第七話 冒険屋事務所

前回のあらすじ

冒険屋コメンツォの推薦で、当座の目的として冒険屋を目指すことにする二人だった。






 その日は一日、村の中を何となく歩いて、気が付いた時にちょっとした手伝いをしてみた。力仕事であれば小さくとも未来が役に立ったし、作物の育ち具合がいまいちよろしくないとなれば、紙月が《回復ヒール》をかけてやれば解決した。

 そのようにして一日を潰し、村長の家で再び休ませてもらい、翌朝、出立となった。


 農村の朝は早く、特に市に出るからには、日の出る頃には出立だという。

 未来はともかく紙月は起きる自信がなかったので、《ウェストミンスターの目覚し時計》というアイテムをセットした。


 これは本来ステータス異常である睡眠状態を回復させるアイテムなのだが、時刻を定めてアラームを鳴らすこともできる文字通りの目覚し時計だった。

 日の出より恐らく少し早めだろうという時刻に設定してみれば、リンゴンリンゴンという鐘の音とともに、恐ろしくすっきり目覚められた。まどろみすらない。疲れた感じもない。完璧な目覚めというものがあるのならば、あるいはこのようなものなのかもしれない。


 未来は目を覚まして目の前に紙月がいるという状況に最初慌てたが、すぐに現状を思い出したのか、気恥しそうに朝の身だしなみを整えた。ベッドが一つしかないから、一緒に使っていたのである。


 二人が身だしなみを整えて村長の家を出ると、気の利いたことで、巨大な鳥の引く荷車が家の前に停まっていた。


「やあ、すまない。待たせたかな」

「いんや、早めに来とったんでさ。森の魔女様を待たせたら申し訳ねえんで」


 昨日一日、村のあちこちで人助けした二人は、すっかり森の魔女とその騎士として敬われるようになっていた。

 否定してもきりがないしそのままにしているが、何とも、気恥しい。


 乗ってくれという言葉に甘えて二人は早速荷車に腰を下ろしたが、実に揺れる。

 サスペンションも何もないような簡単な作りであるし、道も、舗装されているとはいいがたい、踏み固められた土の道だから、これは仕方がない。

 揺れに慣れている紙月は尻が痛いなと思う程度だったが、未来は落ち着かないようで、何度も座り方を変えてはいるようだった。


「その町って言うのには、どれくらいで着くんだい」

「そうですなあ、一里ほどですから、まあ半刻も見てもらえれば」

「どのくらいって?」

「一時間くらいらしい」


 コメンツォから聞いたところによれば、時間は日の出から日の入りまでを六つに分けて、一刻二刻と数えるらしい。不定時法なのではっきりと定まっているわけではないが、仮に十二時間を六つに分けていると考えれば、一刻で二時間、半刻で一時間ということになるだろう。


 最初のうちは物珍しくあたりを見る余裕もあったが、なにしろなにもない。すぐに飽きてしまって、今度は今後の方針や現状といったものを話し合ってみたが、なにしろお軽い当世の大学生と、まじめだが経験の乏しい小学生である。すぐに話は行き詰った。


 仕方なしにしりとりでもしてみるが、これはなかなかに面白い収穫を得られた。


「りんご」

「ゴマ」

「孫の手」

「手袋」

「六波羅探題」

「なにそれ」

「そのうち歴史で習う」

「ふーん……い、い、イルカ」

「かもめ」

「めだか」


 と本人たちは順調にやっていたのだが、これがふしぎと御者席の村人にはさっぱりルールがわからないらしい。


「そりゃ、魔女様の禅問答か何かですかい?」

「いや、これは、あ。あー、いや、そんなものさ。気にしないでくれ」

「どうしたの?」

「しりとりは俺達の間でしかできないようだ」


 何故かと言えば、言葉が通じているように見えるのは謎の自動翻訳によるものであって、実際には全然違う言葉をしゃべっているのだ。だから単語も全く別の発音をしているはずで、それらの頭をとっても尻をとっても、彼らの言葉と日本語とでは全く違うのだから、成立しようがない。


「はー……じゃあまず言葉を覚えないとしりとりもできないね」

「なまじ通じちまってるから、覚えるの大変そうだな」


 そのようにして妙に間延びした一時間を経て、一行は町へたどり着いた。

 町は簡単な柵で覆われてはいたが、精々が建物を立派にして、道も舗装してあるかという程度で、村を大きくしたようなものと言った規模であった。聞けばもっと大きな街などは外壁があるようだが、ここにはそのようなものはない。


 一応の門があって、村人はそこで手形を出して、通過した。彼とはここでお別れである。

 二人の番が来て、身分証明か通行手形を出すように言われたので、コメンツォに言われたように推薦状を出すと、コメンツォの名前が利いた。


「なんだ、コメンツォさんの知り合いか。事務所は大通りをまっすぐ突き抜けて、左手の方に看板が見えてくるよ」

「看板?」

「大きな斧の形をしてる。すぐわかるよ」

「ありがとう」


 二人は町に入り、未来は早速事務所に向かおうとしたが、紙月がそれを止めた。


「先に鎧を着ちまえ」

「どうして?」

「街中ではぐれても困るし、それに、冒険屋ってのはきっとやくざな連中だろう。俺と、小学生のお前じゃ、舐められるかもしれん」

「成程。鎧ならそんなことないもんね」

「そういうことだ」


 物陰で着替えて、ふたりは早速大通りを進んでいった。

 大通りには方々の村から集まった人たちによって市が形成されていて、作物や、卵、肉や種、苗、中には石や木材、薪といったものまで、さまざまなものが売りに出されていた。

 気にはなるが、それはこの一風変わった二人組に向けられる視線も同じようで、足を止めたらそのまま捕まりそうだと、二人は颯爽と通り抜けようとして、紙月がピンヒールに慣れず転び、結局抱き上げられて進むこととなった。


