第三話 一日目

前回のあらすじ


祭りには運動大会があるという。

二人は快く受け入れるのだった。






 祭りの支度というものは気付けばとんとん拍子で進んでいくもので、気づけば秋も更け、その日が来た。

 朝も早いうちから町長であり近隣一帯の領主であるスプロ男爵その人によって祭りの開催が宣言され、スプロの町はどこからこれほどまでの人出がと驚かされるほどの賑わいに埋もれるのだった。


 その祭りの賑わいにもまれ、町民ながらに派手に着飾るものが多い中、紙月と未来はかえって地味な装いでその中に紛れ込んだ。

 普段の装いではいい加減、《魔法の盾マギア・シィルド》の名も顔も売れ過ぎていたので誤魔化し切れず、今日はせっかくの祭りに紛れ込みたいということで、上から下まで、ムスコロの見立てで仕立ててもらったのだった。


 ゲーム内装備でないと不安ではあると再三紙月はぼやいたものだったが、その分アクセサリー系統の装備を服の下に忍ばせ、未来がしっかり手を握ってはぐれないようにすることで、どうにか納得した。


 近くの露店で売っていた比較的おとなしめの仮面をかぶり、骨の髄から庶民であるムスコロとハキロがお供に連れ立つと、四人はすっかり祭りの人混みの中に埋もれてしまって、誰も注目することがなくなった。


「注目されないとされないで、これはこれで落ち着かねえな」

「姐さんも難儀ですなあ」

「僕はもう今更だけどなあ」


 紙月はあまり変装して出かけることがないので落ち着かないようだったが、未来は何しろ鎧姿と正体とで全く違うので、変装慣れしていると言えばしているのである。

 最近は鎧なしであちこち散歩にも出て回っているので、素顔の方が顔なじみが多く、鎧の方が変装している気分になるくらいだった。


 普段は賑わうのはせいぜい市のあたりくらいであるスプロであるが、祭りとあって大きな通りには必ず何かしらの屋台が出ていて、普段の倍にも三倍にもなるほど人通りが増えている。

 店のほとんどは、祭りの騒ぎに便乗したちゃちなものばかりであったが、中にはきちんとした店が儲け時とみて出店を繰り出してきたものなどもあって、なかなか侮れない。


 また、少しでもスペースができればそこには大道芸人たちが芸を売り、まるで売れない寂しいものもあれば、歓声ばかりは聞こえるものの人垣に遮られて肝心の芸が見えぬほど人気のものもあった。


 道行く人々は多くが仮面をかぶっており、また普段は見かけない隣人種も多く歩き回っていることもあって、成程確かに、様々な境界が曖昧になった非日常の世界という趣である。

 この中に死者がちらほらと紛れ込んでいたとしても、とても確かめる術などないだろう。


天狗ウルカが結構いるな。西方から来てんのかね」

「アクチピトロの連中はもう少し隠し切れんもんがありますから、別口でしょうな」

土蜘蛛ロンガクルルロの店が結構あるな」

「連中手先が器用ですからな、細工物の店なんぞは、連中の専売特許で」


 中には見たことのない隣人種も見られた。

 一見普通の人族なのだが、体表にちらほら苔やキノコが生えており、ゾンビのようにぎこちなく歩くのだ。

 仮面をかぶっているので顔まではわからないのだが、わからない方がありがたそうではある。


「……今のは?」

「あー……多分湿埃フンゴリンゴかと。珍しい」

「ふんごりんご?」

「えー、俺たちがサル人間なら、連中はキノコ人間ですな」

「はー」

「厳密にいうと人間の死体に寄生したキノコです」

「はっ!?」

「連中死生観がちょっと他の隣人とかみ合わねえんで」


 湿埃フンゴリンゴと言うのは本来、本当に地面や草木に生えるキノコや粘菌の親玉といったような生き物であるらしい。それが動物などに寄生して、動き回るとあのような形になるのだという。


「人里に近しい連中はもうすこし愛想がありやすがね。あれは多分、祭りの活気につられて森から出てきたんでしょうな」

「言い方が野生の獣かなんかみたいなんだけど」

「悪さすることはあんまりねえですが、なにしろ常識が違うことが多いんで、まあ、お察しで」

「ははあ」


 すこししたら多分、森の神の神官あたりが保護しに来るだろうということである。

 

