第十一話 名状しがたき沼

前回のあらすじ


トマト・ポトフで朝食を済ませた一同。

しかし紙月はどうにも集中が続かないようで。






 紙月が《エプロン》を装備して厨房に向かうのを見て、未来もそれに続いた。そうするとうまいものを食いたいという気持ちでムスコロとハキロもついてきた。

 昨夜手伝ったものには、一番とろとろに煮込まれた肉が与えられたことを覚えているのだ。


「うーん。なに手伝ってもらおうかね。ベースは出来てるからな」


 紙月は少し考えて、頷いた。


「よし、ムスコロ、これを摩り下ろしてくれ」

「ほう、林檎ポーモですかい」

「それから、あれあるか、ニンニク。えーと、こんな形して、香りが強いやつ」

大蒜アイロですかね。ありやす」

「それと、生姜ジンギブルをこれくらい摩り下ろしてくれ」

「へい」


「ハキロさん、蕃茄トマトを輪切りにして種を取って、鍋で水煮してください」

「よしきた」

「あ、待てよ。湯が沸いたらトマトより先にこの、これ、なんて言うんだこの葉っぱ」

不断草フォリア・ベートですな」」

「そうか。この不断草フォリア・ベートを湯がいて、水で冷ましてくださいな」

「わかった」


「未来、玉葱ツェーポ人参カロトをみじん切りにしてくれ。これくらいあればいい」

「わかった」


 そして紙月が何をするのかというと、厨房の一角を占拠して、インベントリから次々と袋を取り出して並べていった。

 すると途端に、ある種、異様なにおいがあたりに立ち込める。


「な、なんだなんだ?」

「変なにおいがするぞ?」

「何の儀式だ?」


 内職をしていた冒険屋どもも面白がって顔をのぞかせてくる。


「紙月、何それ」

「スパイス。南部で見かけてな」

「スパイス……何するの?」

「なに、カレーを作ろうと思ってな」

「カレー!?」


 冒険屋たちには何が何やらわからないが、未来には驚きだった。

 未来の知るカレーと言うのは、チョコレートみたいに固められた、いわゆるカレー・ルゥを溶かしてつくるものなのである。

 ところが目に入るのは馴染みのあるあの茶色ではなく、赤かったり茶色かったり黄色かったりする粉ばかりだ。


「……こんなので作れるの?」

「まかせろ、前に料理にはまってた時にやったことがある」

「ほんと何でもできるね……」


 邪魔くさい冒険屋どもを追い払い、はかりを用いてさっさか香辛料をはかり、混ぜ合わせていく手際には確かに迷いというものがない。


「この量だとこんなに使うのか……高くつくな」


 などと言いながらも使い方には遠慮というものがない。

 どうせスパイスなどと言うものは使うときに使わなければいつまでも使わないのだ。

 こういう時に一気に使うに限る。


 一通り計量作業が終わり、他の面子も仕事を終えると、紙月は不断草フォリア・ベートを取り分けておいた鹿節スタンゴ・ツェルボの出汁に漬け込んだ。


「それじゃ、始めるかね」


 まず、フライパンに薄く油を敷き、玉葱ツェーポ人参カロト微塵切りと、生姜ジンギブル大蒜アイロ、そして林檎ポーモの摩り下ろしを炒める。炒める。とにかく炒める。

 塘蒿セレリオがあっても良かったが、あれは使い切ってしまった。

 炒め続けるとやがて飴色になるので、いったん取り上げる。


 今度は良く洗って水気を拭いたフライパンに、小麦粉とスパイス類を入れ、乾煎りする。このときやりすぎると焦げるし、足りないと香りが立たない。らしい。全く煎らないという人もいたり、かなり煎るという人もいるし、半分煎って半分はそのまま使うという人もいる。

 紙月は面倒くさいのは嫌いなので深く考えずに済むレシピを使う。


 いい具合に乾煎り出来たら、これにさっき炒めた飴色玉葱ツェーポ加える。油気が足りなければ、バターを足してやってもいい。

 炒めながら、だまにならないようによく練る。練る練る。練り上げる。


 正直紙月は途中で腕が上がらなくなってダウンし、未来に代わってもらった。


 選手、衛藤未来に代わりまして、練り上げる。


 そして具合よく練りあがったら、これに少しずつトマト・ポトフのスープを足して伸ばしていく。伸ばしていく。伸ばしていく。

 急にたくさんのスープを入れるとやっぱりだまができやすいので、落ち着いて練るように伸ばしていく。

 そしてある程度伸びて、ペースト状になってきたら、トマト・ポトフの鍋にぽいと放り込んで、混ぜる。


 そして後はうまくなじむように祈りながら、煮込む。


 まあこの時多少しゃばしゃばでも、小麦粉を足せばどうとでもなる。

 このどうとでもなるというメンタルが大事だった。

 料理がうまい人間というものは、大概失敗しても持ち直せる人間のことを言うのだ。多分。


「おお、カレーだ」


 仕上がったものを見て未来は確かにそこに懐かしいカレーの姿を見た。


 しかしてほかの冒険屋たちの反応はと言えばあまり芳しくなかった。


「あー……素直に? 素直に言えっていうのか?」

「なんつーか……香ばしい泥?」

「名状しがたい沼っつーか……」

「焦げた乳煮込みブランカ・ラグオってこんな感じだよな」

「お前らね」


 嗅ぎなれない香りもあって、一同なかなか手が出しづらいようであるが、それはそれとして所長のアドゾは怒鳴った。


「食材無駄にするんじゃないよ!」

「へーい……」

「朝までは良かったんだがなあ……」

「せめて酒……」


 しかしこれらの連中も、いざ匙をつけると顔色が変わった。


「おっ、おっ、おっ、なんだこりゃ!」

「辛い! 辛い、が、うまいぞ!」

「おもしれえ味がする!」

「初めての辛さだなこいつは。複雑な味だ」


 初めての味わいでありながらもおおむね好評のようで、それにスパイスの香りが食欲を掻き立てるのか、思いのほか進みが早い。


「どうだ、未来?」

「うん、凄いよ紙月!」

「ふふん。ま、このくらいはな」






用語解説


大蒜アイロ

 ヒガンバナ科ネギ属の多年草。球根を香辛料・食用として用いる。ニンニク。


不断草フォリア・ベート

 ヒユ科フダンソウ属の耐寒性一年草-二年草。葉野菜として改良されたビートの一種。フダンソウ、スイスチャードなど。

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