第十一話 森での仕事

前回のあらすじ


昼飯を平らげて、渋々秘密基地に戻る未来。

大人でも子供でもない、曖昧な時期なのだ。










 秘密基地に戻った未来は、すでに集まっていた子供たちに迎えられた。


「おせーぞミライ!」

「君たち早いね」

「飯なんてすぐだろー」


 まあ、食べる量が違うのだろうと未来は純粋に考えたが、実際その通りで、大人以上に食べる未来の食事量と比べるまでもなく、普通の町民の昼食というものはそこまで大量ではない。

 勿論、質素な朝食と比べて、労働にいそしんだ後の昼食はそれなりの量が摂られるが、それでも一般の町民の昼食と言えばやはりパンとチーズ、それにスープ程度のものである。


 味わうということを知らない食べ盛りの子供たちにとっては、それこそだろう。


 子供たちはみな背負子や背負いかごを背負い、少し厚手の服を上に着こんでいた。


「なに、どっかいくの?」

「森に決まってんだろ」

「森?」


 小首を傾げる未来に、クリスが説明してくれたのは、つまりこういうことだった。


 成人前の子供たちと言えどただ食って遊んでいればいいという訳ではなく、家族として家計に貢献するのが当然である。

 例えばこの秘密基地の子供たちくらいの年齢ならば、もう成人も近いし足腰もしっかりしてきているから、ある程度の労働ができるようになってくる。

 家の手伝いがあればそれらをこなすし、そうでなければ、もっぱら森に出て小遣稼ぎも兼ねて薪拾いや果実・山菜取り、そして運が良ければウサギなどを狩ってくるのだという。


「成程。じゃあみんな忙しいみたいだし僕はこれで、」

「はい、これお前のかごな」


 残念ながらすでに仲間認定されている以上、逃げるという選択肢は許されなかった。


 至極面倒くさそうな未来に、クリスがとりなす。


「まあまあ、きっと町にはない刺激があるよ」

「わーお、それはたのしみ」


 棒読みで答えて、まあ、しかし、確かに町の中で退屈していたのだから、森に散歩に出るというのも悪くはないのかもしれなかった。子守さえなければ素直に楽しんでも良いところだ。


 秘密基地を出た一行は、クリスを先頭に西門を出た。門番も慣れているようで、引率のクリスが冒険屋章を見せると、気をつけてなと一声かけて、それで通してしまった。

 安全管理という言葉が頭に浮かんだが、未来は大人げなくそれを口にするような真似はしなかった。


 この西門は、最初に未来たちがスプロの町を訪れた時に使った東門とは真逆にあたり、出てすぐに伸びる街道沿いに森が広がっているのが特徴だった。

 森に入る道はある程度、人の出入りが頻繁にあるらしく、獣道よりも大分ましな程度に均されていた。とはいえもっぱら使うのは子供たちくらいのもののようで、鎧を着こんだらつっかえるような程度だった。


 ある程度進んで、獣道もどきが本格的に獣道になりかけたころ、クリスが立ち止まった。


「よし。じゃあ今日はこのあたりを中心に薪拾いしようか」

「おー!」

「はーい!」

「う、うん」

「はいはい」

「はいは一回。いつも言ってるけど、茸は見分け方が難しいから採るんじゃないよ。あとヘビを見つけてもちょっかい出さないこと」


 子供たちはクリスの注意もそこそこに、早くも森に繰り出したくてたまらなさそうだった。


「ミライは今日が初めてだから、ゴルドノ、見てあげてくれ」

「えー、わかった」


 今日が初めてというか今日で終わりにしたいんだけど。

 とは思いつつも、付き添ってくれると言うのに不満そうな顔では失礼であると、精々愛想笑いを作ってよろしくと言ってみたのだが、一方のゴルドノはいかにも不機嫌そうである。

 誘ったのはお前だろうとは思いつつも、まあ、子供の期限など秋の空と似たようなものだ。未来は自分も子供であることをまたしても器用に棚に上げた。


 森の中は、じっくり見てみると成程、期待以上に面白いものであった。

 都会っ子である未来にとっては見るもの聞くもの触るもの、みな初めてのものであるばかりでなく、それらは元の世界で見かけなかった特徴をも持っているのであった。


「俺は薪になりそうな枝拾うから、お前は木の実とか団栗グラーノとか、山菜とか拾え」

団栗グラーノってなに?」

「お前団栗グラーノ知らねえの? あー……こんなのだよ」

「ドングリか。どうするのこれ」

「粉にしたり、油採ったりするんだよ。お前ほんと物知らずだな」


 ゴルドノの上から目線にムッとしなかったかと言えばうそになるが、しかしそれ以上に感心したのは、このゴルドノが馬鹿にするだけでなく、教えることはしっかりと教えてくれたことである。

 山菜についても、食べられるものとそうでないものをよく見分けて、未来が持っていったものは手早く仕訳けてしまう。


「これ雑草。これ食える。これ食える。これ雑草。これと似た感じのは毒草もあるから採らなくていい」

「これは?」

「これも雑草」


 未来が感心してせっせと手を動かし始めた一方で、ゴルドノもまたこの新入りにひそかに感心していた。やり方が賢いのである。目に入った範囲の草花を一つずつ摘んでまとめて確認しに来て、そして一度教えたものは忘れずに摘んでくる。

