためか、積雪はそれほど深くはなかったが、山道の上に積もっているので、とかく段差や起伏があり、歩きづらいことこの上なかった。

 大股で歩こうとする未来に、ヒバゴノは大きな体からしたらお遊びのように、小股で歩くようにと実際に見せてくれた。

 大股で歩けば、体力を使う。ちまちましてじれったく感じても、一歩一歩細かに歩いた方が、体力を使わないし、結局早いのだという。


 しばらく歩いて、森の奥に進むにつれて、木々に遮られて日が入らなくなり、薄暗くなってきた。

 慣れたヒバゴノは木々の向こうまで見通しているようだったが、紙月たちにはもうほとんど真っ暗に感じられるほどである。


「《暗視オウル・アイ》」


 紙月が暗視の効果のある呪文を唱えると、途端に視界は昼間のように明るくなった。


「おう、こいつはすごいだ。これなら、見えなくなることもねえだ」


 ヒバゴノもこの効果には驚いた。


 しばらく歩くうちに、木の肌が引き裂かれているのを見つけて、紙月がこれかと警戒したが、それは北限猿ノルダシミオの縄張りの証であった。あの平和的で温泉好きのサルたちである。

 確かに、熊と言うには、いささか小さいし、細すぎる。


 他に、ウサギや、小動物などは見かけることがあったが、熊木菟ウルソストリゴの痕跡は見当たらず、三人は適当な岩に腰を下ろして、弁当を広げた。

 弁当の中身は、幅広の蒸しパンの中をくりぬいて、とろりとした煮込みものを詰めたものだった。というよりは、煮込みものを詰めたパン種を蒸しあげたものと言うべきか。

 味の濃い煮込みものは、冷えていてもなかなかの味わいで、また、紙月の魔法で温めてやると、更にうまくなった。


 普通であれば、こうして温めて匂いを立たせれば熊の類を呼ぶことにもなるが、今日はそれが目的である。ヒバゴノも、いい囮になりそうだと笑った。


 この弁当の効果があったのかはわからないが、昼食を終えてしばらく歩くうちに、不意に鈴の音が絶えた。

 注意を喚起したのだろうヒバゴノの声も聞こえない。

 紙月と未来は顔を見合わせ、パーティチャットを起動した。

 これはゲームの頃の仕様では、パーティに登録したメンバー間でのみ使用できるチャット機能だった。

 これをこの世界で使うと、パーティと認識した相手にのみ通じる念話のような機能があった。

 今は臨時メンバーであるヒバゴノにも、この効果があった。


「な、なんだべこりゃ」

「魔法だ。お互いにだけ声が聞こえる」

「ヒバゴノさん、どうするの?」

「そうだべな、互いに互いを背にして、三方を見張るだ。どっかから必ず近づいてるだ」


 三人は荷物を放り、互いに背を預けて三方に鋭く視線をやった。






用語解説


・《赤金の大盾》

 炎熱属性の高レベル盾。火属性の《技能スキル》の効果を底上げする。

 炎属性のボスキャラクターから入手できる素材を《黒曜鍛冶オブシディアンスミス》に加工してもらって作る。

『炎の壁を突き破るには勇気がいる。もっとも知恵高き者は迂回するだろうが』


雪輪ネジシューオ(Neĝŝuo)

 かんじき。雪に沈み込まないように、足元の面積を広げる道具。


・《暗視オウル・アイ

 《魔術師キャスター》の覚える魔法|技能《スキル》。対象に暗視の効果を与える。

 制限時間は《技能スキル》のレベルによる。

『暗闇を見透かすというのは、時に見るべきでない真実を見据えるということでもある。まさか棚の裏があんなことになっとるとは……』


・パーティチャット

 ゲーム内システム。パーティメンバーの間でのみ使用できるチャット機能。

 この世界ではパーティメンバーの間でのみ使用できる、音声を必要としない、念話のような形で再現されているようだ。

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