第二章 オールド・レッド・ストーンズ

第一話 退屈

前回のあらすじ

冒険屋として認められ、この世界に馴染んでいく二人。

ファンタジー世界で、二人の冒険が今、始まるのか?






 どこかで地竜に飲まれて町が一つ滅んだらしい。

 などという話は今のところ聞こえてこず、あのもう一頭の地竜の痕跡は随分古いものだったようで、追跡は断念されたそうだった。

 地竜はひたすらまっすぐ歩くとはいえ、地形によっても左右されるし、暴れれば進行方向も狂ってくるし、必ずしもこの方角に進んだとは言い切れず、大まかに予想範囲内にある地域に注意が出ただけだそうだ。


 冒険屋ニゾと騎士ジェンティロは地竜の卵を帝都に届けた後は、再び現地での調査に戻るそうで、全く勤勉な話である。


 それでは、地竜殺しの二つ名を得た盾の騎士と森の魔女はどう過ごしているのかと言えば、こちらは閑古鳥と戯れていた。


「…………暇」

「暇だねえ」

「冒険屋ってこんなに暇なのな……」


 この言い方は大変語弊があった。

 冒険屋というものは、基本的に仕事が溢れている。何しろ何でも屋というのが冒険屋の業種であるからして、下はドブさらいから迷子のペット探しや迷子のおじいちゃん探し、上は地竜退治、はそうそうないにしても、中間あたりには害獣退治や魔獣退治といった依頼がいつだってあり触れているものである。

 何しろ人は、とかく面倒事は人にうっちゃってしまいたいものだからだ。


 勿論最初のうちは、紙月も小学生の未来を養ってやらねばならぬと奮起して仕事を探した。ドブさらいだろうとペット探しだろうと、なんだろうとしてやろうと思った。

 しかしそうして事務所に仕事を求めてくれば、まさかの事務所から待ったがかかったのである。


「お前さん、自分がなにしでかしたかわかってないだろ」

「え、なんかしましたっけ」

「地竜退治だよ。地竜退治」

「あれって何かまずかったんですか?」

「そりゃ良かったは良かったんだけどさ、あれのせいでお前さん、一足飛びにうちの看板冒険屋に飛び入りしちまってんだよ」

「はあ?」


 つまるところこうだった。

 森の魔女と盾の騎士様と近隣の村でもてはやされていたところが、今度は地竜などという大物を退治してしまったことで、新人冒険屋から一気に大物冒険屋へと出世してしまったのである。

 依頼料は依頼内容によるから、新人冒険屋が請けようと大物冒険屋が請けようと変わりはしないけれど、いくらなんでも大物冒険屋にどぶさらいなんかさせていては事務所の面子が立たないのである。

 それに、そういった下の方の依頼というものは実力や実績がない連中が下積みとして重ねていかなければならない仕事であり、すでに実力も実績もお墨付きの二人がその仕事を奪ってしまったのでは、下が伸びないのである。


「つったって……いくら実績があっても、仕事がなきゃ食ってけないんですけど」

「この前随分貰っただろう」

「そりゃあ、まあ。でも貯金しときたいですし」

「冒険屋にあるまじき堅実っぷりだこと」

「こっちゃ子供の面倒も見なきゃいけないんですよ」

「こぶつきは面倒だね、お母さん」

「百歩譲ってもお父さんですよ。譲っても!」


 アドゾには心配性だと笑われたが、バイト暮らしの大学生だった紙月にとって、貯蓄がただ減っていく状況というものは全く落ち着かないのである。それが一般的冒険屋の言うところの数年はやっていける報酬が突然飛び込んできた後だとしてもだ。

 数年! それは大きな数字かもしれないが、しかし今も刻一刻とその数年という砂時計は砂を落とし続けているのだ。


 まして、未来は将来ある小学生である。

 本来なら進学すべき中学校のことなどを心配しているころだったというのに、それが突然こんな異世界に放り込まれて、はあガスもねえ、電気もねえ、インターネットも存在すらしねえ不便な環境で過ごさせているのだ。高確率で巻きこんでしまった側だろう、そうでなくとも責任をもって保護すべきだろう大人として、紙月は頑張らなければならないのだ。


 いくら頼り頼られる相棒とはいっても、そこのところは譲れなかった。

 最初の頃こそ自分も自分もと張り切ってくれた未来であるが、ことごとく紙月のブロックが入るために、表面上は諦めたらしかった。勿論、素知らぬ顔の下で虎視眈々と活躍せん時を窺っているのはわかっている。同じ男だ。その見栄はわかる。なので紙月も仕事の点では大いに譲って、盾の騎士に頼ることにしている。


 問題はその仕事がないことだが。


「暇すぎる……」

「遊ぶところっていうのもないしねえ。ハイ、終わったよ」

「よしきた」


 未来が先程から進めていた書き物を寄越すと、紙月は赤縁の眼鏡を仰々しくかけて見せた。もちろんこれはただのゲーム内アイテムで、視力を矯正する効果なんてない。ただの雰囲気作りだ。


