第八話 ポトフ

前回のあらすじ


閉塞感を晴らすために冒険譚語りに興じる冒険屋たちであった。






 そうして冒険譚が物語られていくうちに、すっかり夜になり、晩飯時が近づいていた。


「また堅麺麭粥グリアージョかね」

「俺ぁもう勘弁してほしいね」


 ひそひそ話にアドゾは軽く眉を上げたが、自分でもそう思っているものだから、まあ強くは言わない。言わないが、じゃああんたが作るかいとは言ってやる。

 そうすると大抵は黙り込むのだが、じゃあ俺やろうかと手を上げたのが紙月だった。


「あんた料理できたのかい」

「普段は面倒なんで。ま、二食続けて同じよりましでしょう」


 そうして紙月は厨房に立ち、つられて未来も立った。ムスコロも手伝いに来て、ハキロも顔を出した拍子に捕まった。


 紙月はインベントリからエプロンを取り出して、ドレスの上から身に着けた。桃色の生地に、胸元に赤いハートのアップリケがついた可愛らしいデザインだ。

 別に紙月の趣味ではない。

 これもれっきとしたゲーム内アイテムで、装備すると料理系アイテム作成の成功率に上昇補正がかかるようになっている。


 実際の腕前にどの程度関わって来るかははなはだ謎だったが、まあ汚れないためと、願掛け程度にである。

 未来も同じように装備した。鎧の上から。


「さて。この人数ならやっぱり煮込みが楽ってのは確かだな」


 紙月は少し考えて、冒険屋たちに声をかけた。


「うまいもん食いたいだろう。この際出し惜しみはなしだ。なんか持ってるだろ」


 森の魔女がカツアゲじみて徴収を始めると、男とはわかっていても見た目は麗しき女性の手作り料理が食えるとあって、冒険屋たちはみな素直に税を支払った。


「俺は角猪コルナプロ腸詰コルバーソが出せるぞ」

「こっちにゃ大嘴鶏ココチェヴァーロの腿のいいところあるぜ」

「じゃあ俺はとっておきの鹿節スタンゴ・ツェルボを出そう」


 このようにして集められた食材のほかに、氷室の常備菜を検めて、紙月は頷いた。


「ポトフにするか」

「ぽとふ?」

「洋風おでんだよ」


 まず気になった鹿節スタンゴ・ツェルボというものは、これは鹿の肉を鰹節のように乾燥させて加工したもののようで、使い方も似たようなもののようである。

 大鍋に湯を沸かして、ナイフでたっぷりと削り取った鹿節スタンゴ・ツェルボをさっと湯がいてみると、恐ろしくすっきりとしたうまみの出汁がとれた。

 鰹節と違って魚の感じはなく、よりエネルギッシュなパワーを感じる。


 これをベースとすることにした。


 野菜の類は様々なものがあった。

 玉葱ツェーポ、つまり玉ねぎは皮をむき、大振りにカットする。このとき芯を落とすとばらけるので、気をつける。

 人参カロトと呼ばれる甘みと香りの強い人参にんじん馬鈴薯テルポーモと呼ばれる細長いじゃが芋、それに牛蒡ラーポ、つまり牛蒡ごぼうは、皮をむき、これも大きめに乱切りにする。


 甘藍カポ・ブラシコというのは、つまりキャベツだった。硬すぎる外葉をはぎ、芯を中心にして放射線状に切り分ける。このとき芯は、やはりすっかり取ってしまうとばらけるので、本当に硬いところだけ取る。


 香りの強い塘蒿セレリオという野菜は、齧ってみればなるほどセロリのことだった。これは一緒に煮込むとよい香りが出る。皮をはぎ、適度な大きさに切る。


 色味の強いブロッコリーである芽花椰菜ブロコーロは、煮込み過ぎると花がすっかり落ちてしまうので、小房に切り分けて串が通るまで茹でたら、取り分けただし汁につけておく。


