第九話 竜人マールート

前回のあらすじ


あまりにもあっけなく拉致られた紙月。

何か考えがあるのではないかと思えるほどのあっけなさだったが、

もちろんそこには何の考えもなかったのであった。






 まるで台風でも通り過ぎたようだ。

 などと少し現実逃避しながら、未来は体を起こした。

 今すぐにでも紙月を追いかけたい気持ちをこらえて、周囲を確認する。

 まず何が起こって、いまどうなっているのか、確かめなければならない。

 未来は自分を落ち着かせるように、何度か深呼吸を繰り返した。


 幸いといっていいのか、こういうことには豊富な経験があった。

 さすがに目の前で拉致られたのは初めてでかなりショックだったが、紙月がぼけらったと歩き回って拉致られることはしばしばあったのだ。未来の知っていないところではもっと拉致られているのかもしれない。

 良くも悪くも慣れてしまった自分が悲しくなってきた未来である。

 君のこと守りたいのに君はピーチ姫以上に拉致られるんだ。


 まあ、拉致られてもなあという慣れと諦めが、未来の子供心のナイトを腐らせているのは普通に紙月のせいではある。


 普段と違うのは、誘拐犯が結構な分厚さのある壁を平然とぶち抜き、その上、仮にもレベル最大の《楯騎士シールダー》を軽々と蹴り飛ばせるようなパワーの持ち主ということだが、そこもさほどの問題ではない。


『紙月、大丈夫?』

『おう、大丈夫。揺さぶられて吐きそう』

『大丈夫ではないやつ』

『身柄は大丈夫。迷ってるっぽいからしばらくは棟内でうろつきそう』

『逃げられる?』

『ちょっと厳しい』

『オーケイ』


 なにしろこういう時にパーティチャットですぐに安否確認する習慣がついたので、とり急いでの危険がないとわかるからである。


「うーん……目的はわかんないけど、危害を加えようっていうんじゃないみたいだ……」


 壁の大穴をちらりと確認すれば、焼け焦げたような跡があり、さらには一部の石材が……木材ではなく、石材がどすぐろい炎にチロチロと焼かれているのが見える。石を燃やす炎。温度が高いとかではなく、その色からしても、何かしら魔法的な炎なのだろう。

 教授陣が消火に励んでいるが、普通の水ではなかなか消えないようで、苦労している。


 脳内で危険度を引き上げつつ、未来は倒れ伏したガリンドを抱き起し、介抱を試みた。


「うう……す、すまないミライ……」

「無理しないでください、学部長。はいあーん」

「私のことは構わん……んぐぐ……まったりとしてコクがあり、それでいて少しもしつこくない……む!? なんだ、体が軽いぞ!?」

「えーっと、魔女の霊薬的な奴です」

「なんということだ! 肩こりに頭痛に胃の痛みまで!」

「日ごろから無理してる人だった……」


 爆風に巻き込まれた上に蹴り飛ばされて踏みつけられ、出血もしていたのでさすがに痛々しく、未来が手早く飲ませたのは《ポーション(小)》である。《HPヒットポイント》を少量ではあるが即時回復させてくれるもので、この世界での人体実験もレンゾーが済ませているので安心だ。

 さすがに効果が強すぎるので市販はされていないが、レンゾーが再現し生産可能とのことで、気兼ねなく使える。


 回復したガリンドは荒れ果てた周囲と混乱する学生たちを見回して、大きくため息をついた。

 それから立ち上がってほこりを払うと、声を張り上げてみなの無事を確認し、混乱をおさめた、

 怪我をしたものは医務室へ向かわせ、残ったものには引き続きの消火とがれきの撤去に協力を頼んだ。


「ふう……とりあえずはこんなところか。すまないな、ミライ。こんなことになってしまうとは」

「いえ、学部長のせいでは。それで、いったいあれはなんだったんですか?」

「うむ……奴はマールート。地竜殺しのマールートと呼ばれている」

「地竜殺し……って、僕たち以外にも!?」

「うむ、現存する称号もちは、君たちの他には奴だけだ」


 帝国広しといえど、地竜を殺すことができたのはあの怪人だけということ……。


「現代ではもう逆に絶滅危惧種に近いからな……」

「アッハイ」


 そもそも殺せるだけの数がまずいないのだった。

 帝国が公式に確認し、追跡調査している地竜も実際数えられる程度であるし、見つかっていないものがいるとしたら相当な秘境である。まず遭遇すること自体が難しい。

 まあ、そうであったとしても、個体数は文句なしにレッドリスト入りなのに一向に死なないし殺せもしないし被害が出そうになっても進路をそらすのが精いっぱいの大怪獣なので、マールートとやらがすさまじい実力を持っていることに変わりはないが。


