第二話 派手な依頼人

前回のあらすじ


西部の冬は寒い。

そしていつもの謎のファンタジー世界知識が無造作に放り投げられるのであった。






 依頼がない時は、つまり大抵の時は元スプロ男爵である老アルビトロの屋敷まで稽古をつけてもらいに行っている未来だが、冬場はさしもの老武人も寒さが堪えるらしく、屋敷までの往復をジョギングする他は、一通りの動きを通して演って見せて、いくらか手直しを食らうだけで、あとは自主練を言いつけられている


 なのでここ暫くは、朝方出向いて、昼前には事務所に帰ってくる生活だった。


 事務所に帰ってきても、依頼があるわけでもなし、暇で退屈ではあるのだが、冬場は子供達も家にこもるか家の手伝いをしているので、ほかに行くあてがないのだ。

 それに何もすることがなくても事務所にはほぼ確実に寒がりで出不精の紙月が待っているので、未来としては特別理由を作ってよそに行く意味がないのである。


 今日も暇そうに内職などしていた紙月に迎えられ、二人でゲームアイテムの毛布にくるまって暖炉の前の長椅子を占領することにためらいなどなかった。

 以前までならば、たとえ森の魔女と盾の騎士相手であろうとも、数の限られた暖かいスペースを奪い合って他の冒険屋と醜い争い、つまりポーカーやブラックジャック、またはもっと簡単にじゃんけんなどが発生したものだが、いまは落ち着いた。


 紙月が露骨にいかさまを駆使して勝ちに来るのもあったが、寒すぎるあまりに紙月が開発した火鉢魔法が好評で、暖炉の需要が低下したのだった。

 もちろん暖炉傍を好むものも多いし、火鉢を抱えて丸くなる姿がみっともないと顔をしかめるものも多い。

 しかしそれにしたって火鉢魔法は便利すぎたのだ。


 まず、燃料をくべる必要がない。

 一から十まで紙月の魔法でできているので、最初に投入された魔力が尽きるまで消えないし、拡大解釈された《遅延術式ディレイ・マジック》でじんわり燃え続けるので長持ちする。大体一晩はゆうに持つ。

 薪を増やしたり風を送ったりで火力調整できないのが難点と言えば難点だが、その代わり何一つ手を加えないでもずっと同じ火力で燃え続ける。


 次に、小さい割に消えづらい。

 例えばたっぷりと水をかけたりしたらそれは消えるが、多少の風が吹いても消えない。

 網をかけて干し肉を炙ろうが麺麭パーノを焼こうが酒を温めようが、消えない。

 そしてちょっと怖いことに、夜明るいのが困るからとふたをしてみても、消えない。


 紙月と未来も、冒険屋が便利だ便利だと騒いでいるのを聞いて初めて気づいたのだが、この魔法の火、火であるくせに燃えるものも酸素もいらないのである。

 煙突もないのに、寒いからと窓もドアもぴったり締め切った部屋で一晩使っても、悲惨な一酸化中毒事件など引き起こさないのである。


 そんな冒険屋たちの実に危なっかしい使い方を知って青ざめた二人である。


 幸い事件も事故も起きてはいなかったが、安易に便利な力を使おうとすると危険であると二人は肝に銘じ、魔法の火鉢は《火球ファイア・ボール》が延焼を起こさないようしっかりとしたおおいをかけ、魔法ではない本物の火にはどんな危険があるのかを冒険屋たちに時間を割いて講習した。


 紙月の大分かみ砕いた説明でも、一般生活レベルに化学的知識が普及していない人々にはやや分かりづらいものだったが、経験的に密室で火を焚くと毒気がこもることなどは知られていたので、「理屈はわからないがそうなる」というレベルではわかってもらえた。


 取り上げて二度と使わないという選択肢はなかった。

 人は便利なものを手に入れると以前の生活には戻れないものなのだ。


「つまり安定した小遣い稼ぎになる」

「紙月そういうとこあるよね」


 内職も飽きてくるといよいよやることがなくなり、鋳物の鉄鍋を暖炉に放り込んで林檎ポーモなど焼きながら、ぼんやりと火を眺めるというぜいたくな時間が始まる。

 世の中、ひたすら延々と暖炉で火が燃える映像を流し続ける動画が人気になるくらいだから、なるほどこれはこれで悪くない。

 人は制御された炎に対して安心を覚えるようになっているのかもしれない。


 紙月は木のマグカップを両手で包み込むようにして、中身の妙にドロドロした白っぽい飲み物をすすった。それは鶏乳甘酒カゼーオと呼ばれるもので、鶏乳を原料とした酒を造るときにできる酒粕みたいなものを、水で溶かして小麦粉やバター、たっぷりの砂糖を加えて煮たものだった。