 それから名前はわからないが雑多にキノコの類があったので、これも適当に切り分ける。キノコはまず入れておいて損はない。出汁も出るし、かさもとれる。


「姐さん、これ全部使うんですかい?」

「明日の朝飯もついでにこれでまかなおうと思う。味が良くしみるぞ」

「なるほど」


 えっ、こんなに、と言うほどの量の野菜を四人がかりでせっせと下処理していく。

 ここで励めば励んだだけ、晩飯に食える量が増えるので、手は抜かない。


 さて、下準備が済んだら、野菜類は芽花椰菜ブロコーロ以外軽く炒めて鍋の鹿節スタンゴ・ツェルボのだし汁に放り込む。

 角猪コルナプロ腸詰コルバーソ、つまり大振りのソーセージは、このまま放り込んでいいだろう。

 大嘴鶏ココチェヴァーロの肉は表面を軽く炒めて、よく油をきってこれも鍋に放り込む。


 それから常備してある香草の類をひもで束ね、なんちゃってブーケガルニを仕立てて放り込む。これがあるとないとで、味は大分変る。

 そして香草類を探すうちに生姜ジンギブルというごろっとした野菜、つまりショウガがあったので、これを薄くスライスして千切りにして入れてやる。ショウガを入れるとさっぱりとした辛みが出るし、こうして千切りにしてやると、そのまま食べやすくもなる。


 そして隠し味に、南部で仕入れてきた醤油ソイ・サウツォを少々。


 あとは煮込むだけである。

 ただし、普通に鍋で煮込もうとすると結構な間、煮込まなくてはならないので、時間はかかるし、燃料も消費する。


「なので腹をすかせた連中のためにも、ちょっと裏技ズルを使う」

裏技ズル?」


 というのも、蓋をぴったりと閉じて、こう呪文を唱えるのだ。


「《加速アクセラレーション》」


 すると大鍋に奇妙な輝きがまとわりつき、ことことと音を立てていた鍋の蓋が激しく震え始める。


「あ、姐さん、こりゃいったい?」

「鍋の時間を加速させた」

「はあ?」

「結果だけ言えば、仕上がり時間を短くできる」

「はあ」


 こんなことに魔法を使うのかという呆れと、この程度のことでも魔法を使えるのかという驚きとの合わさった「はあ」であった。


「本当は圧力鍋を再現できればよかったんだが、よくわからんままやっても爆発させそうだったんでな」

「爆発するの?」

「仕組み的にはな。そのうち錬三の爺さんがつくるだろ」


 そのようにして完成したポトフは、大鍋二つ分にもなった。


 腹をすかせた冒険屋たちは早速配給よろしく行列を作り、切り分けたパンとともに一人ひとり皿を受け取っては、各自席につき始めた。夕餉ということもあって、各自が酒を用意し、なみなみと酒杯に注ぎ始めている。


 いきわたった頃合いに、所長のアドゾが酒杯を片手に号令をかけた。


「よし、うちの看板冒険屋の手作りだ! ありがたく食いな!」

「おうよ!」

乾杯トストン!」

乾杯トストン!」


 乾杯の声が上がり、実際にこの「ポトフ」なる料理に冒険屋たちは日頃の慎重さを捨て去り、冒険心もあらわに挑戦した。そしてその結果は歓声である。


うめえぞ!」

「ちゃんとってなんだこら!」

「うめえ、うめえ!」

「素朴だが、初めての香りがするな」

「こいつはたまらねえな!」


 聞こえてくる限りはおおむね好評のようであった。


 未来も早速匙をつける。

 野菜の類は《加速アクセラレーション》でしっかり煮込まれたためか、恐ろしく柔らかい。馬鈴薯テルポーモ人参カロトもほろりと崩れて、中までしっかりと味が染みている。

 玉葱ツェーポなど、トロリととろけて甘みの塊になっているほどだった。


 甘藍カポ・ブラシコがまたいい味を出していた。これ自体が甘みのある出汁を出すだけでなく、じゃきざくとした歯ごたえとともに、間にたっぷりの汁を含んで口の中で踊ってくれる。


