第十話 トマト・ポトフ
前回のあらすじ
早く大人になりたい。
嵐の音はなおひどく、日は全く差してはいないが、事務所に取り付けられた柱時計は、早朝を指し示していた。
何しろ依頼を請けることもできないし、外に出ることもできない嵐のさなかであるから、普段は早起きな連中も、今日ばかりはまどろみを楽しむことに決めたらしい。
そんな嵐の朝に、一人するりと抜け出してきたのは紙月である。
昨日の醜態など忘れたようにけろりとした顔で訪れたのは、厨房であった。
「さて、大丈夫だとは思うが……」
秋とはいえ、煮込みものを常温で放置しておくわけにはいかない。
かといって大鍋は氷室に入らない。
ではどうしたかというと、《
鍋はひんやりと冷え、適切な温度で保存されていた。
「さて、朝飯もこれでといったが……ちょっと変えるか。それに昼飯の分も、いまから追加しておこう」
あくび交じりに氷室を確認して、紙月は空の大鍋に《
《まごころエプロン》を気休めに装備して、焜炉の薪を確認し、焚き付けの新聞紙を放り込み、小さめに絞った《
鍋がわくまでの間にせっせと
昨日は四人がかりで仕込んだけれど、今日は時間がたっぷりあるし、のんびりとひとりでできる。紙月は小さく鼻歌を歌いながら昨夜と同じように野菜を仕込み、炒め、肉とともに煮込んだ。
今日は時間があるが、燃料節約のために、また《
昨日と違うのは、途中で切り分けた
紙月の知っているトマトと比べて少し小ぶりで、酸味が強いが、味わいは悪くない。
元の世界では最初は観賞用だったらしいが、こちらでは最初から食用であるらしい。
「というか牛蒡といい、なんだかんだ何でも食うよな」
トマトの赤みが広がっていくが、やはり、ちょっと薄い。水煮でどろっどろになったやつを放り込むといい具合にうま味も出るのだが、大鍋二つが焜炉にかかっているので、いまから水煮を作るスペースはない。
「まあ、煮込んでいるうちに似たようなことになるだろう」
切り刻んだトマトをどぼどぼと鍋に放り込んでいく。
トマトの種を取る人と取らない人がいるようだが、紙月は気にしない方だった。
何事も気にしなくて済むことは気にしない方がいい。
気にせざるを得ないことは、
「……………うん。気にしない、気にしない」
これもやっぱり気にしない方がいい。
ことことと煮込んでいるうちに、匂いに誘われたのか、一人、また一人と冒険屋どもが起き出してくる。雑魚寝していた冒険屋どもが呻きながら起き上がってくる様は安物のゾンビ映画のようだ。
「うう……飲み過ぎた……」
「頭いてえ……」
「……腹ァ減った」
ゾンビどもがすっかり目を覚まし、寝室に戻っていた冒険屋たちが合流したあたりで、今日の配給もとい朝食が始まった。
そのころになると、ムスコロやハキロ、未来も起き出してきて、紙月を手伝い始めた。
ゾンビどもの行列は、目の覚め切らない顔でふらふらとやってきては紙月の《
最後に自分達の分をとって紙月たちが席に着いたところで、アドゾが号令を出した。
「よーし、限定の魔女飯だ! 心して食いな!」
「おうよ!」
「
「朝から飲むんじゃないよ!」
「ぐへぇ」
騒がしくも騒々しく、昨夜の焼き直しのように朝食は開始された。
《
つつがなく朝食が済むと、冒険屋たちは昨日酔いつぶれたわびだという訳ではないだろうが、みな率先して皿を洗い、紙月に感謝を述べていった。
例年嵐の時は
朝食が済み、しばらく腹ごなしと称してゴロゴロとしていた冒険屋どもは、それでも時間がたてば勝手に内職に戻っていった。
何もしたくなくても暇なのは耐えられないし、暇なくらいなら手を動かせばその分、小金が入るのである。
未来が写本の続きをしようかどうしようかと考えながら膨れた腹をさすっている間、紙月は紙月で3Dクリスタル加工にいそしもうとしていたのだが、なかなか手が進まない。
ぼんやり
未来にはなんとなくわかる気がした。夏休みの宿題だって毎日続けているとなんかどうしようもなくやりたくない日が出てくるものだ。そういう時は無理に進めるより、気分転換した方が、かえって早く進む。
紙月もそう思ったのか、結局
「駄目だ。頭が回らん。昼飯の仕込みでもしよう」
用語解説
・
ナス科ナス属の植物。果実を食用とする。トマト。南大陸から輸入された。栽培がやや難しいため、やや値が張る。
・似たようなことになるだろう
ならない。トマトがすっかり煮崩れる間に他の野菜もぐずぐずになるので、個人的にはトマトピューレなどの使用をお勧めする。
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