第七話 冒険譚

前回のあらすじ


子供たちの秘密基地で自己紹介しあう未来。

面倒だが、まあ子守と思おう。










「クリスはすげーんだぜ!」


 というゴルドノの言葉に始まる、子供たちのつたない言葉による説明によれば、クリスももとはゴルドノたちと同じような冒険屋予備軍の悪ガキの一人であったらしい。

 粉屋の三男坊で、そのままであれば家の下働きか、新たに仕事でも見つける他になかったという。


 それは嫌だと考えたクリスは、以前までクリスと同じような役割を担っていた若手の冒険屋に熱心につきまとい、もとい師事し、その熱意の甲斐もあって、成人年齢である十四歳に達すると同時にレーヂョー冒険屋事務所に迎え入れてもらったのだという。


 それはまあいつでも新鮮な生贄もとい健康な若手を手ぐすね引いて待ち構えている冒険屋事務所なら、余程問題がない限り受け入れるだろうと未来は思うのだが、少し早く冒険屋事務所に入ったというだけで年若な少年たちにとっては「すげー!」ことであり、尊敬と憧憬をもって見るに値するのだろう。


 未来としては、はあ、それはまあ、若いのに大変だねえという「極めてどうでもいい」とほぼほぼイコールな感想しか持てないでいた。勘違いされがちだが、未来は真面目だし人間関係にも気を遣いはするけれど、別段情に深い訳ではないのだ。

 むしろドライなくらいだと言っていい。


 このくらいの話であれば別に奮闘だとも思わないし、まあ年齢相応の悩みとか葛藤とかそう言うドラマなんだろうなあと思ってみているくらいだ。


 クリスがこなしてきたという苦労は、西方で出会った天狗の少年スピザエトの苦悩と比べるといささかありふれて安っぽかった。

 まあ、ありふれて安っぽかろうとクリス個人にとっては人生の一大イベントであっただろうし、彼個人の人生というものは尊重してしかるべきだろう。


 とはいえ、興味がないところを強引に引っ張りこまれ、やや鼻にかけたような自慢話を聞かされる未来としてはちょっといただけないなと感じているだけだ。


 子供たちは、いつものことなのだろう、一足先に冒険屋となったクリスに、事務所での仕事、つまるところ冒険譚を話してくれとせがんだ。

 困ったように笑いながらも、クリスの目元にはやはり自慢げな色がある。


 それは極めてまっとうな感情であり、年相応の反応であり、大人であれば微笑ましく見下ろしてやれる程度のものだったが、生憎といくら大人びていようと未来は子供だった。


「僕はまだ、なんといっても見習の駆け出しだからね、荷物持ちや、野営の準備とか、簡単な仕事しかさせてもらえていないんだけど、でもやっぱり、間近で見る冒険屋の仕事ってのはすごいよ」


 クリスは教師役でもある先輩冒険屋についていった先での様々な冒険を、情感豊かに話し始めた。


 まず森で遭遇した鹿雉ツェルボファザーノという獣を仕留めた話から始まった。


 鹿雉ツェルボファザーノと言うのは四つ足の羽獣の仲間で、草食ではあるけれど縄張り意識が強く、滅多に人里には降りてこないので害獣とは言えないまでも、森の中で出くわすといささか危険な手合いだという。

 雄は枝分かれした角を持ち、前足には美しい飾り羽があり、威嚇する時はこれを打ち鳴らしながら高い声で鳴くという。


 クリスたちが見つけた鹿雉ツェルボファザーノはやや年のいった雄だったという。

 背中から尾に近づくにつれて色を薄くしていく緑の羽根は、年季の入った複雑な色合いを醸し出しており、木漏れ日に照らされてきらきらと美しく輝いたそうだ。


 目の周りの赤いコブは、幾度かの争いを経たものか欠けこそあるものの見事な発色で、その年まで戦い抜いてきた優れた個体だったという。


 しかしさしもの鹿雉ツェルボファザーノも熟練の冒険屋を前にしてはいい的で、番えた矢がひょうと飛ぶなり、見事急所を射られてケーンと一声高く鳴き、どうと倒れ伏してしまったのだという。

 クリスたちが駆け寄った時はまだ息があり、近づくと暴れようとしたようだったが、冒険屋がするりと近づいて喉を割くと、血を流して息絶えたそうだ。


 クリスたちはこれを近くの川まで運んで血抜きし、角を折り、皮をはぎ、肉をさばいて、傷みやすいものだけをその場で食べ、残りは持ち帰って売りに出したという。

 鹿雉ツェルボファザーノの肉は大嘴鶏ココチェヴァーロなどと比べると大分歯ごたえの強い、筋のあるもので、味はさっぱりとしているが奥行きがあり、なかなかにうまいものだったそうだ。