「うん、うん……よくできてるな。この調子なら中学校の範囲も大丈夫かな」

「というか紙月こそ、大学生にもなってよく小学校の範囲覚えてたね」

「漢検取るときになんとなく、な」

「ホント多芸だね……」


 今しがた紙月が採点したのは、紙月お手製の漢字ドリルだった。この世界では製紙技術が結構な高みにあるらしく、製本技術に比べて妙に紙が出回っているのである。必要より先に供給が増えているのは不思議だが、有り余っているのはありがたいことと、紙月は様々なドリルを作っては、未来の将来のため学ばせているのである。


「まあ、もう使うかどうかわかんないけど」

「そう悲観的なこと言うなって。気づいたらこんな世界にいたんだ。気づいたら元の世界に戻ってるかもしんないだろ」

「まあ、そうかもしれないけどさ」


 この話題になるといつも未来はナイーブだった。元の世界に帰る当てなんかないということが理由なのか、それとも元の世界に帰りたくないような理由があるのか、それはわからない。紙月にできるのは、いざその時が来た際に、未来がどのようにでも選択できるよう、足場を整えてやることくらいだ。


「んじゃま、漢字はこのくらいにして、こっちの世界の読み書きの練習だな」

「やった」


 比較して、この異世界の言葉の読み書きには未来は素直に喜んだ。何より、異世界の、全く知らない物語に触れることが面白いのだろう。紙月もこちらに関しては素人だし、一緒に読み進められるのも、良い。

 筆写の仕事があったので練習がてらやってみているのだが、まだたどたどしい未来はともかく、紙月の筆写は丁寧で速いということで、人気である。ペン字をやっていた甲斐があるというものである。


「いや、ほんとに多芸すぎるよね、紙月」

「そうか?」


 暇さえあれば資格を取っていたような、他の趣味もない人間である。この程度ならばざらにいそうなものであるというのが紙月の印象であり、未来には理解できないところであった。


 未来がうなりながら物語と取っ組み合い、まだまだ拙い文字で筆写し始めるのを尻目に、紙月もまた手元の本に目を落とす。中身はこの世界のおとぎ話というか、子供向けの神話大系のようなものであり、わかりやすく読みやすい調子で、この世界の成り立ちが語られるのであった。


 神殿通りで見かけた神殿の神々も多くこの本に乗っており、ちょっとしたエピソードなんかもそろえてあって、勉強になる以上に、物語として面白い。以前ギリシア神話の本を読んだ時のような感じだ。同じく多神教だし、通じるところがあるのだろう。


 興味深いことに、こう言った本を紹介してくれたのは、よりにもよってあの、地竜退治にいちゃもんをつけたムスコロであった。いまでは調子のいいことに姐さん兄さんと呼ばわってくるこの男、実は若手集の中ではかなりインテリなのであった。

 冒険屋はある程度レベルが上がってくるにつれて体力だけではどうしようもなく、知識や教養などが試されるようになってくるのだが、古参連中から薫陶を受けたこの男は、まだ腕力自体も大したことのないうちからせっせと勉学にも励んでいるのだった。


「意外と努力家だったんだな、あんた」

「俺ぁ農家の三男坊ですからなあ。せめて冒険屋として身を立てねえと、送り出してくれたおやじにも申し訳ねえんです」


 意外と義理堅くもある。


 紙月などは第一印象があるので今もってあまり好きにはなれないのだが、未来はそのあたり寛容というか柔軟で、あれが新人相手にしっかりと序列を確認する、いわばマウンティング行為であったという風に納得している。そして返り討ちにあって下手に出てくる以上、それ以上悪く扱う気もないのだという。

 なんだか大人な対応だなと、紙月の方が鼻白んだくらいだった。


 一応ムスコロも機微はわかるらしく、紙月に気に入られようというまではなくとも、せめてフラットラインまでは持ち直したいと考えているようで、種々の依頼を持ってきてはくれるのだが、そのどれもが胡散臭く、なるほどこの男がなかなか伸びない訳だというのはわかった。

 しかしやはり持ってくる本は面白いので、気が利かない訳ではないのが、不思議だった。


 そのようにして退屈な午前を過ごしているときだった。

 依頼を片手にハキロがやってきたのは。






用語解説


・赤縁の眼鏡

 ゲーム内アイテム。正式名称知性の眼鏡

 かしこさインテリジェンスの数値の高低で効果の度合いが変わるゲームアイテム。

 かしこさインテリジェンスが一定以上の高さだと状態異常:暗闇を百パーセント防ぎ、また暗視の効果を得る。かしこさインテリジェンスが低ければその効果も下がる。

 ファッション用のアイテムとしても用いられた。

『世界は闇に満ちている。盲目の愚者たちが蠢く底なしの闇に。この眼鏡はその闇をほんの少し切り取ってくれる。お前自身の内なる闇に抗おうとする知性があるのならばな』


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