第七話 いちゃもん
前回のあらすじ
酒場で美味しい煮物を頂く一行。
このまま済めばいいのだが。
熱々の煮物を二人がハフハフとやっている間、シャルロはもっぱら酒をあおり、つまみをつまんでいた。ムスコロもどちらかと言えば酒が主体であるが、こちらはきちんと煮物も腹に詰め込むし、飲む量も、少ない。
しかしシャルロは完全に酒が主体で、切り分けられたハムだとか、チーズだとか、煎り豆だとか、まあいかにも安物といった具合のつまみで塩気を取りながら、かっぱかっぱと水のように酒をあおる。
「そんなに酒ばかり飲んで、胃が荒れないか」
「そう言う繊細なことはムスコロに言ってやるといい」
「見た目は真逆なんだがなあ」
「見た目は言いっこなしですぜ。これでも俺は文明人で通ってるんであたたたた」
「私が蛮族みたいな言い方はやめておくれ」
だが実際、蒸留酒をなめながらフォークで人の二の腕を刺している姿は、文明的ではない。
「お酒ってそんなに美味しいの?」
「お前にはまだ飲ませないぞ」
「飲まないけどさ。みんな、美味しいの?」
甘い
「俺ぁ、最初酒なんてものは苦手でしたね。辛いし苦いし酒精の匂いってのはどうも嗅ぎなれねえ。なにより吐き気がするし頭もいたくなる」
ムスコロは小さく切られたチーズを口に放った。かなり硬く水気の少ないチーズなのだが、塩気が強く味も濃く、酒と一緒に口の中で溶かしていくと、うまみが広がる。
「でも不思議なもんで、なにくそと思って続けていくうちに、自分に合った酒や飲み方が見つけられるんでさ。酔いも軽いうちなら、楽しめる」
次に答えたのはシャルロだった。
「そりゃあ、うまいさ。私は成人したての頃から毎日のように飲んでいるけれど、飽きたことがないね」
そりゃまた呆れる、との突っ込みも気にしないで、シャルロはころ切りにされたハムを齧った。このハムは紙月たちの知るプレスハムよりずいぶんと歯ごたえが強く、塩気も強かったが、しかし複雑な香りが漂うのだった。
「ムスコロなんてのはまだ酒の味を知ったばかりのひよっこみたいなもんで、酒と言ってもまあいろいろある。辛いのもあるし甘いのもある。酒精も寝かせたものはこなれてまろやかになる。人生の友だね」
そう言ってシャルロはまた蒸留酒をなめた。
残るは紙月である。
「俺も、酒の良さと言ってもそう詳しい訳じゃない。飲み比べてどう違うかというのはわかるけど、実際うまいかどうかと言われるとよくわからん」
「わからないのに飲むの?」
問われて、うーんと小首を傾げながら煎り豆を齧る。なんという豆かは知らないが、丸っこくて、摘まみやすい。味は素朴で、少しバターが香る。特別うまい訳ではないが、摘まんでいるといつの間にか皿から消えている味わいだ。
「甘いのが好きだ、とかはあるんだけど、別に甘いだけならジュースでいい。だから、なんだろうなあ。場の空気とか、酩酊感を楽しんでるのかね」
「めいてい?」
「酔ってる感覚さ」
「ミライくん、気を付けなよ。こういうのが酒場で散々飲まされて悪いことをされる人種だ」
「悪いこと?」
「君が常々シヅキ君にしたいと思ってることをもっと酷くしたようなことさ」
ひっそりと耳打ちされた言葉に、未来は何とも言わず、ただ紙月の酒量を見守ることにした。
そうして四人が夕食を楽しんでいるところに、ぬっと顔を出した者たちがあった。
酒場にひしめいてる冒険屋たちの中でも群を抜いて屈強な二人の男で、天井にこすりそうな背丈は、鎧を着こんだ未来と同じくらいはあった。そしてその顔つきのいかめしさときたらムスコロ以上である。
「おう、おう、おう、誰かと思えば西部のムスコロじゃあねえか、え?」
「穴守退治はどうしたんだ、え? 逃げ出す算段でも立ててたのかい?」
「ば、馬鹿言え、逃げやしねえよ」
「どうだかな」
ふん、と鼻で笑う二人組にいやなものを感じながら、紙月はピンときた。大方この二人が、ムスコロに無理難題を押し付けてきた連中なのだろうと。
「おいムスコロ、お前たちだけで話が通っちゃこっちはつまらない。そっちの力自慢を紹介しておくれよ」
「へ、へえ、その」
「なんだなんだ、随分な美人連れじゃあないかムスコロ」
「俺はアフリコ、こっちが弟分のヒンドよ」
「《
西部出身の二人はもちろん知らない。知らないが、周りの冒険屋たちがよいしょの声を上げているのを見るあたり、そこそこ腕の立つ冒険屋たちであるらしい。
「なにしろムスコロよお、随分な啖呵切ってくれたからにゃあ、きちっと仕事はしてもらうぜ」
「とはいえ、なにしろうちのエブロ兄貴が攻めあぐねるほどの化け物だからな。西部の田舎冒険屋どもがいくら頑張っても難しいかもなあ」
「なにをっ」
「忘れたのかムスコロ、え? 俺より腕っぷしの弱いお前さんに、剛力のエブロ兄貴でも退かせなかった穴守をどうにかできるかよ」
「ぐぐぅ」
ムスコロが酒のせいでなく顔を赤くしたのは、先にこの二人組の弟分、ヒンドと腕相撲で勝負して、惜しくも敗れているからだった。
冒険屋の実力というものは必ずしも腕力だけで決まるものではないし、むしろ腕力だけに頼るものはそう長生きできないと相場が決まっているが、それでもないよりはある方が優れているという風潮は事実である。
冒険屋たちの前で敗北を喫したムスコロには、言い返すこともできないのである。
「まあ、確かにムスコロにゃあ無理だな」
「へっへっへ、おいおい、連れにまで馬鹿にされてるじゃあねえか」
「だが俺達ならできるんだな、これが」
「へっへっ……なんだって?」
下品な笑いを浮かべていた二人が、きょとりとあらためてテーブルの女を見やった。華奢で、それこそヒンドの半分もないような細っこい女が、妙な事を言ったような気がした。
「言ったろう。お前らの兄貴がしっぽまいて帰ろうと、穴守退治、俺達ならできるって言ったのさ」
「なに!?」
「何だと貴様!? どこのどいつだ!?」
いきり立った二人組に笑ったのは未来である。
「まさか相手も知らずに喧嘩を売ったの?」
「なんだ、と……?」
子供ごときが、と怒鳴りつけようとしたその目の前で、瞬時に装着された白銀の甲冑が立ち上がる。
「《
用語解説
・アフリコ(Afriko)/ヒンド(Hindo)
《
アフリコが兄貴分でヒンドが弟分。よく似ているが赤の他人。
言葉での会話より筋肉での会話が得意なタイプ。
・《
帝都でも中堅どころの冒険屋事務所。
アフリコたちを見ればわかるように、力自慢がそろった脳筋事務所。
力こそパワー。
・エブロ(Eburo)
アフリコたちの兄貴分。
つまりもう少し筋肉が強い。
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