 もう少しとっつきやすそうな例だと、山椒魚人プラオと言うのが出店を出していた。

 西部では非常に珍しいことに、新鮮な魚介をいけすに広げて売っているのである。


「凄いな。よくまあこれだけ運んでこれたもんだ」

「んあー、まあー、わたしらは水精と仲がいいからねえー」


 本人もいけすの中でくつろいでいるこの山椒魚人プラオは、他の隣人種が多くそうであるように、やはり人間とよく似ていた。


 肌は紙のように青白く、水精の加護もあってその皮膚は常に湿っていた。髪色は黒か白だといい、この個体は黒々とした髪を大きな三つ編みにしていた。

 目はきょろりとして大きく、瞬膜が時折瞬いた。

 指の間には柔軟性の高い水かきがあり、その柔らかいさまはとろりとした飴細工のようでもあった。

 三本目の足と言っていいほどに太い尾が腰から延びており、それはやはり足ほどの長さがあるようだった。


 彼女ら山椒魚人プラオは、他の隣人種たちが天津神に連れられてやって来るよりも以前からこの世界に住んでいたもっとも古い種族だという。


 性格は好奇心旺盛ではあるものの極めてマイペースで、居心地の良い河原などに放置すると数か月単位でぼうっとしていることもあるという。


「んあー、人族は生き急ぎ過ぎだよねえー」


 そんな調子であるから、店と言ってもその扱いはいい加減で、値段は尋ねるたびに変わったし、下手をするとただでいいよと言うときさえあった。


 話しているとこちらまで気が抜けてきそうなのでほどほどで店を離れたが、少し話していただけなのに、周囲の人込みとの時間差になんだか混乱する程だった。

 山椒魚人プラオと話した後は、ほかの隣人たちの歩みが早送りにさえ感じられる。


「みんな仮面だから一緒くたに見えるしなあ」

「なんだかヴェネツィアのお祭りみたい」

「確かになあ」

「仮面のおかげで楽しめるってのもありますが、仮面をいいことにふしだらな真似しようってろくでなしもいるから、気を付けてくだせえよ」

「おう、そうだな」


 などと言っている間にも、早速、気の大きくなった酔っ払いが騒ぎ始めた。

 酔って大声を出すくらいなら眉を顰めるくらいで済むが、これが拳を振るって暴れ始めるとたまったものではない。

 見ていて面白いものでもなし、取り押さえてしまおうかと二人が顔を見合わせたところで、速やかに衛兵が走ってきた。口にくわえた呼子笛を鳴らすと、見物客も慌てて脇に退く。


「おらっ、大人しくしろ!」

「引っ立てろ!」

「静かに酒も飲めねえのかっ!」


 なにしろ一人の酔っぱらいに対して、笛に反応して即座に走ってきた衛兵三人がかりの拘束である。オーバーキルもいいところである。


「祭りで人は増えるし、仕事も増えるしで、気が立ってるんでさ」

「おー、おっかね」


 瞬く間に縄を打って酔っぱらいを連行していく背中は、実に殺気立っている。

 しかし、その姿を見ても暴れる連中は減らないのだから、祭りの陽気というものは、全く恐ろしい毒である。






用語解説


・スプロ男爵(Supuro)

 ガルガントゥオ伯爵を寄親と仰ぐ西部の貴族。

 スプロの町およびその周辺のいくつかの村を治める領主。

 真面目だが苦労性で、胃薬が手放せないと噂である。


湿埃フンゴリンゴ(Fungo-Ringo)

 森の神クレスカンタ・フンゴの従属種。巨大な群体を成す菌類。

 地中や動植物に菌糸を伸ばし繁殖する。

 動物に寄生したり、子実体として人間や動物の形をまねた人形を作って、本体から分離させて隣人種との交流に用いている。元来はより遠くへと胞子を運んで繁殖するための行動だったと思われるが、文明の神ケッタコッタから人族の因子を取り込んで以降は、かなり繊細な操作と他種族への理解が生まれている。

 群体ごとにかなり文化が異なり、人族と親しいものもあれば、いまだにぼんやりと思考らしい思考をしていない群体もある。


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