第十章 アクロバティック・ハート

第一話 秋の賑わい

前回のあらすじ。


なんでもなくはなかった、あらしのよるに。







 季節はすっかり秋めいて、朝夕の冷え込みなどたまらないものがあった。

 特に朝方など、小さいくせに熱量を充分以上にため込んだ未来は元気に早起きするが、紙月は布団と別れ難くずるずると渋ってしまう。

 そうして未来に引っ張り出されてようやく、凍えながら着替えるのが近ごろの常であった。


 紙月としては甘えてしまっているかなと少し気恥ずかしくはあるが、脂肪の薄いハイエルフの体にとってはどうしようもなく寒いものは寒いし、いかんともしがたい。

 未来としては、気難しい猫が慣れてきたようでちょっと嬉しい。


 起きて、着替えた後も、寒がりな紙月は基本的に暖炉から離れたがらないが、未来が散歩に出かけると、三回に一回はついてくる。

 以前、子供たちと不本意ながら行ってしまった冒険譚が、まあ隠そうともしなかったので自然と漏れ伝えに聞こえたらしく、いくらか心配をかけてしまったのだ。

 それでも寒さと天秤にかけた結果が三回に一回というお供なのだから、信頼されていると取るべきか、寒さごときに負けていると取るべきかは微妙な所だ。


 秋になって寒くなり、未来は《白亜の雪鎧》を着るべきか脱ぐべきか悩むことが多くなった。

 《雪鎧》を着こんでいると、何しろ氷雪系の鎧であるから、いささか涼しすぎるのである。

 では、炎熱系の属性鎧もどうせ持っているのだろうし、それに着替えればよい、というのは簡単である。


 しかし、これはこれで問題があった。


 《朱雀聖衣》というのがそれで、着てみれば非常に暖かく快適であるし、設定上なんだかすごいらしい金属でできているらしく、軽く、着心地も悪くない。


 ただ、見た目が派手なのである。


「紅白歌合戦に出てきそうな感じ。ボス枠」


 たっぷり五分は抱きしめてそのぬくもりを堪能した後に、紙月が真顔で端的に評価した感想がそれである。


 全体を真っ赤な羽毛であしらわれ、兜などは完全に鳥を模したもので、炎を模したような派手な柄のマントまでついていて、とにかく、目立つ。

 ゲームで使用していたときは格好いいデザインだと思えたのだが、いざ自分が着てみるとなるとこれは恥ずかしいと思えてしまうレベルに派手なのである。


 なので、未来は店売りの服を厚着している。金持ち御用達の上等な店で購入したのもあるし、獣人の体自体が頑丈なのもあるし、これで十二分に暖かい。


 一方で紙月は、何しろ《魔術師キャスター》という《職業ジョブ》が装備できるものが鎧などではなく衣類系なので、属性装備を取り揃えているということはそれだけで結構な服持ちである。


 いささか肌寒そうである《宵闇のビスチェ》だけでは、さすがに外には出ていかない。

 いまはその上に、《不死鳥のルダンゴト》というコートを着こんでいる。

 ルダンゴトと言うのは肩幅が少し広めで、ウエストを絞ったシルエットのコートだ。


 《不死鳥のルダンゴト》は《朱雀聖衣》と同じような効果の属性装備であるのだけれど、《聖衣》が男の子のロマンを詰め込んだ一方で、《ルダンゴト》は大人びたクラシックな印象があった。

 全体は黒っぽいけれど、角度によって熾火のように赤が走る不思議な色合いで、また白から橙、橙から赤へと色鮮やかな羽飾りがたっぷりと肩口を飾っており、見た目にも温かそうだ。


 同じ部位の装備でも、インベントリから直接装備指定するのではなく、一度取り出して、自分の手で着こむと重ね着できるということを発見した時の紙月の喜びようと言ったらなかった。