 味は甘酒に似ているかもしれない。しかし砂糖をたっぷり入れないと酸味が強く、乳臭いというのか、独特の匂いがして、未来は正直好みではない。そもそも甘酒だって好きではない。


 紙月も最初は慣れない様子だったが、しばらく自分で味を調整して、最近は体が温まるからと言ってもっぱらこればかり飲んでいる。

 紙月のことを何かと肯定しがちな未来であるが、味覚に関していうと、寛容と言うより大雑把なのではないかと疑っている。


 そんな未来は何を飲んでいるかというと、砂地茱萸ヒッポフェオという果実と林檎ポーモのミックスジュースだった。

 これは棘のついた枝に小さなオレンジ色の実をつける植物で、そのままだと酸味が強く、渋く、えぐい。

 凍らせると渋みが弱くなるそうで、スプロ辺りでは、冬場、枝についたまま凍っているものを揺さぶって落として収穫することが多いそうだ。

 それでも癖が強く、青臭いような土臭いような独特の匂いもするので、大抵はジャムや果実酒にしたり、いま未来が飲んでいるもののように他の果物とのミックスジュースにしたりする。


 林檎ポーモジュースで割って、砂糖も加えて、それでもやや癖があるが、その酸味が何だか健康に良いような気がするし、実際滋養に富んでいるということで、半分薬と思って未来も飲んでいる。

 そのおかげか最近は、すこぶるお腹の調子が良いように思われた。


 紙月は試しに原液を飲んでみた結果、事務所の面子曰くの「美形がしていい顔ではない」ほどの苦悶の表情をさらし、林檎ポーモジュース割りも試したみたが、「かすかに感じられるせいでかえって独特のにおいが気になる」として好んで飲もうとはしなかった。

 未来のことを何かと肯定しがちな紙月であるが、味覚に関していうと、絶対に同じ地域出身ではない断絶の壁を感じている。


 《念力テレキネシス》で薪をくべ、ムスコロを顎で使って飲み物を調達し、ともすれば互いの体を枕にうたたねを開始してしまいそうなほどに怠惰に堕落した時間は、しかしある日、唐突に破られた。


「おい暇人ども」

「暇じゃないんですけど」

「どう見ても暇だろう」

「ごろごろするのに忙しいんです」

「よし、暇してるな」


 天下の《魔法の盾マギア・シィルド》の二人にここまでぞんざいな扱いができるのは、事務所内では所長のアドゾか、微妙なパワーバランスの上にいる先輩冒険屋のハキロだけだった。

 ハキロは別に冒険屋歴が長いわけでも特別腕が立つわけでもないが、二人の新人冒険屋の教育係に付けられ、いまや有名無実となってもそれなりに仲が良いので、なあなあのまま関係が維持されている。


「よしんば暇してるとしても、外出たくないんですけど」

「ちょうどよかった。室内での仕事だ」


 紙月のうかつな言葉尻を捕まえて、ハキロが笑った。


 いやだ面倒くさい俺はここで未来と暖炉を監視するのに忙しいんだと駄々はこねるが、実際、暇していたのは確かである。

 口では何やかやと言いながらも、二人はずるずる長椅子から立ち上がって、一応人様と会える程度には身づくろいした。

 依頼人はすでに、応接室で待っているという。

 

 対外用にいかにも魔女でございと言ったとんがり帽子をかぶった紙月と、見た目も派手でインパクトもある何より暖かい《朱雀聖衣》を着込んだ未来は、互いに不備がないかをチェックして、応接室に向かった。

