最終話 スタンド・バイ・ミー

前回のあらすじ


初めて命を奪うという行為を知った未来。

その重さは、いまもまだ、受け止め切れない。










 子供たちを送っていった先では、心配していた親御さんに頭を下げて感謝され、盾の騎士様のお世話になるなんてと恐縮され、いえいえこちらこそこんな時間までと謝罪合戦だった。実際、クリスはともかく子供たちはもっと早く帰してやるべきだった。


 《レーヂョー冒険屋事務所》に顔を出した時は、所長のレーヂョー氏自ら出迎えてくれた。

 この事務所は《巨人の斧トポロ・デ・アルツロ冒険屋事務所》と同じくらいの規模だったが、所属している冒険屋は町のこまごまとした雑事や、ちょっとした害獣の駆除くらいを扱っている、どちらかといえば何でも屋といった具合の事務所だった。


 どちらかと言えば荒事ばかりを専門としている《巨人の斧トポロ・デ・アルツロ冒険屋事務所》とは依頼が被ることは少ないようで、なるほどそれは顔を合わせることもなければ存在も知らない訳である。


 とはいえ向こうは盾の騎士の勇名をよくよく知っていたようで、事の次第を話すと土下座せんばかりに謝罪してくれ、かえって申し訳なくなる程だった。


「クリスは熱心な子でして、今回のこともきっと悪気があった訳じゃあないんです」


 と一応はかばうようなことを言いもしたが、しかし厳しいところはしっかりと厳しいらしかった。


「とはいえ、子供たちも危険にさらして、盾の騎士殿にもご迷惑をおかけして、とても冒険屋を名乗らせるわけにはいきません」

「そんな、所長!」

「ばかもん! お前がやったことだろうが!」


 これに待ったをかけたのは未来である。


「まあまあ。幸い、今回は大事にもなりませんでしたし、今回の件でクリスも反省したことでしょう。失敗の経験は良い教訓となるはずです」

「むう……しかし世間様にも盾の騎士殿にもご迷惑をおかけして」

「それでしたらこういうのはどうでしょう」


 未来が持ち掛けたのは、無償での社会奉仕である。ある程度危険のある依頼はさせるわけにはいかないが、細々とした雑事のような依頼を無報酬でやらせて、本人への罰と、事務所としての謝罪を兼ねるということである。


 それで反省して努めるならば目があるし、途中で倦んで止めてしまうならばもとよりそれまででクビにしたらよい。


「フムン。そのような形でよろしいとおっしゃるならば……おい、クリス。どうだ」

「はっ、はい! 誠心誠意努めさせてもらいます!」

「うん、よし」


 本来ならばすぐにもクビにするところだったところを助けられて、所長ともども感謝の言葉を雨あられと投げかけてくるクリスには悪いが、未来も別に同情だけで再起の道を残したわけではない。

 クビになったクリスが路頭に迷い物乞いに落ちる姿を見るのは忍びなかったし、ましてそれで物取りや夜盗にでもなられた日にはたまったものではないという至極個人的な感情の方が大きかったのだ。


 それに、安定していた子供たちの集まりに、未来という異分子が挟まったことであんな事件につながったということを思えば、いくらか責任感も沸くというものだ。


 《レーヂョー冒険屋事務所》を後にして、《巨人の斧トポロ・デ・アルツロ冒険屋事務所》に帰ってきた頃には、未来はもうすっかり心も体も疲れ果てていて、広間で内職をしていたらしい紙月が気楽な調子でおかえりと迎えてくれたのには心底ほっとした。


「どうした? なんか疲れてるか?」

「まあ長い一日だったよ」

「ほーん。腹減ったろ。晩飯食いに行こうぜ」

「うん、行こう。お腹減った」


 二人は少し相談して、馴染みの酒場である《踊る仙人掌カクート亭》で夕食を摂ることになった。


 味わい深いかぼちゃのスープは、かぼちゃの外にイモや豆の類を一緒に裏ごしして乳と煮込んだもので、どろりと濃厚な食べ応えは、飲むというよりは食べると言った方がいい。食べるスープだ。

 その中にさらに、ほくほくとよく煮えたかぼちゃがごろっと沈んでいて、これがまた、腹にたまる。


 成長期には肉だよ肉、とどっかりと皿に盛られたのは大嘴鶏ココチェヴァーロの焼き物だ。

 鶏の巨大な奴、とはいってもやはり大嘴鶏ココチェヴァーロは鶏とは全く違う肉質で、どちらかと言えば牛肉に近い。臭みとサシのない牛肉だ。


 物知りな紙月はダチョウっぽいなどと言うけれど、紙月自身も食べたことはないので、話に聞いた限りではということらしい。


 この焼き物はステーキのようにただ焼いたものではなく、ちょっと手が込んでいる。


 まずよく叩いた肉に下味をつけて、粉をまぶし、溶き卵に生クリームとチーズを削って加えたものをまぶす。このクリームとチーズはどちらも鶏乳を使ったものだ。

 《踊る仙人掌カクート亭》ではこの卵液にいくつかのハーブを混ぜ込んで香りを立たせている。


 これを大嘴鶏ココチェヴァーロの皮の油を敷いたフライパンでさっと焼き上げる。焼き過ぎると卵の衣が硬くなるし、早すぎると火が通らない。手早く、しかししっかりと表裏を焼くのには、熟練の感覚が必要だ。