「あれは一応、大学の客という形で、特別に講義に来てもらっていたのだ」

「講義って……あいつ、先生なんですか?」

「うむ。我が魔術学部は、帝国でも随一の魔術教育機関だと自負している。しかし東部の魔術研究機関竜骸塔は、こと戦闘魔術においては我々以上、間違いなく帝国一の実績と歴史がある。マールートはその《竜骸塔》の開祖にしていまなお君臨する長なのだ」

「そんなにすごいやつなんですか?」

「奴の種族はよくわかっていないが、史書通りならば奴は五百年の研鑽を重ねた怪物だよ。しかも地竜を殺してのけたのはその五百年前なのだ」

「デビューが地竜殺しって、僕たちみたいだな……」


 紙月と未来、《魔法の盾マギア・シィルド》のふたりも地竜殺しでデビューを飾ることになった。マールートは五百年前にその先例を作っていたある種の大先輩ともいえる。


「よくそんな大物が講義に来てくれましたね」

「うむ、私も《塔》の魔術師をひとりふたり寄越してくれというつもりで誘いの手紙を出したのだが、やつめ……!」


 ガリンドは忌々しげにうなった。


「『暇だから来てしまったわい』などと前触れもなく急にやってきおって……! 歓迎の準備も整っておらんのに……! 従者の死んだ目と分かり合えてしまったのが悔しい……!」

「悪気はないけど迷惑なやつだ……」


 重鎮らしからぬフットワークの軽さである。

 その後も学部棟内を我が物顔でうろつきまわり、講義室を気ままにのぞいては講義の邪魔をし、学生たちの活動に紛れては廊下を爆発させたり、忙しい中、学部長室でだらだらと老人特有の長話をして茶を飲んで行ったり、中庭で学生に交じって籠球コルボ・ピルコで汗を流して講義さぼらせたり、肝心の特別講義も「こまかい理屈はどうでもいいから一番破壊力高いやつが正義じゃろ」と開幕大爆発したり、と出るわ出るわ学部長ガリンドの怨嗟の声である。多分本人にはさすがに面と向かって言えなかったのだろう。招いた側でもあるし。


「奴は自己中心的性格、典型的体育会系、魔術師にあるまじき根性論者で、書を捨てて火を放つ典型の蛮族だ……!」

「うーん、会社の会長さんとかが急にやってきて荒らしてく感じの奴かなあ……」


 話を聞く限りでは、被害を受けて尻拭いに奔走させられたガリンドのフィルターを外してみれば、多少厄介ではあれおおむねファンキーでフットワークの軽い陽キャ感はある。

 今回はそれが行き過ぎたもの、と見ることもできないではないが……。


 いやでも相方さらわれてるしな、と未来は思い直した。

 紙月は陽キャ感はあるが、あれで割と面倒くさい内向性を持つ陰キャである、と未来は相方のことをだいぶ失礼な理解の仕方をしていた。天然陽キャ天上天下唯我独尊系の俺様竜人は、会話はできても気は合わなさそうだ。

 早く助けてあげねば、と未来は気持ちを改めた。


「そのなんかえらい人が、どうしてまた紙月を?」

「うむ。おそらくは同じ地竜殺しの称号を持つ魔術師に興味を惹かれたのだろう。先ほども言ったが、現代では地竜殺しの称号を持つものはいなかったのだ。それはつまり、奴ほど強大な魔術師もなかなかいないということでもある。辺境の飛竜殺しに興味がない辺り、あくまで魔術師を求めているのだろうな」

「本人がすっごく強いから、自分くらい強い魔術師が気になったってことですか?」

「恐らくはな。やつはしばしば《竜骸塔》の魔術師の不甲斐なさを嘆いていた。生半可な魔術師では奴の期待に沿えんのだろう。君たちの冒険譚のどこまでが本当かは知らんが、それでも大層な魔法の噂は広まっている。そのうえ、シヅキは美人だろう」

「はい」

「今日一番に力強い肯定だな……ともあれ、奴は竜なのだよ。それも悪竜だ。悪竜伝説の影響をいくらか受けている、らしい」

「悪竜……ドラゴンってことかな」

「高慢で強欲、独占欲が強く、宝物を集めてはそれを守り、奪おうとするものがあれば地の果てまで追って殺そうとする。奴にもそういう面があると聞く。奴の宝物はものに限らない。ヒトもだ。男女かかわらず見目麗しいものを好み、強きものを好む」