 角猪コルナプロ腸詰コルバーソは歯で噛むとパリッと破れて熱々の肉汁をあふれさせ、多くの冒険屋たちを悶絶させた。だが、それに堪えるに値するだけのうまみに満ちていた。

 大嘴鶏ココチェヴァーロの肉もほろりと口の中で柔らかく崩れ、またたっぷりとうま味を汁にいきわたらせていた。


 色味とばかり思っていた芽花椰菜ブロコーロのうまさを初めて知った冒険屋たちもいた。こりっかりっとした歯ごたえは言うに及ばず、花の部分などはたっぷりと汁気を含み、口の中で柔らかく、しかし容赦なく暴れるのだった。


 牛蒡ラーポをやはり木の根のようだとあまり好かない連中もいたが、しかしその確かな歯ごたえと根の奥からにじみ出るような滋味深さには、もろ手を挙げて降参するほかになかった。


 未来が驚いたのは千切りの生姜ジンギブルである。

 生姜というものをなんだか存在価値のよくわからない薬味程度に思っていたのだが、これが入っただけでポトフ全体がしゅっと引き締まるのである。

 また千切りにした生姜ジンギブルのシャキシャキとした味わいは、一度味わってしまうと忘れられないものがあった。


 結局その晩、大いに酒が飲まれ、お代わりが繰り返され、あれだけあったポトフは大鍋ひとつをすっかり空にされてしまったのであった。

 明日の朝飯の分も予定していたのだが、危うくそちらにまで手が行くところであった。






用語解説


・エプロン

 ゲーム内アイテム。正式名称 《まごころエプロン》。

 ゲーム内イベントである料理大会で入手できる。

 これを装備すると、料理系アイテム作成の成功率に上昇補正がかかる。

『料理は愛! 私の! 愛が! 食べられないっていうの!?』


腸詰コルバーソ

 挽肉などを調味し、腸に詰めて成形し、燻製などしたもの。

 ソーセージ。


鹿節スタンゴ・ツェルボ(stango cervo)

 もともと魚類を加工して作られていた出汁節スタンゴ・ブリョーノを、鹿肉を加工して作ったもの。ここでは特に鹿雉セルボファザーノのもの。

 時間もかかり数も出回らないため高級ではあるが、日持ちするし嵩張らないし手軽だし人も殴り殺せるしで冒険屋の間でひそかにはやり始めている。


・ポトフ

 火にかけた鍋という意味の、フランスの家庭料理の一つ。

 肉類と大きく切った野菜類をじっくり煮込んだ料理。


玉葱ツェーポ

 ネギ属の多年草。球根を食用とする。タマネギ。


人参カロト

 セリ科ニンジン属の二年草。もっぱら根を食用とする。ニンジン。


馬鈴薯テルポーモ

 ナス科ナス属の多年草。地下茎を芋として食用とする。じゃが芋。南大陸から輸入され、帝国にもよく広まっている。


甘藍カポ・ブラシコ

 アブラナ科アブラナ属の多年草。結球する葉を食用とする。キャベツ。


塘蒿セレリオ

 セリ科の淡色野菜。独特の香気がある。セロリ、オランダミツバ。


芽花椰菜ブロコーロ

 アブラナ科アブラナ属の緑黄色野菜。つぼみの状態の花と茎を食用とする。ブロッコリー。


・ブーケガルニ

 フランス語。複数の香草類を束ねたもので、香り付けなどに用いられる。


生姜ジンギブル

 ショウガ科の多年草。食材、また生薬として用いられる、ショウガ。


醤油ソイ・サウツォ

 大豆から作った調味料。いわゆる醤油である。

 余談だが、幕末には遠いオランダまで醤油が輸出されていたという話がある。


・《加速アクセラレーション

 《魔術師キャスター》の覚える補助系魔法|技能《スキル》。

 対象の攻撃速度、移動速度を一時的に増加させる。

 ただし《詠唱時間キャストタイム》、《待機時間リキャストタイム》は短縮されない。

『時を操るというのは恐ろしく高度な魔術じゃ。深い知識と洞察が必要とされる。つまり、ブドウジュースの時を進めてもワインにはならんちゅうことじゃ、このバカモン』

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