第七話 闘技1

前回のあらすじ


ぶつかり合う馬と馬、騎士と騎士。

たぶんもう二度と出てくることのない騎乗した騎士同士の戦闘である。






 馬上槍試合の競技が短いながらも濃密なことに比べて、闘技は、端的に言えば全体に薄く、むらがあるようだった。


 先の馬上槍試合が騎士だけであったことに比べて、闘技の部は、冒険屋だけでなく町民などでも参加できることに加えて、弓や投擲の技術を殊更に必要とせず、参加料さえ支払えば本当に参加できるということがその理由であったように思う。


 勿論、参加料は決して安価ではないものの、冒険屋でこれに参加しないものはまずいないと言ってよく、非番の衛兵たちも普段冒険屋に困らされている分を仕返ししてやろうと熱心に参加してくる。旅の武芸者も話を聞きつけてやってくる。

 参加料をカンパで集めた力自慢の町民や農民も、お祭りごとだからと記念参加するものも、とにかく金さえ払えば参加できるのだから、娯楽の少ないスプロの町で、これで盛況にならない訳がない。


 予選の内は、ほとんど町内会の相撲大会と変わらないような試合やら、一方的に武芸者があしらうだけの試合、たまにうっかりかち合ったつわもの同士の試合など、それらが広場をいくつかに区切ってあちらでもこちらでもと次々行われて昇華されていくものだから、観客としても目が泳ぐ目が泳ぐ。


 そんな試合を見ている暇もないのが臨時施療所だった。


「おい、おい、こんなに忙しいなんて聞いてないぞ」

「そりゃ、お前さん、森の魔女がいるからに決まってるじゃないか」

「おまけに女三人となれば、寄っても来ますよねえ」

「くそっ騙された!」


 森の魔女の名声と、趣の異なる女性三人という見栄えの良さが、誘蛾灯のように人を誘うらしく、ちょっとした怪我でも診てくれと次々に自称怪我人が列をなしてやってくるので、臨時施療所は野戦病院さながらの忙しさだった。


「もうちっと怪我の度合いがひどいんなら真面目にもなるけどよ」


 さながら、とはいえ、実際のところは、転んで擦り傷を作ったとか、殴られてあざができたとか、しこたま打ち付けてコブができたとか、ひどくても精々突き指程度のものだ。


 数はこなせるから経験だけは積めるかもしれないが、要らん経験ばかり積んでも全く得にはならない。


 どうせ退屈するならと思って了承したが、まさかここまで忙しくなるとは全く想定もしていなかった。

 本来であれば温葡萄酒ヴァルマ・ヴィーノ林檎酒ポムヴィーノ片手に暢気に観戦して、未来や事務所の連中の試合の時だけ応援してやるつもりだったのに、これでは応援どころか観戦もままならない。


 そう言った苦言を、まさか、擦り傷程度とはいえ怪我人相手に言う訳にもいかず、ただただフラストレーションばかりがたまっていく中、ふと紙月が思いついた。


「あ、そうだ」

「なんだい、手を動かしてくれよ」

「ちょっと待て」


 近くにあった適当な箱をずりずりと引きずってきて、足元に置く。

 何事かと見守る怪我人たちを気にした風もなく、メモ用に置いてあったチラシの裏紙にさらさらと文言を書き連ね、箱に張り付けてやる。


 そこにはこのように記してあった。


「『お気持ち箱』……おい」

「勝手に商売はいけないんじゃあ……」

「料金じゃない。お気持ちだ。このクソ忙しい中、時間をとって癒してもらおうというんだからそれはそれは癒されたいというお気持ちがあることだろうよ」


 このしれっとした発言には、さすがに自称怪我人たちもドン引きした。

 ドン引きしたが、突き指した怪我人がそれくらいならと小銭を入れて、列を融通してもらうと、ざわめきだした。


 結局、金を払ってもいいからさっさと治してくれという連中や、その程度の支払いをけちるようなこともない連中を除けば、ほとんど多くのものが気まずくなって列から離れていった。

 腕のいい冒険屋などは怪我に対する治療に金を惜しまないので、少人数でも結構な儲けになる。


 中には断固として金を払わないものもいるが、別にそれはそれで正しい使い方なので構わない。単純に対応が塩対応になるだけだ。

 中には金を払ってもいいから塩対応してくれという変わった連中もいたが、そういうお店ではないので冷たい視線だけで満足していただいてお帰り頂いた。


「おい、聞いたか、小銭払うだけで睨みつけてくれるらしいぜ……」

「なんかドキドキするな……」


 そういった徳が低くレベルの高い方々は極少数として、正常に回転するようになると、正常な怪我人たちが徐々にやってくるようになった。試合の方も順調に消化され、ふるいにかけられ、強者ばかりが残りつつあるようだった。


「突き指っつってもいろいろある。骨が折れてる時もあるし、脱臼の時もある。できりゃあまず冷やす。冷やしてむくみを押さえる。そんで魔力で内側を探って、骨をあるべき場所に戻すように想像するんだ」

「骨折して、骨が肉の外に飛び出ている場合は、うかつに触ると毒が入ります。その点では魔術より法術を使った方が安全と言えるでしょうね」

「《回復ヒール》」

「頭の皮膚は切れるとドバドバ血が出るが、傷自体は実は深くねえ。慌てて魔力を消費すんな。ケチれるとこはケチって、少ない魔力で閉ざせ」

「頭を打ったという方は、その中身がどうなっているのかわかりづらいので、迂闊に魔術でいじるとかえって危険です。ただのコブと思わず、神官の診察を受けた方がいいですよ」

「《回復ヒール》」

「単に折れただけじゃなく、べっきべきにへし折れてるときは、骨接ぎが難しい。取り急ぎ止血して、神官に見せた方がいい。魔術で治せる奴はかなり高額とられるぜ」

「貧血で倒れた方は、法術で治そうにも難しいんですよね。ないものを足そうとするのは法術でも難しいんです。水分とって、糖分とって、横になってもらうのが一番ですかね」

「《回復ヒール》」

「反則じゃね」

「反則ですよねえ」

「え?」


 回復遣いの冒険屋ベラドノと医の神官アロオの施術を見て学び、紙月なりに《回復ヒール》に改良が加えられていったのだが、はたから見ればいかさまとしか思えない技能であった。






用語解説


・『お気持ち箱』

 料金箱ではない。強制力も何もない、募金箱である。

 強制力がないことが強制力と言ってもいい。


・徳が低くレベルの高い方々

 稀によくいる。

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