 こうして焼き上げられた肉に、付け合わせとしてごろっとした芋や、豆などが付く。


 一つの料理に大嘴鶏ココチェヴァーロの卵も乳も肉も皮もみんなつかうので、この料理は《完全インテグロ》とか、《完全なインテグラ大嘴鶏ココチェヴァーロ》とか呼ばれていて、西部ではちょっとしたご馳走扱いだ。


 名前だけでなく、味わいも大層なもので、うまく焼けたものは切ると肉汁がどっとあふれてくる。それを衣の卵と絡めていただくのだが、これがまた、たまらない。

 卵の衣の表面はカリッとしているのだが、中はふわりとして、溶けたチーズがもちっと絡む。そこに肉汁が加わると味わいがぐっと深まる。

 そして卵の衣に包まれた肉はうまみの全てを内側に閉じ込めていて、噛み締めるとそれが一時にあふれ出してくる。牛肉だと、独特の臭みが邪魔をしてしまう。しかし臭みのない大嘴鶏ココチェヴァーロの肉だと、卵の衣とうまく調和して、口の中で一体に融合してくる。


 うまみとうまみ、喧嘩することのないうまみの力が二倍どころか二乗にも三乗にもなって襲ってくる。


 高級な店などは、さらに上から鶏骨の出汁と鶏乳の生クリームから使ったソースなどをかけるというが、さすがにそこまでしてしまっては重犯罪レベルだと未来は感じている。人死にが出る。


 普通の一人前もお腹に入らない紙月の分までぺろりと平らげる未来の健啖ぶりを、微笑ましいやら胸焼けがするやらといった気持で眺めながら、紙月は竜舌蘭酒アガヴ・ブランドを舐めた。これはテキーラのような蒸留酒で、最近の紙月のお気に入りだった。


「なあ未来、今日はどんなことがあったんだ?」

「えーと……」


 べろりと唇についた脂をなめとりながら、未来はちょっと考えた。

 素直に子供たちととんだ冒険をしてきたなどとは言えないし、ちょっと鹿雉ツェルボファザーノを絞め殺してきたなどと言えるわけもない。心配した紙月が付きまとうようになったら、お互いの為にならない。


「あー、まあ、近所の子供と遊んで来たよ」

「ほほう。近所の子供と」

「意外?」

「精神年齢が合わないんじゃないかと」

「あー、まあ、ね、うん」


 実際そうだった。

 森での採取はまあ悪くなかったが、子供の会話に付き合ったり、叱りつけたりというのは、未来の普段からすると過重労働も同然だった。思い出すだけでもどっと疲れが感じられるほどだ。


 そしてその疲れを思うと、普段から自分の面倒を見てくれている紙月はどれだけ苦労しているのだろうかといまさらながらに思われるのだった。


「……いつも面倒見てくれてありがとうね、紙月」


 しみじみとした感謝の言葉に、紙月は訳も分からず小首を傾げるのだった。










用語解説


・レーヂョー(Reĝo)

《レーヂョー冒険屋事務所》所長。

 冒険屋としての実力は大したことがないが、温厚な人柄もあって所員からは慕われている。

 趣味は小説の執筆。


・《踊る仙人掌カクート亭》

 先代店主が荒野で行き倒れしそうになったところを踊る仙人掌カクートに助けられ、スプロの町に店を開くようにと天啓を受けて開いたという、ちょっと正気を疑う経歴のある店。

 しかし実際料理の味は良く、サービスも行き届いた良宿である。

 ただ、当代店主も謎の仙人掌カクートを崇めているらしいが。


完全インテグロ/完全なインテグラ大嘴鶏ココチェヴァーロ

 大嘴鶏ココチェヴァーロの肉に、大嘴鶏ココチェヴァーロの卵と生クリームとチーズを混ぜ込んだ衣をつけて、大嘴鶏ココチェヴァーロの皮の油で焼き上げた大嘴鶏ココチェヴァーロ尽くしの一品。

 西部ではちょっとしたご馳走。

 《踊る仙人掌カクート亭》の二大名物の一つ。もう一つは仙人掌カクートステーキ。


竜舌蘭酒アガヴ・ブランド

 竜舌蘭アガーヴォから作られた蒸留酒。テキーラのようなもの。

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