最終話 ワン・ストーミー・ナイト
前回のあらすじ
何度目だ飯レポ。
また同じ展開だ、未来は呆れた。
夕食が終わり、酒盛りに突入し、そして一人また一人と潰れていき、こうしてぐにゃんぐにゃんの紙月を回収するところまで同じだ。
違うのは今日は飲み過ぎた紙月が、自分の足で歩くこともできないくらいぐでんぐでんに酔いつぶれて、その薄っぺらな体を未来に担がれていることだった。
そりゃあ、未来としては紙月には頼ってほしいし、何なら甘えてもらっても全然かまわないのだが、これは何か違うと思う。
何が違うのかと言われると未来にはどう説明したものかよくわからないのだが、しかし違うものは違うのだ。
もっとこう、格好いいというか、スマートというか、とにかくもっと浪漫のある形であってほしいのだ。
酔いつぶれた紙月を担ぎ上げているというのは、格好良さもない、スマートさもない、もちろん浪漫もない。ないない尽くしだ。ときめきも純情もない。
あるのはなんだ。
酒臭い吐息と、無駄に暴れるお荷物と、鎧越しでまともに感じることのできない体温と、薄っぺらいくせに無駄に存在を主張する重さくらいのものだ。
「むーんー……揺らすなよぉ」
「仕方ないでしょ。自分で歩けないんだから」
「あるけらぁ」
「それでさっき床に転がったじゃない」
「ころがってぇ……なぁいぃ……」
「駄目だこりゃ」
「ゆらすなってばぁ……」
「だからさあ」
「吐きそう」
「善処する」
紙月の面倒を見てやりたいとは思っていても、さすがに鎧の上に青春限界大突破は御免だった。
ぐずる紙月をなだめあやしてなんとか部屋に辿り着いた時には、未来はもう体力も気力もすっかり使い果たしてしまっていた。
「ほん、とに、もうっ」
ぐにゃりぐにゃりと骨の全てが溶けてしまったように頼りない紙月をベッドに座らせて、未来はまず一息ついた。
全く、大人ときたらどうしていつもいつも人様に迷惑をかけるってわかっていてお酒なんて飲むんだろう!
紙月に世話になっている自覚のある未来だったが、しかしこればっかりは苦言を呈さずにいられなかった。
「どうして紙月はいっつもこうなるってわかってるのに飲み過ぎちゃうのさ」
「うるへぇ、酒くらい好きに飲ませろよぉ」
「飲むのは勝手だけどねえ」
でもそれで迷惑を被るのは自分なのだ。
なんだかんだそれでも面倒は見るけれど、ぐでんぐでんに酔った紙月と言うのは非常に危うくて、正直、肝が冷えるやら顔が火照るやらである。
「もうさあ、そんなになっちゃうなら《
「わかってねえなあ」
酔っぱらいにわかってないと言われることの腹立たしさがわかるだろうか。それも噛んで含めるように何度もわかってない、わかってないんだよなあ、と言われる気持ちが。こんな気持ちを知るくらいなら酒などこの世から消え去ってしまってもいいと思うほどだった。
「お前はこの気持ちよさがわからないからそんなこと言えるんだ。すごいぞー。すごいんだぞー」
「はいはい」
「ふわふわしてなー、くらくらしてなー、気持ちいいんだよ」
「はいはい」
「酒がなあ、酒が入ってなきゃなあ、できねえこともあるんだよぉう」
「はいはい、わかったから、着替えようね」
管をまく紙月を放置して未来が鎧を脱ぎ、寝間着に着替え追えた頃も、紙月はまだわかってないと言い張っていた。
こうなったら仕方がない。自分が着替えさせるほかにないか。
介護の二文字が頭に浮かびながら、ほら着替えるよと手をかけて、不意に紙月が黙り込んだ。
「紙月?」
「おれも」
「紙月?」
「おれも、おまえがいないとだめだよ」
ふわりとアルコールの匂いが漂ったかと思うと、柔らかな熱が、額をかすめた。
ような気がした。
「し、紙月!? おぼえて――!?」
慌てて問いただそうとしたときには、紙月の体はぐったりとベッドに沈んで、静かな寝息を立てるばかりであった。
翌朝、まんじりともせず一晩を過ごしてしまった未来は、腫れぼったい目元をこすって早朝の廊下に出た。
朝早いうちであるから、事務所の廊下は気配に乏しく、広間に出ても、飲んだくれどもはまだ死体のように眠りこけていた。
玄関を見ると少し開いていたので、そっと出てみれば外は良く晴れて、東の空に白々と顔を出し始めた日差しが、雨上がりの町を照らし始めていた。
「おや、おはようごぜえやす」
「あ、おはよう、ムスコロさん」
ムスコロはまじまじと未来を眺めて、顔色といい眠たげな目元といい、そしてまたどこか浮ついた空気にといい、どうしたのかと首を傾げた。
「昨晩は早めに休ませてもらいやしたが、なんかありやしたかい」
「えっ、昨晩!? え、あっいやっ」
なんでもないと言えば、なんでもないことだったのかもしれない。
なんでもないと言ってしまった方が、都合がよかったのかもしれない。
しかし。
それでも。
だけれども。
「な、なんでもなくは、ない」
「はあ?」
あの夜のことを何でもないことにしたくなくて、未来はそんなあやふやなことしか言えないのだった。
空は、嫌みなほどに晴れ渡っていた。
用語解説
・なんでもなくは、ない
青春である。
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