第六話 乳茶
前回のあらすじ
解説で一話丸々使うろくでもない小説があるらしい。
本を読み終えるころには、未来はすっかり疲れてしまった。一話丸々本編と関係のない解説回に使うようなろくでもない小説を読んだ時のように疲れていた。
成程、なかなかに読ませる。
しかし、読むということは結構体力を使うものだ。
ただ読むだけならば、精々目が疲れるだけで済む。
しかししっかり理解しようとよく読むことは体力だけでなく心にも疲れをため込むのだった。
写本に移る前に、読むだけですっかりその分の体力まで奪われてしまうのも、致し方のないことだった。
無性にこってしまったような気のする肩を回し、周りを見渡してみれば冒険屋たちも同じようにだれてきていた。同じ作業に飽きた連中が、先ほどとは役割を分担していたり、作業自体を変えたりし始めている。
紙月はどうだろうと見に行ってみれば、さすがに集中力が尽き、目の疲労も限界らしく、椅子にぐったりともたれかかっていた。テーブルにはごろりと緑色の
そのまま寝入ってしまいそうなくらいには疲れたようなので、未来は紙月をそのままにしてそっと離れた。
見回せば、みなすっかり厭きて、倦んで、疲れている。
しかし他にやることもないので、漫然と惰性で続けている。
何か気分転換になるようなものが必要だ。
未来は紙月にお茶でも淹れてやろうと厨房へ向かった。厨房のものはどれもみな小学生の未来には高く、鎧姿で作業する必要がある。どんな戦場に出向いても目を引くだろう立派な大鎧が、厨房でせこせこと動いているさまはなんだか滑稽だと自分でも思う。
茶を淹れよう、と一口にいっても、事務所の厨房には様々な茶の種類があった。
例えば南部に行ってきた時に買ってきた
豆を挽くミルも買った。
豆も悪くなる前に飲んでしまわないといけないけれど、西部ではあまりなじみのあるものではなく、最初こそ面白がって飲むものもいたが、いまはもっぱら紙月と、砂糖とミルクを入れる未来、それにハキロが好むくらいだ。
また例えば、西方人っぽい顔立ちだからということで、プロテーゾに勧められて買った緑茶もある。これは全く以前の緑茶と同じようなものだった。
もっとも、輸入品であるからやっぱりそれなりに値は張ったし、実は東部でいくらか栽培していて、そちらの方が安いということも知ったけれど、まあ美味しいは美味しい。
これもやはり、事務所の連中にはそんなに受けない。場合によっては、砂糖を入れて飲むものもいるが、やはり、積極的には飲まない。薬と思われている節もある。
事務所の人間がもっぱら飲むのは酒、はともかくとして、茶は、
名前の通り甘い茶だが、これは実は地方によっていろんな種類があった。
例えば東部の
北部のものは、さっぱりと甘いハーブティーのような感じだと聞く。
以前行った南部は、
西部はどうかというと、ある種の花とその葉を乾燥させて、煮出している。
帝都にはそれらの
辺境はどうであるのか、詳しいことはわからない。
どのお茶もおいしいがさてどうしたものかと未来は悩んだ。それぞれ淹れ方も違うし、未来が得意とするものもあれば、そうでないものもある。紙月は正直好き嫌いがなくて参考にならない。
大鎧のままぼけらったと茶の類を眺めていると、同じように一服しようとしたのか、所長のアドゾがやってきた。
「おや、あんたも一服かい」
「ああ、ええ、紙月に淹れてあげようと思って」
「フムン。そうさね、この際みんなの分淹れちまおうか」
ちょうど悩んでいたところなので、アドゾの指示で動くことにした。
水瓶から大鍋に水を移して焜炉にかける。薪を適当な数置いて、焚き付け用にくしゃくしゃに丸めた新聞紙に、
足踏みの
アドゾが棚をあさって用意したのは、あまり見覚えのないものだった。丸い円盤状に押し固められていて、その色ときたら恐ろしく真っ黒だ。
「前に南部で買った
そしてまた食料品などをしまってある氷室から、瓶を取り出してきた。何かと思えば、鶏乳であるという。
「乳茶にしようとおもってね。あんた、飲んだことあるかい」
「西方で。あの甘いやつですよね」
「そうそう。あったまるよ」
大鍋の湯が煮立つと、アドゾはナイフで茶を削って淹れ、煮出した。
水色が濃くなってすっかり茶が煮出されると、アドゾは未来に指示して大鍋を火から外させ、鶏乳を加えた。均一になるようにかき混ぜて、少し味を見て、砂糖を足し、それからバターを放り込んだ。
これをもう一度火にかけ、沸かさないように温めて、出来上がりだ。
「ほら、ぼんくらどもを呼んでおいで」
茶が入ったと冒険屋たちに伝えると、作業にすっかり惓んでいた彼らは、嬉々として自分のカップをもって行列をなすのだった。
用語解説
・
麹菌により数ヶ月以上発酵させる後発酵製法により作られる茶をいう。
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