「すまん」

「靴替えたら?」

「せめてお前と目線合わせようとすると、ヒールでもないとなあ」

「ああ、うん、そう、それならしかたないかな」


 余計に目立つようになったので速足で進むと、やがて市が途切れ、きちんとした店舗を持つ店が並ぶ通りに出た。

 左手を見て歩くと、確かに大きな斧の形をした看板が見える。


「というより」

「大きな斧になんか書いてあるって感じだよね」


 実物の大斧にしか見えない。それも、未来が両手で持ち上げてどうにか様になるといった巨大な斧である。勿論、張りぼてではあるのだろうが、確かに目を引くし、威圧感もある。

 実態はよく知らないが、冒険屋という響きには実に似合っていた。


 建物は二階建てで、外から見た感じ、ちょっとした下宿かアパートといった感じだ。

 ドアを開けて中に入ってみると、中身も実際そんな感じで、すぐ横に受付のような、カウンターがあるばかりである。

 成程これが冒険屋の事務所なのか。と思って見回してみる。

 のだが。


「……あれ?」

「誰もいないね」

「朝早すぎたか?」


 市にやってくる荷車に乗せてもらったんだから、確かに朝は早い。早すぎるほど早いのかもしれない。街の人間の生活リズムは知らないが、夜明けから一時間後というのはまだ寝ている時間帯なのかもしれない。


「というか、俺なら寝てる」

「ぼくも起きたばっかりとかかな」

「出直すか?」

「うーん、暇をつぶせるところがあるといいんだけど」

「あれ、お客さん? 早いね」


 二人がドアを開けたところで問答していると、後ろから声がかかる。


「ごめんだけどちょっと詰めてね。荷物が多いもんだからさ」

「あ、ごめんなさい」


 二人が道を開けると、両手にたっぷりの袋を抱えた女性がよっこらせと入ってきて、カウンターにそれを積み上げる。中身は食料品の類のようだ。

 女性はがっしりとした体躯ながらも柔らかい顔立ちで、いかにも下宿のおかみさんといった風貌だった。


「こっちこそごめんなさい。ちょっと買い出し出てたから。えーと、お客さん?」

「あ、いえ、紹介があって」

「紹介?」


 紙月が推薦状を渡すと、女性は中を改めて、ふむんと頷いた。


「なんだ、冒険屋の推薦か。コメンツォの推薦ってことは凄腕だね?」

「いやあ、比べたことが」

「やだねえ、冒険屋やろうってんなら、そこは胸を張らなきゃ。見栄があたしらの名刺じゃないか」


 からからと笑うおかみさんは、よし、よしと頷いて、二人を頭のてっぺんから足元まで眺めた。

 そしてまたよし、よし、と頷いて、カウンターの奥に引っ込んだ。


「なんにしろ、若手が来てくれるのはありがたいよ。コメンツォが抜けてちょっと困ってたんだ」

「じゃあ雇ってもらえます?」

「推薦状もあるし、断るほど人出がないんだよ」


 改めて受付のカウンターに腰を下ろして、おかみさんはにっかり笑った。


「なにはともあれ、ようこそ《巨人の斧トポロ・デ・アルツロ冒険屋事務所》へ。あたしは所長のアドゾ」

「あー。紙月です。よろしく」

「未来です」


 こうして、冒険屋事務所へとたどり着いたのだった。






用語解説


・《回復ヒール

 最初等の回復魔法|技能《スキル》。《HPヒットポイント》を少量回復する。より上位の回復魔法も存在するが、ボスなどと戦う場合には、専門の回復職でもなければ回復薬に頼った方が効率は良い。

『《回復ヒール》は覚えておいて損はないぞ。大概の傷には効くし、重ね掛けもできる。問題は、なんで治るのかはいまだにわからんちうことじゃな』


・《ウェストミンスターの目覚し時計》

 睡眠状態を解除するアイテム。効果範囲内の全員に効果があり、また時刻を設定してアラーム代わりにも使用できた。

『リンゴンリンゴン、鐘が鳴る。寝ぼけ眼をこじ開けて、まどろむ空気を一払い、死体さえも目覚めだす』


・《巨人の斧トポロ・デ・アルツロ冒険屋事務所》(Toporo de altulo)

 スプロの町(Spuro)に存在する冒険屋事務所のひとつ。

 荒くれ者が多く、看板に斧を飾るように、所属する冒険屋も斧遣いが多い。


・アドゾ(Adzo)

 《巨人の斧トポロ・デ・アルツロ冒険屋事務所》の所長。

 四十がらみの人族女性。

 怪力を誇り、看板の斧を持ち上げることができるのは彼女の他数名しかいないという。


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