第八話 山

用語解説


帝都からの依頼再び。






 その日のうちに大してありもしない支度を整えた《魔法の盾マギア・シィルド》の二人は、念のため《縮小スモール》でポケットサイズに小さくしたタマを連れ、早速魔法の絨毯で帝都大学に乗りつけた。


 大学の入り口で依頼状を見せると、詰所に連絡装置があるようで、それに呼ばれた大学側の人間が馬に乗ってすっ飛んできた。

 誰かと思えば、その汚れた白衣はあのキャシィ博士である。


「お久しぶりです、博士」

「どうもどうも、いやあやっぱり早いですねえ。そろそろ手紙が着きそうだって話してたところだったので、そろそろつくと思ってました」

「手紙を読んだらすぐに来ると?」

「お二人ならまず間違いないと思っていましたね! この大発見に心躍るはずだと!」


 まあ遺跡の発見ではなく、遺跡の穴守が目当てでやってきたのだが、来るという予測はまあ外れてはいない。


 キャシィは相変わらず堰を切ったようにドバドバといくらでも話題が出てくるようで、そうえいば地下水道の穴守は見事な真っ二つ具合だった、非常に貴重なサンプルで総出で研究している、うちでもあの後地竜の研究がこれこれこういうふうに進んだ、あの地竜はその後元気にしているか、えっ魔法で小さくして持ち歩いているそんな馬鹿な、うわっ、すごっ、どういう仕組みですか、そんな風にいくらでも喋っていそうだったので、適当な所で切り上げた。


 プレンマノダフーモ侯爵領の山までは一応馬車の用意があるという。

 あるというが、時間がかかるし、山道で酷く揺れるしと言い訳がましく言い連ねる上に、ちらっちらっと鬱陶しく見てくるので、仕方がなく《魔法の絨毯》を出してやった。


 初めて空を飛ぶ乗り物に乗っても、キャシィ博士は恐れるということがなかった。

 むしろ、


「ふぉおおおおおおっ!! すごい! こんなに薄っぺらなのに! これほどしっかりと、体重を支えて! しかも! 飛んでる!! 自動で!」


 と物凄い興奮っぷりで、転げまわって落っこちないかということの方が心配なくらいだった。


「これは、しかもきちんと進路をたどっている! シヅキさん場所をご存知でしたか!?」

「いや、あなたが知ってるから、その知識をもとに飛んでるんですよ」

「私の知識! 教えてもいないのに! なんて賢い! 魔法刺繍の類、魔法絨毯とでもいうべき技法なのでしょうか!? しかし、こんな大きさで、そこまで緻密な術式を!?」

「いや、知らないですけど」

「どこですか!? どこが飛行を携わる部分なんですか!?」

「いや……全然わかんないです」

「使用者が理屈を理解していないのにこの安定した飛行! 素晴らしい!」


 しばらくの問答の末、紙月も未来も全く《魔法の絨毯》の仕組みを理解していないと知っても、キャシィ博士に落胆はなかった。むしろ知らないのに使えるという高度な技術にいたく感動しているようで、模様を観察したり記録したり、織り方を几帳面に虫眼鏡で観察したり記録したり、顔を突っ込んで匂いを嗅いだり、最終的に味をみようとしたあたりで放り出そうか迷ったが、未遂で済んだのでよかった。


 プレンマノダフーモ侯爵領のなんとかいう山間にキャンプを張った調査団のもとに辿り着いた時は、空からの来訪者に現場の一同は大いにどよめき、そして何者かと大いに恐れたようだった。

 紙月たちが《絨毯》を降り、キャシィ博士に奪われる前にインベントリにしまい込むと、現場で指揮を執っていたらしいユベル博士がおっとり刀でやってきた。


「いや、いや、またまたお呼び立てしてしまって」

「いえいえ、丁度暇でしたし」

「空を飛んで来たようですけれど、キャシィが道中迷惑をおかけしませんでしたか?」

「いや、あははは」

「あと、できればあとで私にも見せてもらえれば」


 まとも枠かと思ったが、やはりマッドであることに変わりはなかった。

 付きまとわれるのも厄介なので、とにかく仕事優先という態度で状況を尋ねてみると、さすがにユベル博士は切り換えのできる人物で、断崖のようになった山肌を示して説明してくれた。


「まず、この山中で魔獣の群生地を調べるために、我々調査班は魔力検知器を動かしていました。これは魔力を検知するとその方向に光って反応するものなんですが」


 そう言って見せてくれたのは、ごてごてとした箱に埋め込まれた水晶玉である。


「普通は魔獣などの反応を検知すると、その方向に点だったり、靄のように光がともるんです。その日はあまり反応がないので、検知器の感度を上げてみたところ、このように、」


 装置の横のメモリを操作すると、水晶に波のように光が走った。それも一度ではなく、何秒か置きに、一定周期で同じように波が走るのである。


「三角測量ってご存知ですか? ざっくり言えば、二カ所から測定して、反応のあった方角に線を引いていって、交わったところが信号の出発点だということです。我々は複数個所から信号の検知を試みて、どうやらこの山肌からまっすぐ行った土中に信号の発信地点があるらしいことを確かめました」


 広げられた地図には、何カ所かからの測定結果と、それによって引かれた線が、確かに山中で交差しているのがわかった。


「山中も険しいので、正規の入り口を発見するには至っていません。信号強度は現在安定しているので、すでに遺跡は完全に目覚めていると言っていいでしょう。すぐに何かが起こるとは限りませんが、正体が不明なため、強行作業で内部に侵入しようと考えています」


 そこでユベル博士は期待するようにちらりと紙月を見上げた。


 成程、急ぎであるし、見たところ調査班たちが必死につるはしで掘っている様子を見ても、相当時間がかかりそうだ。

 そこで紙月の魔法に期待しているということなのだろう。

 だが。


「土砂崩れとか考えるとあんまり派手なことはできないな」

「ええっ、そんな!」

「なので」


 キャシィ博士に絨毯を見せてくれと絡まれている未来を指さして、紙月は笑った。


「ここは相方に任せます」

「ええっ、僕!?」






用語解説


・魔力検知器

 基本的に生き物は大なり小なり魔力を持っているものなので、この機械もそこまで信用できるものではない。

 ただ、強い魔力を持つ魔獣の群れを追いかけたり、変わった波長の魔力を発見するのには役立つ。

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