第六話 坑道

前回のあらすじ

坑道に潜る準備を整えた一行。

いざ、廃鉱山。






 坑道は、暗く、狭かった。

 大柄な土蜘蛛ロンガクルルロ達がすれ違えるように、実際にはかなり広い方なのだろうが、暗闇と、周囲がすべて土壁に囲まれているという圧迫感が、実際以上に狭苦しく感じさせていた。


 《金糸雀の息吹》のおかげか息苦しさは感じられなかったが、それでもどこか息詰まるような感じがあった。体ではなく心の息苦しさだった。

 二メートル近い鎧である未来などは余程狭苦しく感じるのだろう、何度となく居心地悪そうに身をよじっては、のそりのそりとやや屈み気味に歩いている。


 一方で実に快適そうに歩いているのはピオーチョである。もとより土蜘蛛ロンガクルルロというのは鉱山暮らしの種族であるらしいから、むしろこの環境の方が、野外よりも快適なのかもしれない。


 しばらく歩くうちに、坑道は枝分かれした。


「坑道は、鉱床に沿って掘られる。んでこの鉱床ってのは天然自然のものだから、規則正しくってわけにはいかない。そいつに沿っていくんだから坑道も捻じれるし、何度も分岐するし、時には昇降機を使って垂直にも掘る」

「うへぇ……地図はないんですか?」

「あるけど、役に立たないと思うよ」


 一応と見せてもらえたが、縦横無尽に走る坑道は立体的で、かつあまりにも複雑で、とてもではないが一瞥しただけでは理解できない有様だった。


「おまけにいまは石食いシュトノマンジャントどもが勝手に掘った穴もあるだろうからね。まあ地図通りにはいかないよ」

「ええっ。迷ったらどうするんですかこれ!?」

「安心おし。土蜘蛛ロンガクルルロは迷わないんだ」


 鉱山育ちの根拠のない自慢かと思いきや、ピオーチョは大真面目な顔で腰のあたりを叩いた。


「大昔の御先祖様の頃からの特性らしいんだがね。あたしら土蜘蛛ロンガクルルロはみんな、腰のあたりから魔力を細ーく細ーく伸ばして、歩いてきた道に残していくのさ。あたしらはこれを栞糸って呼んでる。こいつをたどるからあたしらは道に迷わないし、その糸の古さや具合から、今自分がどこにいるかもわかる」


 これはまったく便利な技能だった。

 とはいえ、


「あんたらにはないんだから、絶対離れるんじゃないよ」


 とのことである。


 あいにく《エンズビル・オンライン》にはマッピング関係の魔法はなかったので、さしもの千知千能マジック・マスターの紙月と言えど、この言葉には従わざるを得なかった。元々逆らう気もなかったが。


「それで、まずどこへ向かうんです?」

「クズ石……まあ目的の鉱石は大概そこらにほっぽっておかれたからね、それらを拾いながら、ちょっと広めのところまで行こうか」


 提案されればそれに応じるしかない二人である。


 二人は目を皿のようにして坑道を歩いていたのだが、そこはそれ、土蜘蛛ロンガクルルロの石を見る目と比べてしまえば見ていないも同然だった。

 ピオーチョは何でもない風に歩きながら時折不意に屈んでは石を取り上げて、特に確認するでもなく二人に投げてよこした。

 二人がじっくりと見比べてみても、それは普通の石と区別がつかない。


「本当にこれなんですか?」

「石の区別がつかなくなったら、土蜘蛛ロンガクルルロは名乗れないね」

「御見それしました」

「照れるじゃないか」


 それからもピオーチョはしばしば石を見つけては二人に寄越し、二人はそれをもう確認することもせずインベントリに放り込んでいった。一応同じ分類でストックされるので、同じ石ではあるらしいということも確認できた。


 三十分ほども歩いただろうか。


「ふん。結構拾ったねえ。あんたら重くないかね」

「いえ、大丈夫です」

「さすがにそんな大鎧着てるだけあって力持ちだ。《自在蔵ポスタープロ》も随分大容量だね」

「あはは」


 まさかインベントリに突っ込んでます、重量は感じません、などとは言えない。笑って誤魔化す外にない。


「あんまり重いようだったらいったん帰ろうかとも思ってたけど、この調子だったら石食いシュトノマンジャントどもと一当てしてもよさそうだね」

「そういえば、こんな深い坑道で、どうやって石食いシュトノマンジャントたちを見つける予定だったんですか?」

「出たとこ勝負……嘘だよ、そんな顔すんない」


 少し歩くと、急に視界が開けた。ある種の集積所でもあったのか、広場のようになっている。


「ここらでいいか。……石食いシュトノマンジャントどもはね、あたしらがいくらほっつき歩いても反応しない。あいつらは肉は食わないんだ」

「そりゃ、石食いシュトノマンジャントですもんね」

「そっちの鎧はいい具合に囮になりそうだけど……」

「ひぃっ」

「冗談さ。本命はこっちさね」


 言って、ピオーチョは《自在蔵ポスタープロ》から革袋を取り出すと、広間の真ん中あたりに置いて見せた。


「それは?」

「金属のきれっぱしだとか、宝石の屑だとか、まあ売り物にならんやつさね。だがやつらにゃ食い物になる」

「成程。それでやってきたところを狩ろうってわけだ」

「でも、石食いシュトノマンジャントはちゃんとあれが石だってわかるのかな」

「あたしら土蜘蛛ロンガクルルロが目で見て肌で感じるように、石食いシュトノマンジャントも石の匂いがわかる……らしい。ま、それでもすぐには来ないだろうから、少し休もうかね」


 三人は広間から出て、革袋のよく見える横道に腰を下ろして休むことにした。






用語解説


・ないときもある。

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