第七話 冒険譚

前回のあらすじ


読書につかれ、茶を淹れることにした未来。

喫茶の文化も、土地土地だ。 全員に温かい乳茶がわたり、その甘く温まる濃厚な味わいを楽しむと、場はほっと落ち着いた。

 もう内職にはすっかりうんざりして、飽き飽きしていたのである。

 いくら慣れているとはいえ、朝からずうっととなると、さすがに飽きる。

 厭きると手も進まないから、効率も悪い。休むことも大事だ。


 外では嵐が大分強くなってきているようで、窓はガタピシ揺れたが、紙月の魔法で補強しているだけあって、建物はびくともしない。

 しかし、建物自体は問題なくても、中にいる住人たちはどうにも落ち着かない気分だった。


 燃料の節約のために最低限だけ灯された角灯の明かりと、暖炉の明かり、これだけでは室内は薄暗かった。広間は冒険屋たち全員がくつろげるだけ広かったが、窓もすっかり締め切っているし、この空間に全員がひしめいているものだから、閉塞感がある。


 ほっと一息ついたはいいが、開放感のない空間は、どうにも居心地がよろしいとは言いかねた。


 とはいえ、冒険屋たちも嵐が初めてという訳ではない。

 こういうときの過ごし方はよく知っていた。


「よぉーし、いつものいこうか!」

「誰から始める」

「言い出しっぺからやらせてもらおうかね」


 閉塞感を打ち破るような声に、何事かと紙月と未来は目を見張り、そして冒険屋たちはいっせいにはやし立てた。


「よし、よし、じゃあ俺から。この間、薬草摘みで森に行った時の話だ」


 始めるというのは、つまり冒険譚語りであった。

 娯楽の少ない頃であるから、人々が集まって暇をつぶすとなると、こういった物語りは常のことだった。


 まず年かさの冒険屋が語り始めた。


「西門を出た先の森だがね、なかなか目当ての薬草が見つからないから、あっちはどうだろう、こっちはどうだろうって具合に歩き回っているうちに、俺は獣道からも外れてついつい森の奥へと踏み入っちまった。

 何も奥と言ったって庭のような森のことだから、自分の居場所を見失うようなことはなかったが、何しろ足元を藪に取られるのに参った参った。

 そう言えばつい先ごろも鹿雉ツェルボファザーノが出たというし、俺も迂闊なことをして妙な縄張りに入り込んだらいかんなと、木々の幹を見て、触って、獣の気配がないか探りながら、薬草を探して分け入っていったのさ。

 運よく群生地を見つけて俺はかご一杯に薬草を手に入れた。

 よしよし、これだけありゃあ予定よりもずいぶん儲けた。今日は一杯ひっかけていこうかね。

 そう思って、よいしょと木の枝に手をかけて立ち上がるとしたら、何と枝がぐんにゃりまがるじゃねえか。

 何事かと思ってたたらを踏んで、何かと手元を見てみりゃあ、お前、え、何だと思う。

 枝じゃなくて、蛇だったのよ」


 次にまだ若い冒険屋が顎をさすった。


「俺は先週まで北の森に出張っていたんだがね。

 いやなに、金持ちが猿猫シミオリンコの子供が欲しいってえんで、群れがあると聞いたあたりをうろついてみたのよ。何しろ連中気まぐれで落ち着きがねえから、俺も、よし、ここはどっしりと腰を据えて捕まえにかかろうかって、そう思ったのよ。

 森ん中で何日か寝泊まりすることを考えてうろついているうちに、具合のいい泉を見つけたもんだから、俺は早速天幕広げて、竈を組んで、ここに棲み付くような気持ちで野営を組んだのさ。

 泉を覗きこみゃあ活きのいい魚どもが、いかにも世間知らずに泳いでいらっしゃるものだからよ、ここはひとつ俺の晩飯にご招待しようと思って、枝ぶりのいい木から一本拝借して、釣り糸垂らしたのよ。

 まず難なく一匹釣れ、二匹釣れ、こいつはいいやと思って調子に乗ってひょうと釣り糸を放ったらよ、何と三匹目がどばんと泉を割いて飛び出してきやがった。

 咄嗟に腰を据えて受け止めたから助かったものの、何しろ俺の身の丈ほどはありそうな巨大な奴でよ、暴れに暴れて俺を引きずり込もうとするもんだから、焦った焦った。

 味は、ぼちぼちだったな」


 今度は俺だと名乗りを上げたのは土蜘蛛ロンガクルルロの冒険屋だった。


「俺達土蜘蛛ロンガクルルロが土の匂いや金の匂い、宝石の匂いなんざをかぎつけるのはよく知れたことだけどよ、ある時俺が山を歩いていると、不意にそいつがふっと嗅げたのよ。

 山崩れなんかがあると、隠れてた鉱石棚がむき出しになることもあるし、もしかしたらその類かも知れねえと、俺あちょいとウキウキしながら匂いをたどったのよ。

 そうしたらなんと、え、山肌にぽっかりと洞窟が開いてるじゃあねえか。

 あんまり奇麗な洞窟なもんだからご同業の掘った穴かと思うほどでよ、見事な穴なもんだから、なあおい、穴と見たら入るしかねえと思って、俺はつるはし片手に潜っていった。

 どんどんどんどん潜っていっても、穴は実に奇麗なもんでよ、これを掘ったやつは見事な腕前にちげえねえと思った。

 実際、大した奴だったよ。

 なんと大将、巨大な蚯蚓テルヴェルモの化け物だったのよ」


 こういう場では誰も話したがるようで、口下手者も話し始めた。


「ぼ、ぼかあ鹿雉ツェルボファザーノの縄張りがあるっていうからさ、生え代わりの角を拾いに行ったんだ。なにしろありゃあ、抜け落ちたのでも結構な高値で売れるだろう。

 いくつか拾えりゃしばらくの酒代になると思って、山ん中をぐーるぐる歩き回ったのさ。

 そしたらなんと、山肌にごろごろと金塊が転がってるじゃあないか!

 ぼかぁ大喜びで拾い集めたんだけど、どうにもおかしい、金にしちゃ軽すぎる。

 ぴしゃんと顔を叩いてみたら、なんと幻覚茸の群生地でうろうろしてたって次第だよ」


 冒険屋たちが物語る息呑むような、あるいは滑稽な話に、誰もが聞き入り、そして場は盛り上がるのだった。






用語解説


猿猫シミオリンコ(simio-linko)

 樹上生活をする毛獣。肉食を主とし、果実なども食べる。非常に身軽で、生涯木から降りないこともざら。


蚯蚓テルヴェルモ

 ミミズ。この場合ワームなどと呼ばれる類の巨大な蛇のような怪物であったと考えられる。

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