 クリスたちの狩った個体は年経ていたから特に肉が堅かったそうだが、その代わり、その角に秘められているという薬効は年齢とともに随分強くなるそうで、これは高く売れたそうだ。


 またクリスは害獣退治の話もした。

 これもクリスはついていっただけで、実際に戦ったのは先輩冒険屋たちだが、それでも成程間近で目にしたというだけあって、臨場感のある語りぶりは子供たちを大いに喜ばせた。


 害獣の名は狼蜥蜴ルポラツェルトという。

 これは以前未来が戦った大嘴鶏食いココマンジャントのようなオオトカゲの仲間であるが、こちらは四つ足で犬のような体躯をしており、森の中に生息するという。


 群れで行動し、標的を追い込んだり囲い込んだりとかなり知的な狩りをする連中で、一人で行動していると、熟練の狩人でも狙われることがある。逆に言うと複数人でいるときには無理に襲ってはこないので、徒党を組んで討伐しようとすると、全く姿を現さず徒労に終わることもある。


 なので討伐にはコツがあって、まず、なわばりの痕跡を発見して、その周辺に罠をいくつか仕掛ける。そしてその道に通じた熟練のものが、狼蜥蜴ルポラツェルトの遠吠えを真似するのである。


 この誘いかけがうまくいくと、まず斥候がやってくる。この斥候は若い雌雄の組であることが多い。

 これをうまく罠にかけて捕まえ、皮をはいで羽織り、血や匂い袋を衣服になすりつけ、こうして狼蜥蜴ルポラツェルトに擬態するのである。これを何度か繰り返せば立派な変装部隊が出来上がる。


 狼蜥蜴ルポラツェルトは目より鼻に頼る生き物で、こうして擬態した冒険屋たちが近づいても、最初は人間とは気づかない。仲間かと思って、あまり意識しない。

 そこを一斉に射かけるのである。


 未来としては随分悪辣なことを考えるのだなあという感想しかわいてこなかったが、子供たちはこの冒険譚を実に素直に楽しんでいるようだった。害獣というものが身近な脅威として感じられているかそうでないかの違いだろうか。


 未来はなんだかんだ庶民の生活というものを知らないから、害獣に被害を被った農民の苦労など想像するくらいしかできない。この感覚は改めていかないと危険だな、と未来はやっとこの気に食わない集会で収穫を得た気分になった。


 恐ろしい話だけでなく、クリスはちょっとした採取の話もした。

 川熊蝉アルツェツィカードという大きなセミの仲間を捕まえた時の話である。


 これはもっぱら澄んだ川辺に住む手のひらほどもある巨大なセミなのだが、美しい声で歌い、またその翅の水晶のように美しいことから、愛玩用や装飾用として人気がある。


 人が近づくとすぐに飛び去ってしまうので、虫取り用の柄の長い網が必要で、そして時間をかけて静かに近寄る忍耐が要求される仕事だった。


 しかし逆に言えばその二つさえあれば他に特別な技術も腕力も必要なく、誰でもやろうと思えばやれるということが、子供たちを興奮させたようだった。

 おとぎ話のように縁遠い冒険譚だけでなく、地に足のついた身近な話を織り交ぜることで、クリスは子供たちの関心を逃さないようにしているようだった。










用語解説


鹿雉ツェルボファザーノ(cervo-fazano)

 四足の鳥類。羽獣。雄は頭部から枝分かれした角を生やす。健脚で、深い森の中や崖なども軽やかに駆ける。お肉がおいしい。毎年生え変わる角には薬効があるとされ、高く売れる。


狼蜥蜴ルポラツェルト(lupo-lacerto)

 四足の爬虫類。鱗獣。耳は大きく張り出し、鼻先が突き出ており、尾は細長い。群れで行動し、素早い動きで獲物を追い詰める。肉の処理がひと手間。


川熊蝉アルツェツィカード(alce-cikado)

 川辺に棲む蟲獣。成蟲は翡翠のように美しい翅をもち、装飾具にもされる。雄の鳴き声は求婚の歌であり、季語にもなっている。成蟲の胴は鳴き声を響かせるためのつくりで殆ど空洞になっており、実は少ない。幼蟲は土中で育ち、とろっとしたクリームのような身をしているが、やや土っぽい。

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