 装備の効果を重ねられるだけでなく、純粋に、あたたかくて、動きやすくて、着心地がいいからだ。

 敏感肌のハイエルフの体は、既製品だとちょっと肌につらいのだ。


 そんな秋めいた装いに着ぶくれた二人が街を歩いていると、最近あまり外に出ていなかった紙月が小首を傾げた。


「なんか……様子が、変だな」

「変?」

「なんか、浮かれてる感じだな」

「ああ」


 紙月の抱いた疑問も、毎日のように散歩に出かける未来にとってはいまさらのことだった。

 つまり、町の建物にちょこちょこ増え始めている妙な飾りつけや、店々に見られるようになった巨大な蜘蛛や鳥の怪物の仮面・人形のことだ。


「僕も気になって、ムスコロさんに聞いたんだよね」

「フムン」

「なんかね、秋のお祭りがあるんだって」


 帝国ではもっぱら祭りと言えば夏と秋の二つである。春と冬を祝う祭りもあるが、夏秋程大きなものではない。

 夏は古来より疫病が流行る時期であり、これを鎮めるため荒神を祭るのが夏祭りである。

 一方で秋の祭りは、今年の収穫を祝い来年の豊穣を願う祭りである。


「成程。うまいものが食えそうだ」

「小食なのに食いしん坊なんだから」

「毒見はするから食べるのは任せた」

「まったく」


 それはそれとしてみょうちきりんな飾りや仮面・人形といったものはなんであるかというと、祭りのもう一つの側面がかかわってくる。


「収穫祭ってだけでなく、お盆の要素もあるんだよ」

「盆だって?」


 盆というより、ハロウィンに近いかもしれない。


 秋と言うのは、暑さ寒さの境界であり、収穫という一大事を迎えて翌年へと続く一年の境界でもあり、昼と夜との境が曖昧になる時期だという。

 境界をつかさどる神プルプラは非常に遊び心に富んでおり、この大きな境界を利用して、生者と死者の境界を曖昧にさせて、冥府で眠りについている死者たちに、この世で遊ぶひと時を提供するのだという。そしてまた迂闊な生者を冥府に誘い込んでは遊ぶのだという。


 プルプラの遊び心をほどほどに満足させるために人々は盛大にこの日を祝い、遊び、そしてきっちりと終わらせてをつけることで境界を安定させ、お帰り願うのだという。

 もし祭りの道具や騒動を持ち越すような無精者があれば、彼らは不安定な境界に迷って冥府に彷徨うことになるかもしれないと昔から脅し文句のように言うらしい。そして最近では、結婚できなくなるぞという脅しも出てきているようだ。


 巨大な蜘蛛や、鳥、山椒魚、茸、また様々な獣の仮面や人形は、みな古代の人々の姿を真似て作られているという。古代の死者たちが紛れて遊んでも、わからないようにするために。



「だから、祭りの最中はいたずらに他の人の仮面をとったりしてはいけないんだって」

「モノホンが紛れてたら、驚くじゃあ済まないもんなあ」

「貴族が紛れて遊ぶためっていうのもあるんだろうけれどね」


 何しろ一年に一度の大きなお祭りだ。貴族たちも無礼講で遊びたいことだろう。

 町民たちもそれがわかっているから、祭りの最中は細かいことは言いっこなしで、あとに残さないのがマナーだという。


 二人がぶらりと町を歩いてみると、宿には大道芸人や見世物小屋の人間たちの姿が見えたし、市にも普段見慣れない人々の姿が多く見られた。


 町はずれまで足を延ばしてみれば、そこには驚くほど大きな天幕が建設されているところだった。曲芸団の一座が、祭りの夜に演目をいくつも用意して待っているのだという。


「はー、田舎町だと思ってたけど、結構にぎわうもんだな」

「小さいって言っても、町は町だしね。それに」

「それに?」


 鼻先を指さされて、紙月は目をぱちくりさせた。


「森の魔女がいるってこと、忘れてない?」






用語解説


・《朱雀聖衣》

 いくつかの高難度イベントをクリアすることで得られる素材をもとに作られる。

 炎熱属性の攻撃に対して完全な耐性を持つほか、純粋な防御力自体もかなりの高水準にある。

 見た目も格好良く性能も良いが、常にちらつく炎のエフェクトがCPUに負荷をかけるともっぱらの噂である。

『燃えろ小さき太陽。燃えろ小さな命。炎よ、燃えろ』


・《不死鳥のルダンゴト》

 ゲーム内アイテム。女性キャラクター専用の炎属性の装備。

 蘇生アイテムである《不死鳥の羽根》を素材にするという特殊な装備。

 装備したプレイヤーが死亡した際に全体|SP《スキルポイント》の五割と引き換えに《HPヒットポイント》を全快にして蘇生させる。

 《SPスキルポイント》が足りない時は蘇生しない。

『不死鳥は死なぬわけではない。死んで、そして生き返るのだ。その魂は、不滅だ』


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る