第九話 門出の祝いに

前回のあらすじ


新世界で、二人は改めて冒険を始めることにするのだった。






「楽しく生きるのう。いやはや、若者らしくていいわい」

「爺さん、そこ『いい加減で』って包み隠してんのわかってるからな」

「奥ゆかしい心遣いというもんじゃよ」

「全く」


 弛緩した空気の中で、錬三はゆっくりと煙管をふかして、それからじっくりと二人を眺めた。


「若い二人の門出は祝ってやりたいところじゃがな」

「言い方」

「楽しく生きていくと言って、お前さん方、あてはあるのかね」


 あて、といわれて二人は顔を見合わせた。

 何しろ二人とも、あてというあてなど考えたこともない。

 一応これくらいの資産はあるがと、いままでの依頼でため込んだ額を示してみたが、鼻で笑われた。


「まあ、確かにそれなりの額ではあるがのう、人間生きていくだけで金はどんどん減るぞい」


 こう言われてうぐぐとうなったのが財布を握る紙月である。

 何しろ金の出入りは逐一把握している紙月であるから、言われていることはよくわかった。

 それなりに節約しようとたびたび思うのだけれど、自炊するわけでもなし食事は外食ばかりで、宿も賃貸というか事務所の寮を借りている。金は出ていく一方で、依頼はなかなか入らず収入は不安定。


 これは立派に当てがないと言ってよかった。


 いざとなればゲーム内通貨を換金して、と言えば、帝国貨幣の信用度めちゃくちゃにしたくないならやめろなどと言われてしまった。そう言う錬三も、ゲーム内通貨は現金という形では一度も使用したことがないらしい。


 へこむ紙月に、錬三は笑って見せた。


「なに、わしも森の魔女と盾の騎士の話はよくよく聞き及んでおるからな。あれじゃろ。最近依頼が入らんのじゃろ。ちょいとやんちゃが過ぎたのう」

「ぐぬぬ」

「そこでちょっとわしからの提案があるんじゃがな」

「提案?」

「なに、身構えんでもいい。今まで通り冒険屋をやってくれればいいというだけの話じゃよ」

「フムン」

「そこにわしの方からこれぞという依頼を回してやる、というわけだ」


 これには二人が小首を傾げた。


「爺さんからっつって……」

「そもそもお爺ちゃん、なにやってるの、いま?」

「いろいろやりすぎて何という訳にもいかんが、まあ物造りの先端じゃな」

「じゃあまた鉱石集めて来いとか、素材取るために魔獣狩って来いとか、そういうのか?」

「そういうのもあるが、ここ最近は副業の方で問題があってな」

「副業」

「なんしろわし、現代世界の知識をいろいろ持ってきておるじゃろ。で、それをもとに商売しとる。これが目立って、帝室から相談顧問役のお役目を受けておってな」


 さらっと言ってのけるが、それはつまり帝国の、その頂点たる帝王とその一族の相談を受けているということであり、生中な事ではない。


 実際には帝王が全て決める独裁制ではなく、貴族たちが合議の末に帝王が決裁するというかたちのようだが、それにしても大した立場である。


「まあその方面からの、最近どうにもあちこちできな臭いことが起き取るっちゅう話を聞いておってな」

「きな臭いこと?」

「うむ、現状、事故や自然災害という形で緘口令を布いておるが、帝国各地で奇妙な事件が頻発しておる」

「それってもしかして」


 ちらと頭に浮かんだのは、帝都大学で聞いた与太話である。


「うむ、当事者ともなれば察しが良いな。そうじゃ、聖王国の破壊工作じゃとお上は睨んどる」

「うへぇ。与太話じゃなかったのか」

「与太で済めばよかったんじゃが、痕跡の類を集めていくと、どうにも奇妙に優れた技術力が見えてきてな。これは国力こそ衰えているものの技術力はいまだに保持している聖王国の仕業しかない、と帝国は見ておる」


 これが内部の貴族たちによる内乱などであれば技術力はたかが知れているし、第一今日日の帝国に内乱を起こして得をするような派閥というものはこれが見当たらない。良くも悪くも帝国は長らくの平和によってうまく統治されているのだ。


 隣国である遊牧国家アクチピトロはそもそも高度な技術力を持たず、ちょっかいは出してくるが改まって仕掛けてくるほどの考えは持たない。

 では大叢海をはさんだファシャはどうかと言えば、こちらは十分に国力があり、技術力も帝国と大差ないとはいえ、わざわざ大叢海と大海原とを乗り越えてまで喧嘩を売りに来る理由が差し当たってないのである。互いに大きな領土をまとめ切るので精いっぱいのところがある。


 他に海洋諸島連や山岳の小国家などが見られるが、これらも交友こそせよ、争うに至る理由などまるでない。


「あとはまあ、大洋を超えた先の南大陸なんかじゃが、そちらはまだ国交すらまともに成り立っとらんからなあ」


 となるとやはり、帝国の唯一と言っていい仮想敵国たる聖王国のテロリストたちとみるのが妥当なのだという。


「まあもしかしたら妙に技術力の高いカルト教団がトチ狂っただけかもしれんが、脅威なのは変わりない。そこで怪しい動きを見かけたら帝国も調査しておるのじゃが、どうにも手が足りんでな」


 帝国もただ調査するだけならばそれなりの人員はあるのだそうだが、問題はいざ工作員と遭遇してしまい、その破壊工作を止めなければ、などといった切羽詰まった状況になった時、即時対応できるだけの実力者というものは限られているということだ。


「騎士団や、冒険屋組合の上層にいくらかはおるんじゃが、そうそう動かすわけにもいかん。フリーで動ける強力なエージェントが必要という訳じゃよ」

「つまり、俺たちにそれになれってのか?」

「なあに、いままでとやることは変わらん。事務所で退屈にあえぎながら依頼が来るのを待っておる時に、わしの方からそれらしい依頼を発注してやる、ちゅうだけのことじゃ」

「ちなみに請けなかったら?」

「わしは冒険屋組合にも顔がきくとだけ言っておこうか」


 請けねば干される、ということらしかった。






用語解説


・特にないのは平和な回

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