 そうしてるとできる冒険屋みたいだなとぼやきながらハキロがノックすると、アドゾの応えがあった。


 ドアを開けて二人が部屋に入ると、そこにはどぎついピンク色がいた。

 未来が思わず絶句し、紙月が「うわっ」と漏らすどピンクである。


 ピンク色は応接室の長椅子に座っていたが、二人が入るや否や怪鳥の如き奇声とともにすっくと立ちあがった。それだけで部屋が狭くなったように思われる視覚的暴力である。

 さすがに鎧姿の未来程ではないが、それでも体格のいいものが多い冒険屋たちと比べても頭一つは大きい。


 男である。

 ピンクの男である。


 柔らかく波打つ髪は濃いピンクに染め上げられており、独特の感性によって編み込まれていた。

 顔は決して悪くない、悪くないが、骨太で力強い顔立ちに、口紅や頬紅、アイシャドーなどがファンシーなピンクで彩り、情報量が多い。


 全身を飾る服や装飾品も一から十までピンク色で統一されており、妙な形状や用途不明の露出部分などの奇抜なデザイン以上に、とにかく目に痛い。視覚的にうるさい。


「やだ、素敵じゃない!!!」


 そして声もうるさい。


 二人を目にするや否や、ピンク色の男は全身で感動を表現すると言わんばかりに両腕を広げて叫んだ。

 これがまた味わい深い深みのあるバリトンなのだが、それすらピンク色に着色されているような気さえする。


「古典的ないわゆる魔女といった旧態依然とした様式を踏襲しつつも、人に見られる、人に見せることを、いいえ、もうはっきりと見せつけることを意識した攻めの意匠だわ! かといって過度な装飾で調和を乱すこともない、洗練された形よ! 資本を見せつけるべく布地を増やしたり飾りを増やしたりするだけの足し算なんかじゃない、あくまでさりげない装飾と調和が、全体としての魅力をぐっと引き上げる掛け算の芸術ね!」


 素晴らしくよく響くバリトンがオネエ口調で紙月を、より正確には紙月の服装を褒め称えた。その意味するところは紙月にはよくわからなかったが。

 どピンクバリトンマッシブオネエは興奮冷めやらぬという風に長い腕で自分の体を抱きしめ、みっちりとした筋肉を揺らして身をくねらせた。


「こっちの鎧もタダモノじゃないわね! 専門ではないけど、でもこの意匠は、ファシャの鎧に近い形かしら? 西部にも伝わっている布鎧にも似ているわね。それにしてもなんて美しい装飾かしら! 鳥、炎の鳥かしら、なんて幻想的……それにこの光沢! 金属片も、布地も、まるで炎のように輝きが揺らいでるわ! なんだか近づくと暖かい気もするし、魔法の鎧なのかしら! ああ! たぎるわ!!」


 大興奮でまくしたてる目に痛いピンクに輝けるマッシブダンディに二人がドン引きしていると、横に座っていた少年が申し訳なさそうに頭を下げ、的確にどピンクのみぞおちに肘を入れて黙らせた。鮮やかな手並みであり、手慣れた動作を思わせる。


 強制終了が入ったためか、どピンクはいくらか落ち着いたようだった。

 アドゾが促すままに一同は腰を下ろし、少ししてハキロが持ってきた暖かい乳茶がふるまわれた。


「ごめんなさいね、あんまり楽しみにしてたもんだから、つい興奮しちゃって」

「ああ、いえ、あー、お気になさらず?」


 他に台詞も思い浮かばず、そう言う外になかった。

 椅子に座って乳茶を楽しむ程度には落ち着いてくれたとは言え、いまだにじろじろと頭の先からつま先まで矯めつ眇めつ眺めてくる圧の強いサイケデリックピンキーに、ほかに何と言えばよかったのだ?

 これが悪意のある視線や、いやらしい物であれば二人としても明確に構えられたが、しかし視線はあくまで好意的で、むしろ好奇心に満ちたものなのである。


「ま、ちょっと変な形になったが、まずは自己紹介と行こうじゃないか」


 現実強度の強い肝っ玉の太さを持つアドゾが仕切ると、現実を侵食するピンク色が手を合わせて頷いた。ちょっとした動作にも絵面のパワーがある。


「えーと、じゃあ、俺たちは」

「ああ、いいわ、あなたたちのことはよく知ってるもの。森の魔女と盾の騎士、スプロの町で知らないものはいないわ」

「はあ、そりゃどうも」

「さて、さっきは失礼。あたしはロザケスト。この町で仕立屋の工房を開いているものよ。謙遜せずに言っちゃうと、スプロ男爵御用達、この町でも一等腕の立つ仕立屋を自負してるわ」

「徒弟のリッツォです。師匠は見た目はアレですし中身もアレですけれど、男爵様御用達なのは事実です」


 仕立屋と言われて、二人は顔を見合わせた。

 要するに、衣服を作る職人ということだ。

 機械による大量製品の既製品などまずない帝国では、衣服と言えば基本的に職人の手作りとなる。

 彼らはその職人なのだという。


 そう言われてみれば、ロザケストの奇抜な服装やセンスは、ファッション・ショーで常人には理解しがたい最新のモードを発信し続けるぶっ飛んだファッション・デザイナーのようなものかもしれないと思える。

