第五話 どうしようもない退屈

前回のあらすじ


歯磨きで一話丸々使うハイファンタジーが読めるのはシルマジだけかな?

知らんけど。










 食堂でパンとチーズというお手軽な朝食を済ませて、しかしやはりやることはなかった。


 勿論やることがないというのはネームバリューが大きすぎる《魔法の盾マギア・シィルド》の二人に限った話で、冒険屋たちは今日も朝から仕事を探したり、仕事に出かけたり、仕事から帰ってきたり、仕事に恵まれている。

 勿論それでも本当に仕事がない連中もいるが、そういう連中は仕方がないから今日は休日と言う程度で、別段困ったところもない。


 スプロの町は小さいが、それでもいくつかの事務所の冒険屋を食わせていくくらいには、事件と冒険が多い町なのだ。


 さてどうしようかと未来がぼんやり考えていると、相方の紙月は広間の椅子の、暖炉から近からず遠からずといったあたりに腰を下ろして、ごそりと何かの袋を取り出した。


「なにそれ」

水精晶アクヴォクリスタロだよ。行商がくずの石を安く売りたたいててさ。まとめ買いしてきた」

「くずなんでしょ? どうするの?」


 水精晶アクヴォクリスタロは、呼び水を与えると水を生み出すという、水精のこもった結晶だ。見た目は涼しげな水の色をした水晶のようである。

 だがくずということは、もう水を出すだけの水精が宿っていなかったり、水の出が不安定だったり、そもそもの水の質が悪かったりということである。


 専門の石屋ではなく、市で適当に売り払うということは、それだけ価値がないということである。


「まあ、これは素材なんだよ。加工次第さ」

「加工?」

「まあ見てろよ」


 そう言って紙月は水精晶アクヴォクリスタロを一つ、テーブルに置いた。手のひら大はあるものなのにくずということだから、やはりよほど出が悪くなっているか、元の水質が悪いかである。


 これに紙月は両手をかざして、何と呪文を唱えたのである。


「《燬光レイ》」


 途端に、十の指先からそれぞれに光線が伸びて、水晶の内側で一つに合流した。その合流したところでは、熱に炙られて水精晶アクヴォクリスタロが白く濁る。濁ったら光線を少しずつずらしていって、その濁りを広げていく。

 じんわりじんわりと続けていくうちに、それは見事な紋章を水精晶アクヴォクリスタロの内側に刻んでしまった。

 盾にとんがり帽子のエンブレム、冒険屋パーティ《魔法の盾マギア・シィルド》の紋章である。


「すごい! レーザー彫刻だ!」

「魔術の出力調整の練習してたら思いついてな。まだ簡単な模様しか入れられないけど、コツはつかめてきた」


 未来からしてみればこれでもよくまあこんな器用なことができるなというレベルなのであるが、紙月からすればまだ出発点であるらしい。本当に何でもできる男である。


精霊晶フェオクリステロを材料にした普通の彫刻ってのも、値は張るにしろあるらしいんだけど、さすがにこのレーザー彫刻は爺さんのとこでもやってないみたいでな。うまくいけば名産になるぞ」


 まあ、現状他の誰にも真似できない以上、そりゃあ高値で売れるだろうが、暇つぶしを兼ねてこんな工芸品を生み出してしまうあたり、やはり紙月の感性はどこかおかしいのではないかと思う未来だった。


「ほんっとに、器用だねえ」

「いやいや」


 まあ、ともあれ紙月は立派な暇つぶし、もとい内職があるようで、しばらく退屈はしそうにない。

 そうなると暇を持て余すのは未来だった。


「ちょっと出かけてくる」

「んー?」

「散歩ー」

「あいよー」


 やることもなし、未来はぶらりと事務所を出ることにした。


 散歩をするときは、鎧は着ないことにしている。

 以前は安全のためにもフル装備で外出することが多かったのだが、むしろ鎧姿が有名になってしまったせいで、いちゃもんつけられたり、逆に握手を求められたりと、退屈はしないまでも面倒ごとが多かったので、今は普段着でうろつくことにしている。


 それは、装備をすっかり外してしまえばかなりステータスが低下するのは確かだったが、装備のない素の状態でも、何しろレベル九十九の《楯騎士シールダー》である。街中で遭遇する程度の相手であれば、未来をどうこうできる相手などそうそういないのだった。


 だから問題は、腕力でどうにかならない相手だった。


 ご飯は食べたばかりだし、お茶してのんびりって言うほどオトナしてるわけでもなし、ショッピングするにもこのあたりの店はもう見飽きたし、どうしたものかなあと、いかにも暇そうに歩いていたのが悪かったらしい。


「おいお前!」

「……………」

「おいったら!」

「…………?」

「そうだよ、お前だよ!」

「ええ……なにさ?」


 いっそ今日は食材でも買い込んで、久しぶりに自炊でもしようかな、などと考えているところを、通せんぼをするようにチビが二人立ちはだかったのである。

 なおこのチビと言うのは、だしぬけにお前呼ばわりされてイラっと来た未来の主観による呼称であって、実際のところ背丈は大して変わらないし、年の頃もどっこいだろう。

 服装は安っぽく、いかにも近所のちびっこどもといった悪ガキぶりである。


「お前暇してんだろ!」

「まあしてるけど」

「じゃあ一緒に遊んでやるよ!」

「はあ?」


 この「はあ?」には反射的に繰り出された「君何言ってんの?」をはじめとして、「どこからどういう発想が出てきたの?」、「君どこの子?」、「親御さんは?」、「その上から目線はどこから湧いてきたの?」などの様々な「はあ?」が込められていたのだが、残念ながら小生意気なお子様には一切通じなかったようである。


 どころかちょっととろいことでも思われたのか、もう一度繰り返されたほどである。


「一緒に遊んでやるって言ってんだよ!」

「いや……そういうのいいんで」

「よーし、行こうぜ!」


 おそらく未来史上最も嫌そうな顔で、万国共通と思われる両手を広げるノーセンキューのジェスチャーもかましてみたのだが、引っ込み思案な子とでも思われたのか、強引に腕をとられて引きずられ始めてしまった。


 勿論子供の細腕程度簡単に振り払えるのだが、中途半端に大人な未来には、暴力で子供を振り払うという選択肢は残念ながら存在しなかった。


 結果として、極めて遺憾なことながら、衛藤未来は人生で初めて、秘密基地というものを訪れることになる。










用語解説


・レーザー彫刻

 その中でも3Dクリスタルなどと呼ばれる技法。

 レーザー光線を内部で焦点を合わせ、その部分だけを加熱することで傷を作り、その傷を用いてガラスなどの内部に立体的に彫刻する。


・秘密基地

 一つの浪漫。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る