「じゃあ、紙月が危ない!」

「君、相方のことになると大概ひどいな。まあそういう話をしているわけだが。強く、そして美しいシヅキのことを持ち帰ろうというのだろうな」

「そんな……持ち帰ってどんなひどいことを……!」


 未来は憤った。

 具体的にひどいことというのが小学生の未来には詳細には思いつかなかったのだが、なんかこう、そういうのを想像するとぞくぞくして頭がかっとなるのでそういうのは絶対によろしくないと思うのだった。


「マールートは悪辣だ。悪辣ではあるが、わかりやすくもある。力を信奉するやつのことだ、どんな手段であれ、力づくで黙らせればなんとか……」

「わかりました。それなら話が早い」

「待て待て待て、意外に血の気が多いな、君は」

「止めないでください! このままじゃ紙月が、その、えっ、えっちな目にあうかも……!」

「君も男の子だな! だが落ち着きたまえ! あれは地竜殺しだぞ!」

「僕らだって!」

「違うのだ! 君たちが倒したというのは、雛だろう。だが奴が地竜殺しとなった五百年前は、成体の地竜がまだ何頭も生きていたころだ。あれはそれを何頭も討ち取っては、自らの城を築いたのだ。それこそが《竜骸塔》なのだよ」


 地竜殺しマールート。その伝説の恐るべきところは、雛などではなく成体の地竜を、しかも複数討伐したという記録が残っていることだ。

 ほとんど伝説に近いので正確性は怪しいところもあるが、《竜骸塔》は少なくとも複数の地竜の死骸を建材にしていることが判明しており、研究によっては五十メートル越えの地竜が使用されたという説も述べられている。

 これはよく知られている伝説上の最大個体ラボリストターゴの二十五メートルを倍する巨体である。


「五百年前のことだ、どこまで真実かはわからん。しかしやつが成体の地竜を討ち取ったのは事実だし、戦乱を戦いぬいて領地を得た貴族でもある。真っ向から相手すべきではない!」

「それでも……それでも、僕は! 紙月を!」

「ダメだ! 奴と君たちが真正面からぶつかってみろ!」


 学部長ガリンドは我がことのように必死になって止めた。

 実際、これ以上なく切実に、我がことだったのである。


「これ以上は本当に学部棟が崩れるから……! 補強工事がまだ済んでおらんのだ……! 予算が、死ぬのだ……! 修繕費も底をついているのだ……! 奴が払う払うといったまま前払い金も出さんからこの厳冬なのに一部穴が開いたまま着工もできておらんのだ……!」

「アッハイ」


 金は、命より重い。






用語解説


・パーティチャット

 ゲーム内システム。パーティメンバーの間でのみ使用できるチャット機能。

 この世界ではパーティメンバーの間でのみ使用できる、音声を必要としない、念話のような形で再現されているようだ。


・《ポーション(小)》

 ゲーム内アイテム。《HPヒットポイント》を少量回復させてくれる。高レベル帯になるとほとんど気休め以下の効果しか期待できないが、《空き瓶》と重量が同じなので、折角なので中身を詰めているプレイヤーも多い。

『危険な冒険に回復薬は欠かせない。一瓶飲めばあら不思議、疲れも痛みも飛んでいく。二十四時間戦えますか』


・《竜骸塔》(La Fuorto de Mortadrako)

 帝国東部エルデーロの森(La Erdelo)に所在する歴史ある魔術師養成所。

 地竜の遺骸を建材にして建造したとされるが、内部の詳細は部外者には秘匿されており、不明な点が多い。

 この地竜は塔の開祖らが討ち取ったものであると伝えられ、伝承通りであれば最大五十メートルを超えていたとされるが、文書により大きく異なり正確性は疑わしい。

 事実であれば伝説上でも数値の証言がおおむね一致している最大個体ラボリストターゴの二十五メートルをゆうに超えている。

 おそらく塔全体の外観から必要な建材を推測して逆算した数値と思われる。


・籠球(コルボ・ピルコ)(korbopilko)

 五人対五人の二つのチームが対戦する球技。

 使用するボールは一つ。

 長方形の競技場の両端に十尺の高さでリングが設置され、相手チーム側のリングにボールを入れることで得点となる。

 平均身長150ー160cmで他種族に比べて突出したところの少ない人族限定チームは少なく、公式戦においては異種族混合チームが主流。

 古代聖王国時代から存在した人族の遊戯であるといわれる。また一説によれば「バスケがしたいです………」と天啓を受けて発狂した若者が「諦めたらそこで試合終了」だと生涯を通じて広めたともいわれる。


・悪竜

 この世界には竜種という生き物が実在するが、悪竜はあくまでも人族由来の伝説上、空想上の存在である。彼らの言葉ではドラゴンなどと呼ばれていた。

 複数の形状、生態が語られているが、多くは爬虫類であり、高度な知性と悪辣な精神を持ち、最後は打ち倒されるという伝承が多くみられる。


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