 思い込む。

 そうでもしなければちょっと度し難いどピンクである。


 そのようにして無理くり納得した二人だったが、しかし問題はその仕立屋が冒険屋に何の用かという話である。

 例えば、衣服に用いる特別な素材などを採ってきてほしいとか、なんとかいう魔獣の毛皮が欲しいとか、そう言うシンプルな依頼であればわからないでもない。

 だがそういうのは、素材の採取やきれいな解体作業などに精通したほぼ専属の冒険屋に依頼するようなもので、ネームバリューだけを頼りに二人に依頼するというのはちょっと堅実性に欠ける選択だ。


 第一、室内での仕事だというから来たのである。

 寒い外で狩りなんかしたくもない。


 首をかしげる二人に、ロザケストは言った。


「欲しいのは物じゃないわ。新しい『発想』よ」






用語解説


・ゲームアイテムの毛布

 正式名称安心毛布。安っぽい毛布のように見える。

 敵に捕捉されていない状態で使用することで、精神系状態異常を解除する。

 使用中は移動ができないが、その|SP《スキルポイント》の自然回復速度が上昇する。

 使用中、低確率で状態異常:睡眠が発生する。

『想像してご覧。君は車の後部座席で揺られてる。両親の話す声がぼんやり聞こえる。お気に入りのブランケットを抱きしめて、君はいつまでもいつまでも揺られてる。何にも気にしなくていいんだ。何にもね』


・じゃんけん

 帝国ではパペロトンディロシュトノ(Papero, tondilo, ŝtono)として知られる。

 手の形もルールもじゃんけんに準じる。

 どこが発祥なのかは判然としないが、古い文献にも見られることから、神々のもたらしたものではないかとも言われる。

 掛け声は地方などによって異なり、ここをきちんと確認しておかないと揉めることもある。

 例「ウヌドゥ死ねェモールトゥ!」



林檎ポーモなど焼きながら

 蓋つきの鋳物の鉄鍋に、芯をくりぬいた林檎ポーモ、バター、蜂蜜、砂糖、香辛料などお好みに合わせて放り込み、蓋を閉めて暖炉に突っ込む。

 美味しい。

 それ以上の解説が必要かい?


鶏乳甘酒カゼーオ(Kazeo)

 大嘴鶏ココチェヴァーロの乳から作られる乳製品の一種。

 乳酒から蒸留酒を作る際にできる「搾りかす」のようなものとされる。

 乾燥させて食べるほか、本編中のように水に溶かして調味して飲んだりする。

 栄養価が非常に高く、食事代わりになるほど。


砂地茱萸ヒッポフェオ(Hipofeo)

 スナジグミ。乾燥地に生育する低木、およびそれになる木の実。

 非常に酸味が強く、えぐく、渋い。ジャムやパイ、果実酒などにすることが多い。

 栄養価は非常に高く、兵士や馬に与えて士気を高めたともされる。


・古典的ないわゆる魔女

 帝国にも、とんがり帽子にローブという魔女のイメージが存在するようだ。

 果たしていつごろからそのようなイメージが広がったのかは不明。


・ロザケスト(Rozakesto)

 スプロの町で仕立屋の工房を営む人族の中年男性。

 若いころに帝都で修業した。

 腕はよく、男爵からの覚えもめでたい。

 伝統的な技術だけでなく新奇なデザインや技法をあつかう発想力と技術力を持つが、近ごろは帝都からのモードの発信に対して、限界を感じつつある。

 いわゆるオネエ言葉で話し、女性的な仕草をするが、同性愛者ではない。

 あくまでも彼個人の美意識の発露であり、そしてそれは一般的でなく他人に理解されないことを承知のうえである。


・リッツォ(Licco)

 「お人形のような」と形容される整った顔立ちの少年。

 娼婦の子で、顔くらいしか取り柄がないので自分も売春によって生計を立てるつもりだったが、母親に相談されたロザケストに徒弟として預けられる。

 ロザケストの強烈なキャラクターの前に自身の容姿が完全にかすみ、また真正面から不細工扱いされて自分の無意識の自惚れを自覚させられ、以降は職人として手に職をつけようと努力している。

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