 これがヴェルノや、年下の子供たちだと、適当にごっそりと持ってきて、ゴルドノがせっせと仕分けする羽目になる。がいままで普通だっただけに、が恐ろしく楽だということにゴルドノは生まれて初めて気が付いたのだった。


 ただ、物知らずなことには参った。本当に手当たり次第目に入るものを全て確認させるため、ゴルドノは知っている限りの草木を一通りおさらいした気分だった。


「ゴルドノ」

「今度は何だよ」

「なんかやばそうなのがあるんだけど」


 言われて見に行った先に落ちているのは一見して大振りの団栗グラーノである。そそっかっしいセオドロあたりなら拾ってきそうなものだが、ゴルドノはピンときて、まず木の枝でひっくり返して、全体を確かめた。それから触れないように鼻を寄せて匂いを嗅いだ。少し甘いにおいがする。


「うん、これは拾うな。触るな。……この木だな。この近くには寄らなくていい」

「なにこれ?」

「わかんないのにやばいってわかったのかよ……爆裂エクスプロディ団栗グラーノだよ」


 未来がそれは何かと聞くと、ゴルドノはざっくりと答えた。


「握ると指が吹き飛ぶやつ」

「こわっ」

「普通のよりでかいし、甘ったるい匂いがするから、そそっかしくなきゃわかる」


 成程、と未来は頷いた。

 というのも獣人の鼻には確かにドングリらしからぬ甘い匂いが感じられたし、なにより火精がわずかに見て取れたのである。それで危険だと分かったのだった。


 その後もせっせと木の実を拾い、山菜を見分ける未来の仕事ぶりが、気に食わないのがゴルドノである。文句も言わないし仕事もできるし、ゴルドノに迷惑をかけないしといいことづくめなのだけれども、そのあまりにもできるところが何となく鼻にかけたようで気に食わないのである。


 また、着ている服もほつれもない上等なものだし、言葉遣いもしっかりしていていかにも金持ちの子供のようである。


 これだけ気に食わない要素が積み重なる上に、どうも未来はクリスに気に入られているらしいのが、ゴルドノの気に食わなかった。新入りのくせに、というわけだった。


 ここで陰湿ないじめに出ずに、スパッと切り出すのがゴルドノの浅慮な所であり、また気風の良いところでもあった。


「おいミライ」

「なにさ?」

「おまえクリスにどう売り込んだんだよ?」


 これに面食らって、未来は思わず二度見した。二度見したうえ、聞こえなかったふりをしたいくらいだった。


「ごめん。なんだって?」

「だからその、クリスにどうさあ、売り込んだんだよって」

「売り込むって」


 別段特別なことをした覚えはない。

 覚えはないが、ふと思い出されたのは子供たちがいなくなった後、頼みこまれた件である。


「なんか心当たりあるって顔だな!」

「いや、まあ、なんというか」


 心当たりがあるはあるが、まさか、君たちのあこがれの先輩が女を紹介してくれと迫ってきた、などと言ってはクリスも立場がないだろう。


「うん? いや、うん、そうだな」


 と思ったが、考えてみればクリスの立場がどうなろうと未来にとってはどうでもいいことなのである。むしろ適当に失脚でもしてくれた方が紙月にちょっかいを出すやつが減っていいかもしれない。

 無邪気に悪辣なことを考えて、未来は素直にしゃべった。


「いや、森の魔女の話をしたじゃない」

「おう」

「あれで知り合いらしいって気づいたらしくて、紹介してくれって言われてさ」

「え?」

「だからさ」

「お前森の魔女と知り合いなの!?」

「そっち?」


 はばかることのない大声に、セオドロとヴェルノも顔を上げた。


「なに、なになに!?」

「ミライ、森の魔女と知り合いなの!?」

「本当なのか!?」

「えっと、まあ、そうだね。仲良くさせてもらってるよ」

「すげー!」


 こうなるともう滅茶苦茶で、子供たちは仕事そっちのけで未来に迫るのだった。


 監督役である、クリスの制止も聞かずに。










用語解説


団栗グラーノ(Glano)

 ブナやカシなどの木の実の総称。いわゆるドングリ。

 我々が良く知る大人しいドングリの他、爆裂種や歩行種、金属質の殻に覆われたものなども存在する。


爆裂エクスプロディ団栗グラーノ(Eksprodi glano)

 爆裂エクスプロディクヴェルツォ(Eksprodi kverco)の殻斗果、つまりドングリ。

 春から夏にかけて気温が高くなると、内部のメタ・エチルアルコールが封入された火精と反応して爆発し、種子を周囲にぶちまける。爆発自体は小規模だが、子供などが手に握ることで温度上昇、炸裂し、指などを吹き飛ばす事例がある。

 また、植物でありながら火精を扱う珍しい魔木として研究もされている。

 なお、この実自体は渋みが強く、流水で数日あく抜き・火精抜きをしなければ食べられない。


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